⑦ 上手くいくとは思えない
「正気ですか。SSIBを都市の、しかも中心で使用するなんて!
どのくらいの被害が出ると思っているの?」
SSIBは爆縮後、空間が復元する時に空間衝撃波を発する。その影響範囲は圧縮空間のおよそ100倍と言われている。先のシミュレーションで示された圧縮空間の半径は100メートルだったから、双美市内で使用すれば半径10キロ近くに被害が及ぶことになる。
「地上20メートルより上の建築物には大きな被害がでますが、それだけです。復元時の空間衝撃波は地表にはほとんど影響しません。地下壕に避難さえすれば人的被害はほとんどありません。
幸い、双美市にはすぐに使えるSSIBもあれば、それを扱える技術者もいます。
逆の言い方をするなら、SSIBを運用できるのは今しかありません」
幸い?
妙高山の言葉に摩耶は《0020》が現れた時に頭の片隅をよぎった疑念を思い出した。
《0020》が現れたのは偶然なのか?
SSIBを使うことができる状況にあるのは幸運なのか?
摩耶はそれらの疑問を頭の奥底に追いやる。仮定に仮定を重ねても正しい答えは出てこないことを経験を積んで理解している。今は手持ちのカードでいかに被害を最小限に抑えるかだ。
「分かりました。SSIB設置の準備をしてください。上に使用許可をとりましょう」
「なんですって? SSIBを使う?」
怜奈は少し驚いたような表情を大淀美琴へと向けた。
珍しく摩耶ではなく美琴が作戦指示をしてきたからおかしいとは思ったが、またとんでもないことを言ってきたものだ、と怜奈は思うのだった。
「そうよ。
今、摩耶が作戦概要を上に説明して許可を取ろうとしてるわ。
それとは別に葵たちが設置の準備を始めている。設置と住民の避難に1時間はかかる。
だから」
「だから、それまであいつを食い止めろってことね」
怜奈は美琴の言葉を引き継ぐ。
「そう。それからあいつを爆発予定ポイントまで誘導するのをお願いするわ」
「簡単にはいっちゃってくれますね!
あんな化け物相手にどうやれって?!」
「それを考えるのがあなたの仕事よ。頼むわよ」
「……了解」
コマンドルームとの連絡を一旦終えると加奈子からの通話が入った。
「ヘリ部隊が全ミサイルを撃ち尽くしました。これ以上の遠距離精密射撃は無理です」
「了解。ヘリは帰投させて。
あなたたちもMOP観測は打ちきって本隊に合流してください。くれぐれも爆撃予定地域は通らないようにね」
「了解しました」
怜奈はタクティカルマップを睨み、思案にくれる。赤い三角マークに徐々に緑色の十字マークが近づいていた。それが支援戦闘機の印だった。後、1分もすれば爆撃が始まる。それで数十分は稼ぐとして、残りをどう稼ぐかだ。
まあ、どうするっていっても市内の建物を遮蔽物にして持久戦を狙うしかないのよね
怜奈はため息混じりにそう考える。問題は5000メートルもの距離を維持しなくてはならないということだった。
そもそも戦術が矛盾している。視界の通らない市街戦で距離も取れなど机上の空論。実際の戦闘は1000メートルぐらいでの撃ち合いになるだろう。そうなった場合……
「気になるのはやっぱり電子機器無効化結界ね」
思わず声が出た。
《0020》の無効化結界の能力が分からないのが完全にネックだった。
もう二度と使えないのか、いつでも好きな時に使えるのか、それとも回数や時間的制約があるのか?
そういうことが分からなければ作戦の立てようがない。
2機で挟撃させつつ、能力を探りながらやりくりするしかないか、と腹を決めた時、コマンドルームからの通話が入った。
「支援戦闘機 爆撃コースに入ります」
支援戦闘機の遅延爆撃
市街戦での遅滞行動
SSIBへの敵の誘導
どれひとつとして上手くいくとは思えなかった。
2021/04/18




