② 皿を持つ男
摩耶は気を取り直すと腹の底から命令を下す。
「第1防衛態勢へ移行。
目標を双美山山頂のDD 『オンブレコンプレート』に設定。
一番近い緊急展開部隊はどこか?!」
「第32特務大隊第3中隊です」
「BA 葵のところね。
よし、第3中隊に連絡、ただちに目標を撃滅せよ」
「了解。
第32特務大隊第3中隊に命令
ただちに目標を撃滅されたし
目標 双美山山頂のDD 一体
マーカーナンバー0010
「データリンク! 緒元送ります」
各オペレーターたちがてきぱきと指示を出す中、摩耶は自身のパーソナルディスプレイに映る戦術マップへ目をやった。
侵食球の出現位置が予測よりだいぶん西にずれていた。即応できるのはやはり第3中隊しかなかった。しかし、カテゴリー3なら1個中隊でもさばけるはず。そう目算すると指示を下した。
「第4中隊はバックアップのために移動させて。他は待機」
「了解 第4中隊へ命令
2次防衛線まで移動 第3中隊 支援のこと」
「第1、第2中隊はそのまま。 別命あるまで待機」
「…………14500………14501…………」
真っ暗な空間で静かに数を数える声が響く。
「…………14523………14524…………145」
ふっと周囲が明るくなった。
カウントアップが途絶え、明るさに戸惑ったように赤い瞳が何度もまばたきを繰り返した。
全天球型モニターの正面やや上に人の顔がスーパーインポーズされる。さらにその左右にも顔が現れた。
「命令がでたわ」
正面のやや大きい画面の人物が言った。
画面の一番上に『AOI NAGARA』と表示されていた。同じく、右は『YUMA NATORI』、左『ISUZU IKARUGA』とある。
「作戦要領」と長良葵1尉が言うと同時に葵の画面の下に地図が現れた。地図の中心に赤い三角のマーク。地図の右端に緑の丸い点が三つ点在していた。
「任務は双美山山頂に顕現したDD一体の撃滅。
マーカー0010。
レジストリコード 0321
コードネーム 『オンブレコンプレート』」
「おんぶれれ……なに?」
いすずが眉をひそめて聞き返す。
「『オンブレコンプレート』
スペイン語で『皿を持つ男』という意味」
絹川麻衣が淀みない声で答えた。数を数えるのとさほど変わらない抑揚だ。
「おー、さっすが麻衣ッチ。博学ぅ~。
で、なんでスペイン語?」
「無駄口叩くなっ!
初めて確認されたのがスペインだからでしょ。そんなあったり前のこと聞くなっつーの」
いすずに向かって由真がぴしゃりとやり込めた。
「ネームの由来になった皿というのはあいつの左目よ。時空断裂系の光学兵器を射出する。要注意。それから、あの『潮招き』みたいな右手も曲者」
「『潮招き』……
ああ、あのハサミがでっかいカニ?」
いすずの合いの手が再び入ったが、今度は誰も突っ込まなかった。
「伸縮性があって、ムチのように振り回すわ。射程はおよそ500メートル。
気をつけて。離れてよし近づいてもよしのテクニシャンよ」
「断裂系光学兵器がやはりヤバイですね」と由真が独り言のように言った。
「MDFは使えるのですか?」
「使える。一応、フィルタで無効化できる。
けど、連発で食らうとフィルタが飽和する」
「うひゃ。何発で?」と、いすず。
「計算上は3発で飽和。あとは10秒毎で緩和」
「結構厳しいですね」
葵の説明に由真が再び深刻そうに呟いた。うんと軽くうなずくと葵は先を続ける。
「0010はおよそ時速40kmで東に移動中。20km先には双美市があるわ。
ぶっちゃけ、光学兵器は既に射程内よ。
時間的余裕はないわ。一刻も早く撃滅する必要がある。時間が最優先。
よって敵右翼への強襲を仕掛けます。
光学兵器の的を分散させるため、0010の120、180、240度の3方向同時攻撃。
120は私。
180、麻衣。
240、由真。
いすずはバックアップ。
もしも仕損じても、0010の進路をずらして双美市から遠ざける。かつ、2次防衛線を敷いている第4中隊正面に追い込んで、挟撃する作戦よ」
「「「了解!」」」
2021/04/04