3 追い込む
深呼吸。
そして、いつぞやと同じ決心を固める。
そう、幹にこだわるしかない。
武藤さんが感情的に納得できないのであれば、俺が武藤さんに対して持っている感情を正面からぶつける。それが幹だ。
「武藤さん、いえ、お父さんと呼ばせてください。
聞いていただけますか?
俺、実の親を亡くし、その後武藤さんと知り合って、碁を教えていただきました。
そして、碁だけでなく、一つ一つなにかを教わるごとに、俺にとっても武藤さんは限りなく大きな父という存在になっていきました。
武藤さんが、俺にそう呼ばれることには抵抗があるだろうことは判っていました。だから、『武藤さん』とお呼びしてきました。
でも、ずっと内心では父と思っていました。
私が美岬さんを奪うとは考えず、もう一人、自分の群れに子供が増えると考えていただくことはできないでしょうか?」
再び、武藤さんの視線が天井を向く。
そして、大きな大きなため息。
この人の肺活量、10,000ミリリットルくらいはあるんじゃないだろうか?
「なんだろうな、双海君以外の誰なら満足できるというわけでもない。
ただ、ただ、頷きたくない。
外堀は全部埋まっている。
内堀もほぼ全部埋まっている。
我儘なのは自覚しているし、あくまで感情論なのも自覚している。
今の双海君の言葉もよく解ったし、美岬を失うわけではないのも判る。
自分で自分が解らない……」
俺、もう、答えが判っている追い込みをかける。
「やっぱり、いまさらですが、一つ殴ってみます?」
「だめだな。
だって、殴りたいわけじゃない。さっきのは、単なる口実だからな」
「だからこそ、それで感情の切りがついちゃったのならば、その方が良かったかもと……」
「やめてくれ。
そのあと、十年くらい後悔することになりそうだ。
だいたい、その場になって、自分が双海君を殴れるとも思えない。
そもそもだけど、双海君と張り合ってもしょうがないことは解っているんだ。
まして、ここで首を縦に振らなかったからといって、美岬が幸せになるわけでもない。
なんか、考えれば考えるほど切ないんだ。
ただ、それだけなんだ……」
ちょっと追い込みすぎたかな。申し訳ないような気がしてきた。
「それにだ。双海君、本当に美岬でいいのか?」
「どういう意味でしょうか?」
「いや、こう見えて結構性格キツイし、僕と同じように……」
そこに被さる、武藤佐の凍りつくような声。
「同じように、なんでしょうか?」
「えっ、あ、う」
「『性格がキツイくて、僕と同じよう』とは、どういうこと?
確かにキツイかも知れないけど、それ、ここで言うこと?」
「いや、あの……」
「お父さん、私がキツイ性格で、真を酷い目にあわせると言いたいの?」
あ。
初めて見たよ、この人が墓穴を掘るの。それも、特別に深い。
「墓穴を掘らずんば、墓児を得ず」なんて、頭に浮かぶ。で、墓児とは、集中砲火を浴びることだな。虎児ほどの価値が間違ってもなくて、アホらしい。
まぁ、申し訳ないけど、相当にテンパっているらしい。角度を変えて、引き伸ばしを図ったつもりだったんだろうな。
けど、なんか、どんどんボロボロになる。ヒグマのような巨体が、見る影もなく萎んで見える。
そして、母娘の目は厳しい。動揺を完全に見抜いているのに、さらに容赦がない。
そんな中、必死で武藤さんがようように言葉を紡ぐ。
「あ、あ、双海君、指輪はどっちの石にしたんだい?」
「うちの地域ですと、誕生石の真珠は喪を連想させるので、ロイヤルブルーのムーンストーンにしました」
「それは良かったねぇ」
「透明度の高い深い青空色のカボッションのルースがあったので、即決して指輪にしてもらいました。
美岬さんの瞳の色ですよ」
「じゃあ、相当に希少な石だね。よく手に入ったね」
「ええ、ラブラドライトではなく、本物のムーンストーンです。原産国まで網を張ったんですよ。
美岬さんには、どんな意味でも本物を渡したかったんです」
「よかったなぁ、美岬」
「うん、お父さん。
本当に嬉しい。お父さんからも認めてもらえて、本当に幸せ!」
「え、えぇっ!?」
「婚約指輪を貰って、『よかったなぁ』って、認めてくれたんでしょ?
ロイヤルブルーのムーンストーンは、幸せな結婚をもたらすらしいの。認めてもらって、本当に嬉しい。これで、キツイ性格の私でも、幸せな結婚ができる!」
武藤さん、ゆっくりと頭を抱えて、崩れ落ちるようにうずくまった。
あー、ここも昔と同じ結果になったな。
話の片をつけたのは、美岬。
見事だわ。
不意に、がばっと武藤さんが身を起こす。
「よしっ、では、条件をつけよう」
「今さらなによ?」
母娘で声がハモる。
「子供を二人以上作りなさい。それだけだ」
俺は答えた。
「ありがとうございます」と。深々と頭を下げながら、だ。
この言葉の意味は重い。
それを俺は理解している。
代々の明眼は、一人の女の子しか産まなかった。
そうやって、明眼たる能力を受け継いできたのだ。
これから先、子供ができるかどうかなんて、今の俺達には分からない。
できるかもしれないし、できないかもしれない。
でも、「子供を二人」というのは、今まで続いた九代の明眼と呼ばれる運命からの決別を意味する。
そして、俺と美岬の子は、親とは別の道を歩むのだ。
武藤さんが、納得しないまでも前向きに許してくれたのだ。
そして、未来に渡る人生の応援をしてくれた。
礼を言うしかないじゃないか。
次回、もう一つの未来、の予定です。