7 追い込む
誤字の指摘、感謝いたします。
拘束が解かれても、男女二人ずつが向き合っている以上、対象は行動に出られない。ヤケになって暴れたら、話自体が強制終了することはよく解ってるはずだ。
「アメリカの民間軍事会社に就職活動したのは、そういう仕事がしたかったからですよね。
合衆国に忠誠を尽くし、日本からは出ていこうと?」
慧思が尋問役を変わる。
懐柔役の優しい質問だ。内容は厳しめだけどね。国籍の選択だって個人の自由だし、そこに容喙はしない。だけど、敢えて聞き、その反応を見たい。
「先程も言いましたが、日本と関わりの薄い会社を選んだのは、そこが対日本の仕事を任される可能性が低いからです。
合衆国に会社を通して忠誠を誓うことがあっても、日本を裏切ろうと考えたことはありません」
やはり、冷静に戻るまでの間が異常に短い。
責められることを想定される質問でも、きちんと、そして無難に返してきている。
予想していたから、まだ手があるから、というのもありはするだろうけど、それだけでは説明しきれない。そういう精神構造を持って生まれたのだ。
「では、日本の組織で働くこと自体は問題ないのでしょうか?」
「それは願ったり叶ったりですが……。
ただ、どこの組織でも、そこに配属されるかは分かりませんし……。
それに、先ほど、私の考えは全て外れと言われました。
あなた達は、どこの組織なんでしょうか?」
「話すこと自体はできるのですが、私どもの正体を明かした後に、それを公言されると困るのですよ。特に、SNS等に上げられると、こちらとしても対処が必要になります。
先ほど身をもって体験していただいたとおり、私どもは作戦遂行能力を持っています。
そして、それを、不要に使う事態は避けたいと思っています。
久野さん、あなた自身は、そのことに対してどうお考えでしょうか?」
「あなた達の怖さは、解っているつもりです。
実際に、恐怖を教えられました。
二度とこのような思いはしたくありません」
「本当ですか?」
「ええ。
もう嫌です。ですから、可怪しな真似は絶対にしません。
なので、詳細をお話し願えないでしょうか?」
間。
そして、間。
美岬の、わざとらしいまでの大きなため息が響いた。
「やはり、沈んでもらいましょう」
「了解」
慧思が部屋の出口を塞ぎ、俺が再度ロープを握り、もう一度後ろ手に手際良く縛り上げる。
おろおろと、対象は俺たちの顔を窺うけど、慧思の顔さえも今や鋼鉄のように無表情だ。
「なぜ……」
「あなたは事態を舐めている。
私達の能力もね。
電子機器を靴に仕込むなんて初歩も、見抜けないと思っているの?
信義もなく、相手の力量も測れないのであれば、この世界で生き残ることはできない。日本だけでなく、アメリカに行ってもただの厄介者よ。ならば今、死になさい」
「済みませんっ! ごめんなさい!
右の靴にレコーダーがありました。
お願い、殺さないで……」
一気に感情がパニックになりつつある。
でも、まだだ。
さっきもそうだけど、完全にパニックには振り切れてはいない。
「まだ、なんとかなると思っているの?」
美岬が鼻で笑う。
「よほど、自分の能力に自信があるのね。
それなのに、そんなクソにもならないICレコーダーを幾つ仕込んでいようが、死んだらおしまいってことも判らないほど愚かなのね」
その言葉を聞いて、対象の表情が諦念に覆われた。
「済みません……。
左の靴にもあります……」
取り上げてみれば、俺たちが使うようなものとは違い、秋葉原の専門店で簡単に手に入るようなシロモノだ。こんなの指向性も低いし、ノイズまみれにしか録音できないだろう。
で、これで二つ。
美岬が美鈴に目配せする。
それを受けて、美鈴が対象に近づいた。
俺と慧思がやりたくない領域に入る。
俺と慧思は対象の後ろに廻り、さらに後ろを向く。
身を捩り、椅子を倒して這ってでも逃げようと暴れだした久野さんに対して、美岬が背中からグロッグ19を抜いて、動きを止める。
見てはいなくても、背中越しの音で予想はつくよ。
美鈴が、対象のパーカーを剥ぎ取り、ストライプのシャツを力ずくではだけさせる。ボタンが飛び散る音がする。そして、ブラジャーと胸の間に仕込んでいたICレコーダーを奪う。
ちょっとベタ過ぎる場所へ隠したもんだ。
これは、女性による取り調べだから、裸に剥かれることはないなどという甘い予想も裏切ったのだ。
美鈴が床を蹴る。
その音で、俺達は向き直る。対象の前には回らないけどね。
電位をその手のひらで感じる美鈴には、電子機器を隠し通すのは無理だ。
