6 式根島にて
式根島は、ほぼ記憶にあったとおりの姿のままだった。
港に船をつけるのは目立つので、磯場の釣りポイントにつけてもらった。
人数もいるけど、荷物も釣具が目立つしで、釣り人として不自然さはない。
ただ、駐在さんの目は怖い。すべての船の発着を日課として見ているからね。でも、駐在さんに手が回っていることは考えなくていいだろう。
それが救いだ。
美岬には海を見ていてもらう。
慧思が、レンタカーを借りに先行する。
俺と美鈴で、足場を確認しながら荷物を車道脇まで運ぶ。二人で二往復必要だった。
最後に、美岬が転ばないよう、エスコートする。足場はよくないからね。
「まださぁ、つわりも来ていないのに、気を使い過ぎだよ」
笑いながらそう言われても、「はいそうですか」ってわけにもいかないじゃんか。
クーラーボックスはずっしりと重い。
アオダイにイサキがたくさん。真鯛も大きいのが一匹いる。
遊び半分で釣ったムロアジは数え切れない。
四人で、一週間は無理にしても、四日は確実に食いつなげる量だ。ムロアジをすり身にしたり、干物にして保存食とすれば、さらに籠城期間が伸ばせる。
鮮度のいい魚は、内臓から頭、ヒレまで捨てる場所がないから、なおのことだ。
つわりで嫌われさえしなければ、魚はカルシウムも多いしね。もっとも、肝は妊婦には自粛してもらうけど。
慧思が車を転がして現れた。
荷物を積んで、貸別荘をやっているホテルでチェックイン手続き。
米はあるので野菜を確保したら、慧思と二時間、みっちりと待ち伏せ体勢を整える。
武器は一切持ってきていないから、現地調達。
こういう時のために、現金は常に持ち歩いているけど、出ていく額が大きい。でも、この買物以降は安上がりで済むはずだ。
慧思が太いPEの釣り糸と、重りを買ってきた。ヤスと特大の釣り針もだ。
これだけあれば、相当に戦える。
周囲は林で囲まれているので、その中にトラップを掛けるのにも使える。
さらに、当然のことだけど、建物のクリーニングも行う。
そうしたら、米を炊いて、大量のお刺身で食事だ。
次の食事は、美鈴に中華風の魚の蒸し物でも作って貰おう。
たぶん、全員で食事を取れるのはあと数回。
そのあとは、常に最低1人は見張りに立たねばならないだろうな。
さて、ここまでしたら、落ち着いていられる間に、問題の再検討だ。
任務は、「なにを於いても先ず、美岬と美鈴の安全を確保。
そして、食事にも最大限の注意」だった。
「さて……」
と切り出すと、慧思の目が泳いだ。なんだろうなとは思ったけれど、構わず話す。
「この2つが意味することは、美岬と美鈴に、すでに何か一服盛られている可能性があるということだ。
なぜならば、未遂であれば、相手を捕まえるまでは、盛られていたということ自体が判らないはずだ。
つまり、すでに盛られているということになる」
そう言って、俺、慧思の目が泳いでいる理由に思い至った。
……美岬の妊娠は、一服盛られているからではないのか。
女性ホルモンのバランスをいつもの周期から崩し、その結果……。
そこに気がついて、慧思は気を使うあまり挙動不審になっているんだ。
美岬と目が合う。
美岬も、同じ結論に達している。
「取材やロケの場合、料理を作ったあと、その料理の撮影があって、その後に試食になる。
つまり、一回は必ず目が離れるのよ」
冷静に冷静に。
美岬、そう自分に言い聞かせながら話している。
「検診はしっかり受けよう。
異常がなければ、なんの問題もない。俺と美岬の子ということは動かない」
俺も、同じく自分に冷静でいろと叱咤しながら話す。
「あなたたちの考えは解る。
でもね、そうすると私はどうなの?
