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偽物のカップル


 女の人は嫌いであった。

 俺は生まれてからずっと母親から暴力を受けていた。

 だから学校の女子と話すことなんてできない。オドオドしてしまう。

 同じ女性だと思うと――怖くなってしまう。


 ある日、母親からの暴力が止まった。

 媚びた目をしながら僕にすり寄って来る。それが耐え難く気持ち悪かった。

 俺が成長して体が大きくなり、勝てないと思ったんだろう。


 そして、母親は書き置き一つ残して家を出ていった。





「大田、おい大田! 聞こえてんのか? お前の番だぜ」


 母さんに捨てられた俺も高校生になった。

 捨てられた直後は施設に入り、今は遠い親戚の家で厄介になっている。

 だから問題は起こせない。


「う、うん。え、えいっ!」


 俺は真島君のお腹にパンチをした。

 蚊が止まるようなヘロへロなパンチだ。ペチっていう音がした。


「へへ、お前見かけの割には貧弱だよな。俺が手本を見せてやるよ! しっかり構えてろよ」


 真島君は助走をつけて手を大きく振りかぶって、俺のお腹に向かってパンチをしてきた。

 俺は腹筋に力を入れて衝撃に備える。


「ぐっ……」


 お腹に痛みが広がる。力を入れていたからさほどでもないけど……。パンチを受けた俺は痛そうな演技をしながら床に倒れる。


「おっしゃ! 俺の勝ちだぜ! じゃあ、罰ゲームでジュース買ってこいよ! 俺炭酸な!」


 床に硬貨を投げつける。俺はのろのろとそれを拾う。大丈夫。俺は間違っていない。真島君と遊んでいるだけ。これは遊びなんだ。


「い、行ってくるね……」


 お金を拾って立ち上がると、クラスメイトの……野崎令奈(のざきれいな)さんが俺達を冷たい目で見ていた。

 彼女は一瞥すると友達の輪に戻っていった。

 クラスで一番の美少女の野崎さん。毎週のように男子生徒から告白をされていた野崎さん。


 告白は三ヶ月前に止まった。

 彼氏ができたからだ。


 ――彼氏は俺であった。






 俺は廊下を歩きながらあのときの事を思い返していた。

 あれは今みたいに、教室で真島君が俺と遊んでいたときである。


『おい、大田〜、お前って好きな女子いるのか?』

『い、いないよ。ま、真島くんは?』

『はっ? お前が俺に質問してんじゃねえよ。……あれだろ、お前野崎が好きなんだろ?』

『ち、違うよ。というか真島君が野崎さんの事好きなんじゃないの?』

『……おい、大田? 俺が優しいからって調子乗ってんのか!? ……お、いいこと思いついた。お前野崎に告白してこいよ!』


 周りにはクラスメイトが沢山いた。

 みんな面白がって俺たちを見ていた。

 真島君は乱暴者だから友達は俺しかいない。


 そのとき、野崎さんがツカツカと俺の前に歩いて来た


『ねえ、私の話してたの?』

『お、おお、大田が野崎の事好きだってさ――』

『真島君!? や、やめてよ!! 俺は野崎さんの事好きでもなんでも――』


 野崎さんは透き通るような声で僕に言った。


『あらそう。じゃあ付き合いましょう』


 クラスは騒然となった。あの野崎さんに彼氏ができる。地味で気持ち悪い俺が相手だ。

 真島君もびっくりしていた。開いた口が塞がらないでいた。







 その日、初めて野崎さんと一緒に下校した。

 その時の彼女の言葉は――


『高校三年間、仮で付き合ってもらえるかしら? あなたは私の事を好きじゃない。私も興味がないわ。だからこれはお願い。煩わしい男が近寄らなくなるわ』


『お、俺のメリットがないよ?』


『あら? こんな美少女と一緒に下校できるのよ? それだけで十分じゃない』


 有無を言わさない口調であった。

 俺は女性が苦手だ。母さんを思い出してしまう。

 ……でも問題を起こしたくない。ここで断れば、クラスのカーストトップの野崎さんを振ったことになる。大問題が起こりそうだ。いや、付き合ってもそうだけど……。


 こうして、俺と野崎さんは一緒に帰るだけの――仮初の恋人になった。





 ガコンとジュースが自動販売機から出てくる。

 真島君はコーラが好きだからね。俺はお茶にしよう。


 適当に学校を過ごして、バイトに精を出して、お金を親戚に渡す。

 高校を卒業したらすぐに就職して独り立ちしよう。


 野崎さんとの下校は毎日続いていた。

 特に話すこともない。もうやめたい。

 たまにあっちがしびれを切らして話題を振るけど、会話はすぐに終わってしまう。


 というか、どうせ嘘で付き合うならもっといい男にすれば良かったのに。

 俺は地味で気持ち悪い男だ。女子と話すと母親を思い出しておどおどしてしまう。後々の事を考えてしまって断る事が出来なかった。


 なんだって俺なんだろう? あっ、好きじゃないって言ったからかな?


