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義妹の攻撃


 結局アルバイトには行けなかった。

 お義母さんが事務所に俺が身体を壊した事を連絡した。お義母さんが話したあと、親方と電話を代わったらすごい勢いで怒鳴られた。


『馬鹿野郎!! かあちゃん泣かすんじゃねえよ!! てめえは当分休んでろ!! いいか? お前の代わりはいるんだ。かあちゃんにとってお前の代わりはいねえんだよ! このだぼが! 今はゆっくり休め――ちゃんと家族と話せや!』


 俺が返事をする前に親方は電話を切ってしまった。

 優しい親方があんなに怒るなんて……。


 心に焦りが広がる。アルバイトが出来ない? お金が稼げない……。違うアルバイトを探そう。明日は週末だ。週末に稼げないのは――


 手にぬくもりを感じた。

 義妹が俺の手を握っていた。

 背中にもぬくもりを感じる。お義母さんがそっと背中を触っていた。


「ねえ、お、お兄ちゃん。やばっ、恥ずい……。で、でも……、お兄ちゃんさ、そんなにアルバイトする必要がある?」


 義妹は俺の手を引きながら居間へと向かった。

 お義母さんが俺の背中を押していた。


「ふふ、みんなでお茶してお喋りしましょ。健人君はいつもお茶を断るけど――今日は駄目よ? 散々迷惑かけたんだからね?」


 嫌な口調では無かった。温かくて優しさが溢れていた。






「まずは私からのお願い。アルバイトは辞めるか……日数を減らしましょう。学生なら勉強が一番大事。それに友達と遊ぶのだって大事よ? ねえ、春香?」


「そ、そうよ! お兄ちゃんはバイトと家の手伝いばっかりで全然遊んでくれない! むぅ……、スマホないから連絡出来ないし……。あっ、お兄ちゃん、お父さんの事務所で働けば?」


 席に着くなり、二人は俺にまくし立てた。

 こんな事は今までなかったから、俺は戸惑ってしまった。


「す、すみません。でも、俺は家にお金を入れないとここに居られないです」


 お義母さんはお茶のカップをトンッとテーブルに置いた。

 妙な迫力があった。


「健人君、あなたもっと自然に喋れば? 敬語が全然似合ってないわ。ねえ、友達とはどんな感じで喋るの? 私や春香には敬語なんていらないわよ?」


「そうよ、お兄ちゃんはよそよそしいのよ! わ、私の事名前で呼んだ事ないでしょ? ぶぅ……」


「で、でも――」


「でもじゃないわ。あなたは子供なのよ? 確かにあなたのお母さんはひどい女性だったわ。もう縁を切ったでしょ? あなたと関係ないわ。……あなたはうちの子供。居候なんかじゃないわ」


「そうよそうよ! あっ、ママ、明日お兄ちゃんと出かけていい? スマホ買おうよ! あと、お兄ちゃんの夏服買おうよ!」


 俺が口を出す暇が無かった。くそっ、完璧になるって心に決めたのにうまくいかない。もっと、お義母さんたちに心配をかけないような男に――


 そもそも夏服はいらない。俺に私服なんていらない。

 納戸のスペースは一杯だ。

 だから、


「――服なんて無駄遣いになります」


「敬語、やめてね?」

「お兄ちゃん駄目だよ!」


 くっ、な、なんだってこんなに圧が強い? 今までは俺のお願いを聞いてくれたのに――


 お義母さんはお茶を一口飲んで俺に告げた。


「健人君――いえ、健人、私達はあなたに普通の暮らしをして欲しいの。勉強して、部活をしてもいいし、アルバイトも良いと思うわ。学生の範疇でね。真っ当な青春を送って欲しいの……」


「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなんだよ! だから――もっとかっこよくなって欲しい! それに、べ、勉強とか教えて欲しいかも……」


「あら、いいわね。あなた最近成績落ちてたわね? 健人、教えてあげてね?」


 お義母さんは俺を射抜くような視線で見つめる。

 俺は――


「――わかりまし――、わかった」


 敬語をやめた。

 心の何かの薄皮が剥がれた気がした。芯には届かない。






 驚いた事があった。

 俺が寝ている間に納戸が――本の山で埋め尽くされていた。

 俺の制服や、日用品が何もない。俺は納戸の前で立ち尽くした。


 手を離さない義妹が俺に言った。


「お兄ちゃんの部屋はあそこだよ? あそこは元々お兄ちゃんを迎えるためのへやだったんだ。私とお義母さんがすっごく時間をかけてお兄ちゃんに似合う服を探したり……わ、私が……お兄ちゃんと一緒にゲーム出来ると思って……」


 義妹は悲しそうな顔をしていた。

 俺は頭が混乱していた。俺のための部屋? 一体いくらかかったんだ? 俺が今まで稼いだアルバイト代は食費と学費と家賃でなくなる筈だ。


 心が急速に冷えそうになる。

 義妹が手を強く握りしめた。まるで俺の心の冷たさに抵抗しているような温かさだ。


「お兄ちゃんは頭悪いんだよ。本当に馬鹿で真面目で……優しくて……冷たくて――。全部を全部、お金で考えないで。私達の気持ちが詰まっているんだから!」


 ――気持ち。


 抽象的なもの。あやふやなもの。目に見えない何か。俺には雲を掴むような話だ。

 母さんが俺に与えたのは……痛みと憎しみと人の汚さであった。


 また、心の何かが剥がれそうになる。

 俺はポツリと呟いていた。


「どうすれば、俺は……完璧な男になれるんだ? これじゃあ甘えてばかりじゃないか? 人の金でのうのうと生活するのが――」


 義妹は大きくため息を吐いた。


「はぁ〜〜〜〜。お兄ちゃん。……まだ難しいか。――じゃあさ、私が好きになっちゃうくらいイケメンになって、みんなに優しくなって、包容力もあって、落ち着いていて、人の事を馬鹿にしないで、人の心をわかって、家族を大切にして――お兄ちゃんには、す、好きな人が出来て欲しいな。あっ、勉強も出来て欲しい!」


 俺はその言葉を頭の中で繰り返していた。

 迷惑をかけずにいるのが一番だと思っていた。どうやら義妹の価値観では違うようだ。

 母さんの呪縛が心を凍りつかせる。


 女性を好きになる事なんで出来るのか?


 ぼんやりと田中先生の姿が浮かんだ。

 俺は頭を振ってそれを消そうとした。なんだったんだ、今のは? 

 忘れるんだ――


「――人の心か」


 先生が俺の抱きしめた時――俺は子供に戻ることができた。先生の優しい気持ちが伝わって来た。……それが先生としての義務だったとしても。


 俺は義妹の手を離した。


「あっ……」


 寂しそうな声であった。


 そして、俺は胸の高さにある義妹の頭に手を乗せた。ただ触れているだけ。義妹の頭はちょっと汗ばんでいて生暖かい。

 義妹の匂いは嫌ではない。義妹は身体を震わせて、俺を見つめていた。


 義妹は俺のために色々してくれたんだ。

 なら、俺がここで出来ることは――





「――春香。迷惑かけてごめんな」


 違う、謝るんじゃない。


「――今までありがとう」





 その一言を伝えたら、春香の瞳から涙が流れた。

 俺はぼんやりと、綺麗な顔だなって思っていた。

 初めて春香の顔を見た気がした――



「ひっぐ……お兄ちゃんが……初めて名前を……ひっぐ……」



 大丈夫だ。心は冷え切っている。俺はうまくやる。普通の人が思う完璧な人間になって――一人で消えるんだ。


 そう思うと何故か胸に棘が刺さった気分であった――





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