私には恋人はいない。だから、妊娠はしないよ」
美鈴が言う。
確かにそうだ。
だが、美鈴に一服盛るのは至難の業だ。基本的に、このネトゲ廃人は家から出ない。コンビニ弁当すらも買うことはない。買い貯めた食材を使った、自炊中心の食生活に介入するのは難しい。美鈴の食習慣は生まれた元の国のままなのだ。
そんな中で、美鈴に無理にもなにかの薬を盛るとしたら、どんな症状を引き起こさせるか明確な目的が必要だ。
美鈴は、身体は健康だけど、その生い立ちの不幸さは、未だその精神に影を落としている。誕生日だって判らないから、本人がこの日と決めた日でお祝いするくらいだ。とはいえ、日常を過ごすのに問題はない。
弱点を突くとしたら、やはり精神的に不安定になるような薬に……。
「美鈴、自殺願望ってあったりする?」
口調は柔らかいけど、単刀直入に慧思が問う。
こいつ、俺と同じ結論に達している。
「今さらそんなものはない、とは言えない……」
まぁ、そうだろうな。
親からも捨てられ、道具として育てられた美鈴は、人を拒絶しながらも孤独には耐えられない。だから、順当にネトゲ廃人になったのだ。
そんな美鈴に、一服盛らせるわけにはいかない。
そうか。
見えてきた。
対象の狙いは、「分断」なのだ。
美岬と「つはものとねり」の分断。
美鈴と「つはものとねり」の分断。
妊娠した美岬は、一定期間、確実に「つはものとねり」から分断される。
本人の、「つはものとねり」から距離を置くという意志とは関係なく、だ。
となると、問題は、この間の久野さんのリクルートと言うことになる。あれで、美岬は未だ「つはものとねり」の一員と見做された。
美鈴もだ。
美鈴も、ネトゲ廃人の生活は、ひたすらに目立たないという目的から成立している。
自殺という行動が、成功しても失敗しても、それは目立つ。
一定期間、事態によれば永遠に、「つはものとねり」と分断されることはやむを得ない。
ネトゲの世界での活躍は無視するとしても、それだけ実生活で目立たずいた美鈴が注目されるとしたら、それはやはり、この間の久野さんのリクルートと言うことになる。あれで、美鈴は「つはものとねり」の一員と見做された。
となると、対象はまたアメリカってことのなるのか?
久野さんは、民間軍事会社にアクセスしていたからね。
ただ、それはそれで簡単に頷けない。
そんな単純な問題ならば、アメリカとの伝手でなんとでもなる。
それに、久野さんによる、今までの任務の見直しも原因の一つと考えるのであれば、対象はアメリカではない。アメリカをも含む、国家横断的ななにかの組織だ。
それも、秘密結社に近い。
かといって、フリーメーソンだの、薔薇十字団だのを信じるほど俺たちはナイーブではない。歴史上の一定の働きを認め、かつ今でも一定の影響力があることさえも認めてもだ。
特に今回の件は、「友愛」とか「相互扶助」のような、ふわっとした目的ではない。
明確な意志が感じられるのだ。
そして、組織員に対しても、明確な強制力を持っている。「他人に薬品を飲ませる」というハードルを超えさせる程度には、だ。
このハードルは結構高い。
場合によれば、自分が殺人犯になることを容認する覚悟が必要なのだ。
もう一つ。
美岬と美鈴に共通するのは、通常以上の感覚を有していること。
美岬は赤外線が見えるし、美鈴はその指先で極めて少ない電位の差を感じ取ることができる。
……だからこそ、美岬と美鈴を一つのカテゴリーで、俺たちは考えてきた。
しかし、美岬と美鈴で、それぞれに対して別の種類のものという認識で、異なった目的があり、それが極めて厳密なものだとしたら……。
そして、それがなぜ今なのかと考えると……。
問題は、一気に別の顔を見せ始める。
次回、陰湿、の予定です。
ようやく、雨ですね。




