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昼休み


「大田、お前またパンの耳かよ? それ好きだな? ていうかうまいのか?」


「塩味ついてるから美味しいよ」


 昼休みになると俺はいつも真島君と昼食を食べる。

 真島君はいつも同じ話を繰り返す。俺はいつも同じ返事をする。

 まるで儀式のようであった。


 お義母さんは弁当を用意しようとするが、俺はバイト代があるから好きな物を食べると言って断っている。

 ……本当はそんなお金は無いけど。


 真島君もコンビニで買ったパンを食べている。お弁当を持ってきているのを見たことない。確か真島君の家族はお父さんしかいなかった。

 だから俺がパンの耳を食べていても同情も憐れみもない。


「おっ、そうだ、新しいスマホゲームがあってな――」


 真島君は自分の好きな事ばかり喋る。俺はスマホを持っていない。欲しいとも思わない。連絡を取る人なんていない。


 ――クラスメイトたちから視線を感じる。


 俺と野崎さんが別れた事を面白おかしく話題にしているんだろう。

 そういえば、野崎さんは俺にスマホを持つように何度も言ってきた。

 そんなお金がないと伝えてもしつこかった。


 野崎さんは普段通りの振る舞いであった。

 教室で俺を責めるような事はしてこなかった。

 良かった……。これで平穏に――


 野崎さんが自分のグループから離れて、俺達の方へと向かってきた。

 手には何かを持っている。

 表情が硬い。嫌な予感がしてきた。


「な、なんだ? の、野崎? お、俺達になんのようだ?」


 真島君は女の子の前だとおとなしくなってしまう。

 それなのに注目を集める為に教室で大声で騒いだりする。目立ちたがり屋の小心者。人間味が溢れていた。


「……太田君に用があるの」


 そう言って、俺の前に何かを取り出した。小さな弁当箱である。


「ねえ、あなたいつも……貧相な食事でしょ? だ、だから作りすぎたお弁当あげるわ。そ、それくらいいいでしょ? きょ、今日も一緒に帰ってあげるわ。あっ、あなたのスニーカーを買いに行きましょう。た、たまにはショッピングセンターでデートもいいわね。……私も反省してるわ。もっと恋人らしくすればよかったわ」


「え?」


 俺はどんな顔をしているんだろう?

 野崎さんから感じるのは……羞恥心と自信、それに――哀れみと同情であった。


 俺は戸惑いと――諦めであった。


 クラスメイトが騒ぎ出した。


「あれ? 別れたんじゃなかったの?」

「あれか、太田が困らせようとしただけか」

「あいつ良い身分だな」

「くそ〜、羨ましい奴め」

「太田から振ったのって本当だったんだ……、あいつ――」



 よく考えて欲しい。

 あの時俺はなんて言った? 付き合うのは無理と言った――

 もしかして……彼女の中では仮初の恋人の契約が続いているのか?

