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居候


 アルバイトはほぼ毎日入っている。

 幸い忙しい工事現場だからいくらでもバイトが出来るのは嬉しい。

 本当は休みたくないけど、会社の規定でどうしても月に4日は休まなければならない。この時間が一番落ち着く。無駄な話をする必要がない。


 そんなアルバイトから家の帰ると10時半頃にはなってしまう。


 俺は居候の身だ。なるべく音を立てずに家へと入る。


「――只今帰りました」



 居間からお義母さんが顔を出した。


「あら、今日も遅いわね。ご飯どうするの?」


「いえ、アルバイト先で食べたので大丈夫です」


「……そう。ならお風呂入りなさい」


 本当は何も食べていない。でも、この家で無駄な食費を使わせたくない。俺は邪魔者な筈だ。保護者になってくれただけで十分だ。子供が一人増えたら尋常じゃないお金が必要な筈だ。


 俺は居間へと向かった。

 お義父さんは朝が早い仕事なのでもう就寝している。

 居間でテレビを見ている義妹の大田春香おおたはるかがいた。


「ただいま帰りました」


「ちょっと、遅いわよ。ていうか、あんたアイス買ってきなさいよ! ……その後、一緒に映画見るわよ! ふんっ」


 義妹は一個下の中学三年生だ。お風呂上がりだからパジャマ姿で居間で寛いでいる。

 正直義妹は苦手だ。女性という事もあるけど、俺にかまってくるから扱いに困る。


 お義母さんもそうだ。俺がバイトのお金を渡すと、いつも拒否しようとする。

 俺は無理やりお金を渡していた。


「はい、すぐに買ってきます」


 お義母さんが義妹を叱りつけた。


「こら! あんたさっきからゲームばっかりしてたでしょ? 健人君は今まで仕事してたのよ? ……自分で買いに行きなさいよ」


「いえ、すぐに行きます」


「あっ、ちょっと――」


 俺は返事を待たずに家を出た。

 コンビニまですぐだ。アイスは俺の所持金でもどうにか買える。


 俺はアイスを一つだけ買ってすぐに家へと帰った。






「え? なんで一つなの? あんたの分は?」


 俺の所持金ではアイス一つしか買えない。

 無駄遣いは出来ない。


 ここでゆっくりしていたら俺の勉強の時間がなくなる。

 授業だけでは成績が落ちてしまう。居候の身としては赤点なんて取れない。


「シャワー浴びてきます。映画、楽しんで下さい――」


「はっ? シャワーは後でいいでしょ? 映画見るわよ!」


 義妹は有無を言わさず俺をソファーに座らせた。こうなった義妹は頑固だ。

 俺はしかた無く映画を見ることにした。


 映画はホラーであった。義妹の距離が近い。

 俺は明日からの学校での振る舞いを考えていた。


 クラスで一番の美少女を振ってしまった。仮初の恋人だとしても、問題だろう。

 だが、俺はもう我慢したくない。

 正直義妹と過ごすこの時間も耐え難く嫌であった。

 笑いかけてくる義妹とお義母さん。


 俺に……優しくして、困らせないで欲しい。




 結局、義妹は映画の途中で寝てしまった。

 お義母さんは「あらあら、仕方ないわね。健人君、春香を二階に連れて行って」と俺に言った。


 これも仕事だ。

 俺は義妹を抱っこして二階へと移動した。


 義妹の部屋を開けてベットに義妹を押し込む。

 俺が義妹の部屋に入るとひどく怒る。お義母さんに頼まれたとしてもだ。


「う、うん〜〜……お、お兄ちゃん――好き〜〜」


 義妹にはお兄ちゃんなんていない。幻想のお兄ちゃんを見ているのだろう。

 俺は居候だ。聞かなかった事にしよう。


 俺はそそくさと立ち去った。


 そして、俺は自分の寝床に移動した。

 家の奥にある小さな納戸。

 人が一人寝られるスペースがある。

 お義母さんとお義父さんは俺の為に部屋を割いてくれようとした。だが、俺にはそんな大層な部屋はもったいない。だから俺は納戸でいいと言った。


 二人はどうしても許してくれなかったので、俺は土下座をして頼み込んだ。

 俺にこれ以上背負わせないで欲しい。俺は寝床があるだけで十分だ。


 俺は小綺麗に掃除されている納戸で何も考えずに眠りに着いた。





 俺の朝は早い。

 掃除、洗濯、食事の準備の手伝い。

 初めは断られた。「あなたは子供なんだから何もしなくていいのよ」と。

 だけど、俺は手伝う事によって俺の心が落ち着く事を説明した。


 それ以来ずっと俺は家事を手伝っていた。

 お義母さんは条件を出した。


 俺が必ず家族と朝ごはんを食べる事。だから俺は毎日朝ごはんを仮初の家族と一緒に食べる。

 家族の団欒の中に俺という異物が紛れ込む。俺は申し訳ない気持ちで一杯であった。


 そして、家族の団欒には何も感慨は浮かばなかった。





 義妹は一緒に登校をしたいと言ってくるが、俺は朝が早い。

 誰も登校していない時間に学校へ向かう。そうすれば人と関わらなくていい。それに近所のパン屋さんに行くと、昼御飯のパンの耳が格安で買える。


 早く学校を卒業したいな……。

 高校って行かなくていいんじゃないかな?