たとえ、においと温度をクリアできたとしても、ね。
でも、その保険は不要だった。
レコーダーは、俺と美岬が睨んだとおり、三つで終わった。
これでクリーニング終了。
いきなりではなく、徐々に装備解除することで、完全に心を折る。
つまり、「こちらは、すべて判っているぞ。でも、お前は自由意志を行使するがいい」という姿勢を見せておく。最終的に追い込んだ際に、「最初からすべてのICレコーダーを出しておけば助かったかも知れない」という後悔をさせるためだ。しかも、これを複数回繰り返した。その分だけ絶望は深い。しかも、その絶望は自分の選択に対して向く。
つまり、対象視点から見れば、アメリカの民間軍事会社の圧迫面接かもという余裕が、泣き真似を見破られ、別論理で失われた。
次に、自分がどこかの国スパイかもという嫌疑を晴らすための時間稼ぎに成功し、しかも丸め込めたかも知れないという希望が、自らの失策であっけなく失われた。
それでも、まだ見破られてない手があると、自らの周到さの拠り所にしていたものも、全て見破られていて取り上げられた。
自ら信じていた自分の優秀さを全否定されて、感情の激しい振幅が、墜落して終わる。そして、自分の判断ミスが自らの生命の危機を呼んだという激しい後悔のみが残った。
諦めの悪いタイプの心を、このようにして徹底して折ったけど、実は俺たちも、遠藤さんに日常的にこれをやられたんだ。
重量物を持って、飲まず食わずで五十キロを歩き通し、ようやくたどり着いた目的地が実は違う場所だったとか、変更になったなんてのは毎度のことだ。
達成感や希望は、いつだって簡単に裏切られるもの。
そもそも達成感や希望と、事態の結果は別。
そして、その気持ちが裏切られた直後でも、なお絶望せずに立ち上がって動け、と。
そんな訓練を受けていない、久野さんを絶望に落とすのは簡単だ。
とにかく、対象の感情をパニックに振り切らせた。
こうなると、俺たちのようなバックボーンがない以上、脆い。
トラウマにならないようになんて、手加減ができない手強い相手だった。
それでも、さすがに銃口の前では足掻こうとして、足掻けない。
対象自身の持っている知識が、美岬の手にあるグロッグ19が本物だと告げているだろう。
そして、今までの美岬の冷徹な声と、銃を扱う熟れた手付きは高度な訓練を窺わせ、引き金を引くことに躊躇いを持つような人間でないことを示している。
眉間の前30センチの空間に、貼りついたように微動だにしない銃口を見つめたまま、対象は、顔をくしゃくしゃにして絶望に身悶えした。
これで、この人も、ようやく冷たい現実と向き合っている。
ICレコーダーなんて、生きて帰れて初めて武器になる。それの最後の一個までを隠し通すことに、自分の周到さを賭けていたんだろうけど、そんなことにはなんの意味もない。
俺達のまわりで現実に飛び交った銃弾と、遠藤権佐という鬼は、俺達からそういう甘さを叩き出してくれていた。
まぁ、ここまでしておかないと、アメリカの民間軍事会社に行くにせよ、うちに来るにせよ、久野さんのためにならないのも事実だ。
実働能力を持つPMSCが、未経験の外国人女性を本当に社の情報担当にするのであれば、俺らよりもっとえげつない方法で確認をとる。社の命運と社員の生命が賭けられるのだから、当たり前のことだ。
これに懲りて、久野さんが二度と諜報機関などに近寄らないと思うのならば、めでたいことだ。
それでも、反省してもう一度やるというのであれば、それはそれで凄いことだ。
一番良くないのは、「拉致されて殺されるような目にあっても、私は切り抜けられた」という誤認識を持つことだ。その自信は、この世界のどこの機関であろうと、確実に自分を滅ぼす。片時も、いい気になってはいけないのだ。
切り抜けられなかったという後悔が、常に複数のバックアップ・プランを用意させ、自らの命を救う。
そして、自分の優秀さが、劣っている相手に対してなに一つ通用しないということも経験してもらわなくてはならない。どれほど弁が立とうが、対峙している相手が聞かなければそれまでなのだ。
「さて、話を戻しましょう。
また一分待つわ。
そのあとは、死ぬ? それとも、私達が納得できる話してから死ぬ?
好きな方を選びなさい」
対象が一気に二十年分も老けて見えた。
話せることなどなにもないし、後ろ手に縛られていては抵抗もできない。
三十秒を超える頃には、紙のような顔色のままに虚脱していた。
一分経ったところで、後ろから大きなタオルを掛けてやる。
それだけで、久野さんは失神した。
次回、笑う対象、の予定です。