 でも、なんで別れたっていう話が広まっているんだ? うん、今はそんな事よりも――この状況を。


「ねえ、は、早く受け取ってよ。なんなら私もここで一緒に食べて――」


 真島君が口を挟んだ。それは小さな声であった。

 小心者だから本人に聞こえるかどうかわからないほどの。


「……うっぜ。見下してんじゃねーよ……」


 俺の心の中で感情が暴れている。俺は自分が可哀想だと思っていない。

 安心して寝ることが出来る家があって、やりがいがある仕事があって――

 真島君という友達もいる。


 だから、哀れみなんていらない。

 俺はクラスメイトが見守る中、口を開いた。


「お弁当は……受け取れない。だって……そんなの聞いてない。勝手に持ってきて食べてくれって言われても困る。もう俺はお腹一杯だ」


「え? パンの耳でしょ? そんなのご飯でも何でもないでしょ!? あなただって美味しいお弁当食べたいでしょ?」


 人から何かを受け取ったら、借りができてしまう。

 俺にはそれを返す力がない。

 ――母さんの借金を思い出してしまう。


 野崎さんがまた媚びた目つきになっていた。俺はそれが――嫌いだ。


「ねえ、私だってお腹一杯だから、受け取って。スニーカーだってスマホだって買ってあげるから――」


 俺の中の何かが壊れた気がした。

 野崎さんが手に持っているお弁当を投げつけたい衝動に駆られる。

 お弁当には罪がない。それは駄目だ。


 俺はおどおどしていたから教室で大声を出した事がない。

 これが初めてだろう。


「俺はペットか何かなのか? ねえ、施しをして気持ちいいの? 俺はまだ子供だから保護者の世話になる必要がある。でもね、クラスメイトから世話になる必要はない」


 止まらなくなってしまった。

 自分で言いながら悲しい気持ちになる。俺にかまわないで欲しい。俺は一人で生きたいんだ。


「あいつ何様なの?」

「ねえ、あの二人って本当に付き合ってたのかな?」

「ああ、教室でも全然喋ってなかったよな」

「やっぱ噂は本当だったんじゃね」

「ていう弁当渡すの伝えてないのって……重た」


 野崎さんはそれでひるまなかった。

 俺が持っているパンの袋を取り上げようとした。


「こんなものばかり食べてたら身体に悪いわよ。――こっちを食べて」


 パンの耳が袋からこぼれ落ちそうになった。

 俺は叫んだ。


「元々恋人でも何でもなかったんだから、もう構わないで!! 偽恋人の演技はもううんざりだ!! ご飯くらい静かに食べさせてよ!!」


「――――っ」


 野崎さんの動きが止まった。教室のざわめきも止まった。

 野崎さんは顔を真っ赤にさせながら――怒りを押し殺していた。


 そして――俺の机の上に弁当箱を置いて、無言で席に戻っていった。



「おっ? これ食って良いのか? 野崎〜、これもらうぞ! 弁当箱は洗って返すぜ!」


 真島君は野崎さんに断る前に弁当箱を開けて嬉しそうに食べ始めていた。野崎さんは真島君を冷たい目で一瞥するだけであった。

 クラスメイトはそんな真島君を見て嫌そうな引いた顔をする。

 侮蔑の視線だ。


 正直俺は助かった。人から施しなんて受けたくない。

 俺は小声で呟いた。


「――ありがとう」


「あん? なんかよくわからんーけど、太田、ジュース買ってこいよ! 俺炭酸な!」


 うん、昼御飯は後で食べればいい。俺はクラスメイトの視線を浴びながら教室を出た。




 *************




「太田。最近どうだ?」


 放課後、俺は職員室に呼ばれた。担任の先生の田中裕美たなかひろみ先生は二十代後半の綺麗な女性であった。冷たい印象を受けるが、生徒には人気がある。

 先生は女性だけどドライだから嫌いではない。好きでもないけど。


 田中先生は俺を頻繁に呼び出して、学校生活について聞いてくる。


「別に普通です」


「彼女と別れたんだってな? 失恋か? まあ若いうちは色々ある。私なんて今まで――」


「もう帰っていいですか?」


 田中先生はおせっかいだ。早くバイトに行かなきゃ。それで――

 あれ? 頭がふらふらする……。考えがまとまらない。

 そうか、昼休みに色々あったからだ。


「おい、顔色が悪いぞ? ちゃんとご飯は食べているのか? ――お前の事情も理解している。お、おい、待てっ、ふらついているじゃないか!」


 大丈夫、ご飯は食べている。いつも豪華な朝食を食べている。食べるたびに罪悪感が湧いてくるけど――

 一人で生きるって言っても、義理の家族の庇護下だ。申し訳ない気持ちが広がる。


「大丈夫です……」


「……友達も作ろうとしない。人と関わろうとしない。特に女生徒とはな――。なあ、もっと学校生活を楽しまないか? お前を見ていると――とても辛い。いや、私がこれ以上家庭の事情に踏み込むことじゃないか……」



 声が出なかった。

 俺はノロノロと歩き出す。

 先生は止めない。俺の意思を尊重してくれる。


「なあ、少し休んだらどうだ? お前を心配してくれる人もいるんだぞ?」


 脳裏に義理の家族が浮かぶ。

 それを振り払う。


 大丈夫、そんな人達はいない。

 だって俺は一人で生きていくんだから。


 返事ができない。それでも先生は後ろから声をかけた。


「私は――お前が心配だ。辛くなったらいつでも言え。飛んで行くぞ」


 突然の言葉に俺は――受け止められなかった。

 ――俺に優しくしないでくれ。俺は自分を壊したくない。




 俺は学校を出て、昼間に食べられなかったパンの耳を食べながら一人歩いた――






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