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① 朝

 最上(もがみ)真一(しんいち)がリビングに入るとジュウジュウと油の弾ける音と香ばしい匂いに包まれた。

 キッチンには鼻歌混じりに朝の支度をする妹、双葉(ふたば)の後ろ姿が見えた。


「お兄ちゃん、パン焼いてよ」


 あくびを噛み殺しながらテーブルにつくとすかさず声が飛んできた。背中に目でもついてるかのようだ。


「今朝は二葉が当番だっけ?」

「もう、昨日の夜、お母さんは24時間待機になるって言ってたでしょ」

「そうだっけ?」


 パンをトーストに入れながら、もう一度あくびをした。


 「そうよ」と答えながらフライパンからベーコンを皿に手際よく移していく。


『双美山山頂付近で微小な時空震動が発生しているから24時間体制になるわ』


 そういえば、夜中にそういいながら出ていった母親の姿が思い出された。


 「そっか、そんなこと言ってたね」と、真一はテレビのスイッチを入れた。

 いつもの朝の情報番組の、いつもの女性キャスターが今日の天気を告げていた。


「本日は晴天。平年より3℃ほど暖かくなる予定です。この季節、1枚上着を羽織るか悩ましい時期ですが、日が落ちるとグッと寒くなりますので持って出掛けられることをおすすめします」


 キャスターがそう締め括ると次はスポーツの話題に切り替わった。


「なにも言ってないね」


 その言葉を待ち構えていたかのように、警告音が鳴り、白いテロップが画面に流れた。


”双美山山頂付近に時空震注意報発令中

双美山及び周辺地域へはの全面立ち入り禁止”


「あっ、出た。双美山付近は立ち入り禁止だってさ」

「双美山が立ち入り禁止でも、別にって感じ」


 子熊の顔がデコレートされたエプロンを外しながら双葉は食卓につく。


「時空震といっても微弱だからね」

「大したことじゃないってこと?

じゃあ、なんでお母さんは24時間待機になるわけ?」


 ぷくりと頬を膨らませて双葉が反論してきた。確かにその主張には一理ある。母親が24時間待機をするのはそれほど珍しいことではないが、今回はテレビなどで警報が出るずっと前に24時間待機になることが決まった。注意報が出たから待機になったのではなく、待機前提で事が運んでいたようで、なにか前後関係にちぐはぐなものが感じられた。

 だが、軍事機密に関わる仕事をしている母親の口は固い。

 真一も裏で何が起きているのかを知ることはできなかった。


「分からないよ。母さんに聞いてくれ」


 真一は話をぶん投げて強引に打ち切った。

 双葉はまだ不満そうだったが、なにも言わずにトースターからパンを取り出す。

 バターを塗りながら言う。


「でもさ、もしも本当に化物とかが出てきたら怖いじゃん!」


 化物とは、ここ数年来、いや、十数年来、世界各地を襲っている正体不明の怪物のことだ。

 全長数メートルから数十メートルに及ぶ異形の生き物。異次元の生命体と考えられていて、異次元の(ディメンション)悪魔(デーモン)、通称DD(ディーディー)と呼ばれていた。しかし、本当のところ、正体も目的も誰にもなにも分かってはいない。

 それに真一は本物のDDを見たことがない。だから、DDといってもどこかネッシーや雪男のような絵空事のようにしか思えなかった。勢い、真一の名かでのDDの扱いも適当になる。


「大丈夫だろ」

「なんでさ。この間、どっか外国で町が壊滅したってやってたよ」

「だからさ、そういうのは世界中で見れば年に1回か2回起きてるけど、日本じゃ起きてないから」

「でも、起きてないからってずっと起きないとは限らないじゃん」

「そんな大事になるなら、今頃、注意報ではなくて避難命令が出てるって」

「あーー、そうならそっちの方が良いのにィ~。

そしたら学校休みになるよ」


 パンを齧りながら身悶えする双葉に真一は苦笑する。


「怖がるか、期待するかのどっちかにしろよ。

まあ、この辺は国の研究施設があるからね、ヤバそうになれば自衛隊が本気で守ってくれるさ」


 真一はコーヒーを飲み干す、いつもより少し濃くて、苦かった。


2021/05/09 初稿

2021/06/11 二葉を双葉に統一

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