 家を出て高検を受けて仕事をしながら一人で暮らす……。

 駄目だ。お義母さんとお義父さんには高校受験をさせてくれた恩がある。俺をここに縛る呪縛。


 ……我慢か。

 昨日の野崎さんの振る舞いにはびっくりした。俺は女性と付き合えるわけない。

 学校に行くのが嫌だな。


 俺は歩きながら自分のスニーカーを眺める。

 まだ履ける。大丈夫だ。

 それは自分の心に言い聞かせているようであった。





「おお、おお、大田!! て、てめえ野崎の事振りやがったのか!!」


 真島君は嬉しそうに俺の首に腕を回す。


「う、うん。元々釣り合って無かったし。それに――」


「そうか、そうか! 何も言うな。お前は本当は振られたんだろ? 残念会してやんよ。ジュース買いに行こうぜ! 今日は俺も付き合うぜ!」


 教室で大声で会話をする真島君。

 女子生徒は嫌そうな目でそれを見ていた。

 ……俺はそんな女子生徒たちが嫌いだ。


 乱暴者の真島君の方がずっと良い人だ。

 だって彼は俺の境遇を知っているのに笑い飛ばしただけであった。




 廊下を歩くと視線を感じる。

 俺が野崎さんと別れた事がすぐに広まったようだ。

 これで野崎さんは告白祭りになっちゃうかも知れないけど、俺には関係ない。


「やっぱ、コーラは最高だよな! 大田はいつもお茶だな? お前はおじいちゃんかよ? がははっ!」


 何が面白いかさっぱりわからないけど、俺もつられて笑っていた。





「――大田、大田……ねえちょっと! 大田でしょ! 待ってよ!」


 ジュースを飲みながら教室に戻ろうとした時、誰かが声をかけてきた。

 女生徒の声だったから反応出来なかった。


 振り向くと、そこには雨傘夏樹あまがさなつきが立っていた。

 俺がこの街に来てからおせっかいを焼く女の子。

 中学も一緒だった。家も近所で妹と仲が良いらしい。


 雨傘は俺が野崎さんと付き合っていると知ってから話しかけて来なくなった。

 野崎さんと付き合った唯一メリットである。

 彼女のおせっかいは俺の学校生活を乱す。

 雨傘も綺麗な顔立ちをして、明るい性格をしているから学校の男子に人気がある。


「ねえ、野崎と別れたのって本当?」


「ああ」


 真島君は突然現れた雨傘を見て顔を赤くして照れていた。

 そんな感情が羨ましい。俺はどうしても彼女の事を好きになれない。

 彼女のおせっかいのせいで、俺はイジメられた事もある。


「な、ならさ、今日……一緒にマック行かない? ほら、一応幼馴染でしょ? 振られたなら話聞いてあげるよ!」


 雨傘と廊下で話しているだけで生徒たちから視線を感じる。

 俺を責める視線であった。

 なんでお前が雨傘と? 気持ち悪い男は引っ込んでろ――

 そんな声が聞こえてきそうであった。


 俺は彼女の言いなりだった。

 行きたくもないショッピングに連れ回したり、犬の散歩に付き合ったり――

 聞きたくもない恋バナを聞いたり……。


 俺が野崎さんと付き合うと言った時も


『……そう、私じゃ駄目なの? わ、私と付き合ってよ……』


 と俺に告げた。

 吐き気が出そうだった。仮初の恋人だけど、野崎さんから俺を奪おうとした。

 俺には理解出来なかった。女性は怖い。何を考えているかわからなかった。




 俺が無言でいたら、雨傘は距離を詰めて俺の手を握って来た。

 生徒たちから悲鳴のような歓声があがる。


 耳を塞ぎたかった。

 俺は消えてしまいたかった。

 何故勘違いされるような事をする? 俺は――一人がいいんだ。



「え……」



 繋がれた手を無理やり引き離す。

 我慢してちゃ駄目だ。


 俺は嫌なものから逃げるように走り去った。


「お、おい、大田! 俺を置いていくなって!! 気まずいだろ!!!」


 真島君の声だけが俺に届いた。







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