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episode 7 『戦線』

三時間後

太平洋上、北緯25.55 東経130.70 沖縄本島から東南東に約400キロメートルの海域

アメリカニミッツ級航空母艦 フランクリン・ルーズベルト号 航行地点 



「We came in view of the carrier, sir!

(見えてきました!)」


 友里は、壁面に安全具で固定された体を出来る限り捻らせ、後ろの窓に目をやる。太平洋の青い海に、灰色とも黒ともつかない暗い色の塊が浮いているのが小さく見える。ふと、鉄という漢字には「くろがね」という読みがあることを思い出した。目に映る鉄の塊は、そんな読み仮名がぴったりで、重厚で冷たい印象を醸し出している。


「I heard you haven't taken an airplane. But, Don't worry. This is a sophisticated new transport plane. The Sway is less than old-model.

(君は、飛行機に乗ったことがないようだが、心配はいらない。最新の輸送機だ、振動も少ない。)」


 ペンタゴンが、オスプレイに同乗するときに、自分にかけた言葉だ。自国の軍用機の性能を誇らしく語る口振りに静かに苛立ちを覚える一方で、自分の個人情報が、極めて些細なことまで調べられていることにまた気が滅入った。


 ペンタゴンの指摘通り、友里にとって、これが人生で初めてのフライトだった。友里の高校も二ヶ月後に修学旅行があったが、思いもよらない形で抜け駆けをしてしまっている自分に、自嘲めいた表情になってしまう。修学旅行の行き先は沖縄だった。夏休みの前から、授業時間の中で、班と研修先を決める時間が組まれていて、少しだけ自分の学年が浮き足立っていたのを思い出す。


(二ヶ月後…。)


 普通に暮らしていれば、あっという間にやってくるはずの少し先の未来が、今は果てしなく遠くに感じられてならない。そもそも、二ヶ月後に、この国が一体どういう情勢の真っ直中にあるのか。それすらも、想像ができなかった。


 オスプレイに足を踏み入れると、先に搭乗していた軍人が、友里に上着を差し出した。柄は、言うまでもなく、迷彩色だった。


「Put it on.

(着たまえ。)」


 ペンタゴンが脇から言う。


 言われた通り、差し出された上着に袖を通そうと手に取ったが、触れた瞬間に、その重さと肌触りに驚いた。町中で見かける安っぽいものとは違う。分厚い生地で縫われているその質感と重量感は、着用する人間の「生存」を前提に作られているためなのだと感じた。


 予想外の重さと感触にまごつきながら袖を通した。緊急事態に、女性用のサイズを融通できなかったのか、サイズはブカブカだった。


 だが、そんなことなど向こうも気にかける暇などない。今度は、壁面に設置されてある腰をかけられる箇所に座るよう指示をする。そして、友里が腰を下ろすや否や、今度は、同乗するのであろう軍人が、友里ににじり寄り、友里の体に、乗用車のシートベルトなどとは比べようもないほど大がかりな安全具を装着し始めた。ただでさえ、その安全具の仰々しさに戸惑ってしまうのに、その上、勝手の分からない空間で大柄な外人になすがままにされていることに、余計に緊張は高まった。


「では、そちらは任せる。

(We will leave to you.)」


 オスプレイ機体後部の搭乗口の手前で、腕組みをしたままCIAがペンタゴンに言った。隣には、未だ釈然としない表情でペンタゴンに視線をぶつけるNSAがいる。彼ら二人は、オスプレイに同乗しなかった。


 彼らが日本に残ることは、友里にとっては気分のいい話ではなかった。友里は、母親を引き合いに出して、遠回しに自分を脅迫したCIAの方を、オスプレイ壁面に固定されたまま、もう一度睨みつける。しかし、CIAは友里のそんな視線など気にもとめず、相変わらず感情が読み取れない無機質な表情を変えなかった。


「Sir! Taking off, sir!