「ねえ、あれって野崎さんの彼氏じゃね?」

「マジで……、趣味悪……」

「本当に付き合ってるのかな? ねえ、聞いてみようよ」


 野崎さんと付き合いだして俺の顔は全校生徒に知られてしまった。

 非常にやりにくい……。


 一個上の先輩であろう女子が俺に近づいてきた。


「え、あ……ご、ごめんさない!?」


 女子は俺の顔を見るなり走って逃げていった。

 何だったんだろ? まあよくあることだ。




 そして、俺は教室へ戻り真島君と適当にゲームの話をしながらジュースを飲んだ。

 ゲームなんてしたことないけどね。そんなお金は無いよ。






「……遅いわよ。女の子を待たせるなんて最低だわ」


 俺は掃除当番であった。一応野崎さんには遅れるから先に帰ってほしいという事を伝えてあった。

 掃除は班でやるはずなのに……俺はいつも一人で掃除をしていた。

 みんな用事があるからと言って帰ってしまう。

 用事があるなら仕方ない。俺にはバイトしか用事がない。

 早くバイトに行かなくちゃ。


 上履きから汚いスニーカーに履き替えて下校しようとしたとき、野崎さんが待ち構えていたのであった。

 スニーカーは穴が空いていて、雨の日は大変だ。でもお金は全部家に入れているから新しいのは買えない。というか買う必要がない。だって、もったいないでしょ? こんな俺には何も必要ない。生きているだけでラッキーだ。


「ちょっと聞いてるの? はぁ……、相変わらず汚い格好ね。私と歩くならもう少しお洒落してほしいわ」


「うん、そうだね」


 適当に返事をする。

 おしゃれはお金がかかる。お金を家に入れると俺の心が落ち着く。ただで飯を食うわけには行かない。生きるのに必死なんだ。


 野崎さんは歩き出した。

 俺も仕方なく後をついていった。




 しばらく歩くと、いつも途中にある公園に寄る。

 正直、バイトに遅れそうになるから寄りたくない。

 でも野崎さんを怒らせたくない。問題を起こしたくない。

 俺はやっぱり女子が好きになれなかった。


 公園のベンチに座る。

 特に話をするわけでもなく、ぼーっとしている。


 ……野崎さんの雰囲気がいつになく硬い感じがする。トイレかな?


「ねえ……、あなたって……入学式の日の夜、繁華街にいなかった?」


 今までこんな会話をしたことがない。

 確かに俺は繁華街にいた。色々あって不良に追い回されていた。

 問題を無くすために速攻で解決しようとした覚えがある。

 ……面倒な事になりそうだ。


「し、知らないよ? 人違いじゃないかな?」


 野崎さんはため息を吐いた。


「私はあの日……しつこいナンパをされていたわ。……あなたと雰囲気が似ている男の人に助けてもらったわ。……本当にあなたじゃないの?」


「うん、知らない」


 俺は即答した。もしかしたら助けたのかもしれない。でも覚えていない。だから知らない。


「まあいいわ。ところで、そろそろ私達が付き合って三ヶ月が経ったわ。お互い下の名前で呼び合ってもいいとおもうけど、どうかしら?」


「――――は?」


 俺は素っ頓狂な声を出してしまった。

 俺たちは偽恋人のはずだ? この子は何を言ってるんだ?


 頭の中で母親の姿が浮かび上がった。

 女性は怖い生き物。


 理解ができなかった。


「だから……私は……あなたと本当の恋人同士になりたいと……思っているわ。断る選択肢はないわよ? あなただってこんな美少女と一緒だったら鼻が高いでしょ? あなたは磨けば私と釣り合うはずよ。だからそんな汚い靴は――」



 そうか、この子も母親と一緒なんだ。

 泣けば許されると思っている。男性は女性の言うことを聞かなければならない。

 わがままは可愛い。

 エスカレートすると愛情という名の暴力を振るう。



 ああ、駄目だ。気持ちが悪くなってきた。

 俺は我慢して一緒に帰っていたはずなのに――愛情なんて育んだ覚えはない。


 そう、俺は我慢してた。事を荒立てないように努力していた。だけどもう限界だ。媚びた目付きは見たくない。頭が壊れそうになる。もう我慢はやめだ。問題が起こってもすぐに解決すればいい。




 俺は立ち上がった。


「――嘘の恋人は終わりだ」


 野崎さんは嬉しそうに立ち上がった。


「あっ、そ、それじゃあ――」


 野崎さんと母さんの顔が被る。媚びた目付き。

 俺は心の温度が下がっていくのを感じた。



「――無理だ。俺は一人がいい」



 もうおどおどするのはやめよう。女性となんて関わりたくない。きっぱりと断るんだ。

 じゃないと、俺は心が壊れそうになる――



「ど、どうして? わ、私と付き合えるのよ? あ、あんたなんかただの陰キャじゃない!? ね、ねえ、もう一度考え直して。偽恋人でもいいから!」



 俺は歩き出した。

 早くバイトに行かなきゃ。一杯稼いで早く家を出て――一人で生きるんだ。

 隣に大切な人なんていらない。所詮赤の他人なんだ。誰も信用できない。


 

 もう我慢はやめだ。






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