⑤ off the grid
バキッ バギンッ
飛天の左肩が噛み砕かれる。
「ぎゃあ」
歩の悲鳴がオペレータルームにこだまする。
「なんだ? 何が起きてる?!」
「チュッポ 左肩損傷」
チーフオペの巻雲1曹の狼狽する声にサブオペの初川もまた、額に汗をにじませながら答えた。
「そんなことは分かってる!
MDFはどうなってる」
「FC …… 72 ブレーン安定
MDFは正常に作動しています。」
「じゃあ何だってダメージ受けンだよ!」
「分かりません!」
「フィルタ飽和してないのに、なんでだよ……?
オフったのか?」
「そんなことは後で考えて!」
騒然とする二人を衛生士の浦野1曹が叱責した。
「早く、チュッポのレフトアームのシナプスリンクを切って!」
「「あっ!」」
浦野の指摘に二人はあわててコンソールパネルを操作する。
「チュッポ レフトアーム シナプスリンク 切断!」
「了解!
レフトアーム シナプスリンク オフ!」
「左肩 ペンタゾハム 1mg インジェクション。
歩! 大丈夫?」
浦野は鎮静剤を投薬する操作をするとモニタ向かい叫んだ。
「あっ、あーーー、大丈夫。
でもチュッポの腕、もげちゃったよ」
少し青い顔で、へへっと笑う歩に浦野も笑顔を返した。
「大丈夫。あなたの腕はもげてないから」
「危ない!」
優子の声が飛ぶ。
《0020》の顎がふたたびチュッポに迫る。
「うあっ、止め、止めろ!」
噛みついてくる《0020》の顔を足で蹴り上げる。だが、飛天の足は赤茶けた干渉膜に阻まれる。
「くそ、くそッ!」
上半身を必死に動かして6本の腕を振りほどこうとしたが、がっちりとつかまれびくともしない。襲いくる顎に足で対抗するしかなかった。歩は必死に足で《0020》の顔を蹴り上げる。
「あっ?!」
蹴り上げた右足首を掴まれ、その太股に噛みつかれた。メリメリと牙が飛天の装甲に穴を穿つ。
「う、うあっ、いいぃーー」
歩の口から苦悶の声が漏れる。
「FC 74 正常!」
「まただ。 あっちのフィルタはきっちり効いているのになんでこっちのフィルタは機能しないんだ」
「ライトレッグ シナプスリンク 切りますか?」
「ダメよ! そんなことしたらバルカン使えなくなっちゃうじゃん」
巻雲と初川の会話に歩が割って入ってきただ。歩は苦痛で顔を歪めながらもその目は死んでない。むしろ苦痛を怒りに変えているようだった。
大腿部の20ミリ機関砲の照準を《0020》の左目に合わせる。
「いけっー!」
ブッブブブブブ
ほぼゼロ距離射撃の銃弾は全てフィルタに弾かれる。
「くっ、なんでよ!
なんでこっちのは弾かれんのよ!!
あっ、くぅ、あがぁ」
《0020》の牙が更に食い込み、シナプスリンクから太股に逆流してくる信号に歩は悶絶する。
「くっ! 歩を放しなさい」
歩を救出しようと優子はマチェットを振りかざした。そこへ、通信が入った。
「チュッポは破棄します」
怜奈の声だった。
「第2中隊が攻撃ポイントに到達したわ。
これより《0020》に制圧射撃を行います。
第4中隊は直ちに下がりなさい」
「し、しかし、歩が掴まっています。助けないと……」
「チュッポは破棄してください。
第4中隊の残りは速やかに《0020》から5000メートル以上離れれること。
以上!」
怜奈の通信は切れた。優子は忌々しそうに舌打ちをする。そして、一呼吸置くと自分の気持ちを断ち切るように大声で命令を発した。
「第4中隊全速後退。チュッポは破棄」
巻雲、初川両名は顔を見合わせると淡々と作業に入った。
「了解。
チュッポ 破棄シーケンス 開始
シナプスリンケージ シャットアウト」
「シナプスリンケージ シャットアウト」
「バイタル正常
リンク リアクション 2.5 規定範囲」
必死に抵抗していた飛天の動きが糸の切れた操り人形のように、プツリと止まった。それに乗じて《0020》の顎が飛天の右足を噛み砕いた。飛天の足が地面に落下する。
「超重力井戸 停止
…… MDF 機能消失しました」
MDFの赤い障壁が消え、飛天の体に《0020》の拳が直接届くようになる。
ガコン
ガコン
ガガ ガガガガガ
たちまち飛天の装甲が凹み、裂ける。
ガシュ
一際大きく開かれた顎が飛天の頭部を丸飲みにして食いちぎった。
2021/04/11