(閣下、離陸します!)」


 オスプレイ機体後部の搭乗口が閉じていく。今まで足場になっていた搭乗部分は下からせり上がっていき、CIAとNSAの姿は、そのまま壁になった足場に遮られて見えなくなった。


 そして、プロップローターと呼ばれるプロペラと車輪が回転し、機体が前進を始めると、機体はふわりと浮いた。



「We have already prepared commander room there.

(向こうに作戦司令室を設けてある。)」


「There? Commander room? Will you take me to Futenma?

(向こう?司令室?普天間基地にでも行くの?)」


 その質問に、ペンタゴンは首を横に振る。話を聞くと、これから向かう先は、普天間基地でも、嘉手納(かでな)基地でもなく、太平洋上に低速で航行させている航空母艦、いわゆる空母なのだと、この時点で初めて聞かされた。


 本来なら、先週、任務を終え、アメリカに帰国する予定だったのだが、巨人の力が、異国人に奪取されたことにより、急遽、帰国を取り止め、日本付近の海域で待機させているのだという。


「We will explain you the present existing and our tactics.

(そこで、現在の状況と、我々の戦略を説明しよう。)」


 戦略。たいそうな単語だが、自分が向かう先が空母だと聞いて、自分がこれからどう動くのか、おおまかな見当はついた。表情が冷たく悲しげなものになる。


 まず、自分はこれからアメリカが太平洋上に配置している空母に向かう。そして、円閣諸島海域に巨人が現れた瞬間、彼らは自分も巨人に姿を変え、説得に向かえと言うのだろう。そして、「彼」が説得に応じなかった場合は、そのまま戦闘に突入し、「彼」を排除しろと言うのだ。


 一方で、自分が、劣勢に立たされた場合は、沖縄の普天間や嘉手納、そして、これから向かう空母から東アジアの戦力の核をなす、戦艦や何十機という戦闘機を投入し、「彼」の抹殺を遂行しようとするのだろう。


 果たして、その攻撃対象は「あの小僧」だけなのだろうか。揉み合っている、自分と「彼」の二人をもろとも、核兵器で消滅させることだって考えられる。


 自分に、そして日本に、これから起こりうる凶事を考えると、それだけで心がどこまでも塞ぎ込んでしまいそうになった。


 そして、客観的に自分の立場を見つめ、アメリカの言いなりになっているという自分の立場が、どうしようもなく情けなかった。


「日本を想い、憂いている日本人を、アメリカに唆されたバカな日本人が止める」。


 そんな構図に思えてならず、もし対面にペンタゴンが座っていなければ、泣き出してしまってもおかしくなかった。


 そんな友里を察して、気休めを言ってやろうと思ったのか、ペンタゴンが声をかけた。


「Never fear. The United States Army is the most superior and the strongest around the world.

(心配は無用だ。アメリカ軍は世界で最も優秀で強力な軍隊だよ。)」


 その発言が気休めになると思っている無神経さに、相変わらず腹が立ったが、しかし、その腹立たしさのおかげで陰鬱な気分が、ほんの少しだが、紛れたのも事実だった。



「We are landing soon, sir!

(着艦します!)」


 オスプレイに同乗している軍人が声を上げた。いつの間にか、小さかった空母は、その堅く冷徹な外観を見せつけるように友里の目の前に迫っていた。



「閣下!お会い出来て光栄でございます!

(Sir, It's an honor having you, sir!)」


 空母甲板に着艦したオスプレイからペンタゴンが現れると、下っ腹から張り上げるような声が何重にも響いた。空母のクルーたちが、オスプレイの搭乗口の左右に列をつくって、ペンタゴンが通るための道までつくり、彼の到着を一糸乱れぬ号令と敬礼で迎えたのだ。


 これまで自分が話していたこの人間がアメリカ軍の中枢である国防総省で指揮を執るスーパーエリートなのだという認識を新たにさせられた。


(…私もここ、歩くの?)


 ペンタゴンに続いて、日本人らしき少女が現れる。場違いな人間の登場に、整列する軍人たちは寒々しく、怪訝そうな視線を、自分たちのつくった道を歩く少女に浴びせかける。


 彼らの視線を華奢な体で受け止めながら、友里は思った。


 一体、この空母のクルーの内、何人が自分の正体を知っているのだろうか。


 本来なら、任務を終え、アメリカ本土へ帰る予定だったこの艦とクルーは、日本に現れた巨人と怪獣のせいで、この海域に留まることを余儀なくされた。


 彼らは知っているのだろうか、自分たちがこれから相手をするかもしれない攻撃対象は、ハリウッド映画に出てきてもおかしくないような未知の巨大生物だということを。そして、その巨人の正体が日本人だということを。彼らは、巨人を、未知の生物として攻撃するのか。それとも、危険な思想を持つ日本人として攻撃するのだろうか。


 そんな疑問がよぎった。そして、その一方で、また別の疑問も湧いた。


(アメリカから攻撃されたら、「あなた」はアメリカの戦闘機や軍艦を攻撃するの?)


 兵隊たちがつくる道を歩きながら、そこにいない「彼」に向かって、友里はそんな疑問を投げかけた。


 太平洋上を吹きすさぶ海風で、羽織った迷彩色の上着がバタバタと煽られる。だが、その風は友里にとって都合がよかった。風で乱れる髪を整える振りをして、下を向き、自分の頭を手で覆う。そうすることで、アメリカ兵たちの視線から逃れた。


 兵隊のつくる道の終わりに、この空母の責任者と思われる人物が立っていた。迷彩色の兵隊服ではなく、ペンタゴンと同じような、制服を着ているからすぐ分かる。


「Sir, I'm waiting for you, sir. Commander room is ready.

(お待ちしておりました。司令室は準備できています。)」


「Thank you for your time.

(手間をかける。)」


 二人は二言、三言、会話を続けると、友里の方へと目をやる。


「Is she?

(彼女ですか?)」


「Year…,she is our help.

(ああ、協力者だ。)」


 協力者。自分を完全にアメリカ側の人間に組み込んでいる彼らの言動が苛立たしくも悲しい。だが、端から見ればそうなのだろうとも感じた。アメリカの空母に、アメリカの兵隊服を纏った日本人が一人。どこから見ても、アメリカ側の人間であることに疑う余地はない。


(もし、いま「彼」が私を見たら、なんて言われるかしら…。)


 そんな考えが頭をよぎった、ちょうどその時だった。



「……え?」


 最初に気づいたのは友里だった。


「…うそ?」


 というより、友里一人だけがそれを察知した。


「What? What's your problem?

(どうした?なにかあったかね?)」


 制服を着たエリート二人はまだ事態を把握していない。そんな二人に、思わず叱りつけるように言葉をぶつけていた。


「Why Raise the alarm!?

(警報は鳴らないの!?)」


「What?」


「Doesn't your radar sense!? It's sophisticated, isn't it!?

(レーダーはキャッチしてないの!?最新鋭なんでしょ!?)」


「What does it mean!?

(どういうことだ!?)


 友里の様子に、ようやく二人も事態を察した。一瞬にして、表情が険しくなった。


「...Wait. Is he coming up?

(…もしかして「あの小僧」が来るのか?)」


 その質問に、友里は答えなかった。答える前に、空を見上げた。


 あの日、あの公園で、空を見上げた時と同じだった。友里があの日見た光は、昼間の空に見えるには、少しだけ光の度合いが強かったことを思い出す。


 そして、今、自分の視界に入ったこの光も、あの日と同じ輝きをしていた。そしてまた、あの時の光と同じように、普通の流れ星とは違う軌道を描いていた。


「Get position!

(配置に付くんだ!)」


 その光を確認した空母の責任者が、口の前に手で筒を作り、近くにいる兵たちに叫ぶ。そして、今度はペンタゴンに小声で続けた。


「I'm calling special team, sir.

(特殊部隊を呼びます!)」


「Good. But don't let them fire!

(よし。しかし、発砲はさせるな!)」


 ペンタゴンを歓迎していた兵隊たちも空に光る怪しげな光を見つけた。しかし、彼らは、ただ怪訝そうな表情を浮かべるだけで慌てふためいたりはしない。


 別の方向からがちゃがちゃという異様な足音が聞こえてきた。目をやると、軍人たちが、手に銃身の長い銃火器を構えたまま駆け寄ってきていた。映画でしかお目にかかれないような重装備だった。その銃口は、近づいてくる光に向けられている。特殊部隊とはおそらく彼らのことだ。


 その光景を見て、この船には二種類の人間がいるのだと友里は感じた。一方は、敵をはっきりと把握している人間。もう一方は、まだ敵の正体を明かされていない人間。


 この空母は、緊急に迫られて設けられた、即席の戦線基地だということを改めて感じた。


 特殊部隊の構える銃は空の怪しい光を見据えて、少し斜めに構えられていた。しかし、その銃の角度が、徐々に水平になってくる。


 空母の直上で止まった光が、徐々に高度を下げてきたのだ。そして、次の瞬間、その光がはじけた。


 その光の中から、うっすらと光を身にまとった少年が現れた。ふわふわと空中に静かに浮いているその少年は、横田で見せられた映像の少年に間違いなかった。


 やがて、少年は徐々に地面に近づき、音もなくゆっくりと、空母甲板に舞い降りたのだった。


「Stay back!

(退がれ!)」


 空母責任者が少年を警戒し、声を荒げる。


 しかし、少年は何をするでもなく、ただ悠然とその場に立ち止まったままだった。


 冷静な特殊部隊は、手で合図をすると、一定の間隔をあけて、少年を包囲するように半円形状に展開する。その布陣をつくる過程で、彼らが足を素早く動かしても、構える武器の銃口は、眼前の少年からぶれることはない。


 少年の近くにいた何も知らないクルーは、彼らの構える銃の射程から外れるために、大慌てで走り去る。


「撃ってはいかん!

(Don't shoot!)」


 今度はペンタゴンが、手筒をつくって特殊部隊に向かって叫ぶ。当然の命令だ。目の前の少年は、この空母すらあっという間に沈めることが出来る力を持っているかもしれないのだ。下手に刺激して暴れさせでもしたら、ペンタゴンを含めて、この空母のクルー全員の命はない。


「くそったれ!

(Goddamit!)」


 これまでエリートらしく構えていたペンタゴンが、汚い俗語を吐く。


 そして、そのまま緊迫した空気が、空母全体を包んだ。



 友里は深呼吸をした。


 アメリカ兵が、いくつもの銃火器を、同胞である日本人に向けているのが見ていられなかったのか、それとも、日本人であるあの少年が、アメリカ兵に危害を加えることだけはさせてはならないと思ったからなのか、それは友里自身にも分からない。


 だが、誰も身動きがとれなかった中、ただ一人、友里だけが、彼に近づこうとした。


「待てっ!

(Wait!)」


 ペンタゴンが友里を止める。


 しかし、友里は、右手を少しだけ広げて、ペンタゴンを制すと、再び歩き始めた。砂鉄が同極の磁石が近づくのを避けるように、空母クルーの人垣が友里に道を空けた。


 兵隊の人垣を抜けると、今度は、特殊部隊の人間たちに近づく。


「Stay back!

(退がるんだ!)」


 友里が近づいてきたのを察知すると、友里に近い位置にいた隊員は、これまで少年に向けて構えていた銃を、今度は友里に向けた。


 とっさに、物々しい武器を突きつけられ、さすがに足が止まる。友里は、両手を上に上げて敵意がないことを示した。


「撃つな!

(Don't shoot!)」


 ペンタゴンの声が後ろから聞こえた。


 その命令を聞き入れてくれたのか、構えた銃は下ろさないが、彼らも友里に道を譲る。特殊部隊の布陣が形づくっていた半円の形が少し崩れ、友里はその中に入っていく。


 友里と少年の距離が徐々に縮まっていく。そして、少年に一定の距離まで近づくと、友里は足を止めた。


 すると、まるで二人が出会うのを待っていたかのように、風が凪いだ。


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