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8/25 ②

結局、次の数学の時間から再開され、いつも通り6限まで授業が行われた。


ホームルームが終わって、帰り支度をする僕の前に鷹梨さんがやってきた。


「一緒に帰りましょう」


そうか、付き合うとはこういうことか。


彼女いない歴イコール年齢の僕にとって、それはとても新鮮な体験だった。一瞬の気の迷いで交際をオーケーしてしまったけれど、こうやって求めてくれる相手がいるのは悪くないな。


まあ、本当に隕石が落ちてくるなら、これもあと9日のことなんだけれど……。


僕たちは校門を出て駅の方向へ歩き出した。


「そういえば、鷹梨さん、今日の部活は?」


鷹梨さんは確か女子バレー部だったな。


「顧問の原田先生が今日はとりあえず休みにするって言ったのよ。神崎君は?」


彼女は例のごとく淡々と言った。


もしかして彼女は僕が帰宅部だってこと知らないのか?


「ええっと、僕は実は……」


僕の声に被せるように、そして少し憐れむように鷹梨さんは言った。


「ああ、ごめんなさい。神崎君、帰宅部だったわね」


いや、知ってたろ!


彼女は、今度は少し可憐な声で言った。


「でも良かったわ。もし神崎君が部活に入っていたら、今日一緒に帰れなかったかもしれない……」


くっ、憎めない奴め!


「まあ、そもそも神崎君みたいな体力も活力も運動神経もクリエイティビティも何一つない人間が、部活動に勤しむなんて到底無理な話だと思うけど」


くそっ、憎らしい奴め! だけどその通り過ぎる、反論できない。


よし、話をそらそう。


「ねえ鷹梨さん、そんなことより今日どっか寄ってかない?」


「そうね。暑いし、喫茶店にでも入って数学の宿題をやるのはどうかしら」


いや、でも学校が明日以降もあるかわからないし……。それにさっき散々「今が大事」みたいなこと言ってなかったっけ。


「『私たちに保証されているのは今だけ』じゃなかったの?」


「そうよ」


「じゃあ、なんで宿題なんだよ。場合によっては提出日は永遠に来ないかもしれない」


鷹梨さんはわかりやすくため息をして呆れた様子で言った。


「今しかできないでしょ。学校の制服で宿題を教え合う放課後デートなんて」


うっ、確かにそうかもしれない。


その言葉にまたもや反論できない僕は、鷹梨さんと一緒に駅近くの喫茶店に入ることにした。


窓から見える街の様子は普段とさほど変わらなかった。通りをゆく買い物中の主婦も、その主婦にティッシュを手渡そうとするティッシュ配りのお兄さんもいつも通りだ。店内にいるおばさんたちも「この前行ってきた温泉旅行」の話をしていて「隕石」や「地球滅亡」といったことは話題になっていないようだった。


きっと、仕事中だったり外出中だったりする人たちの中には、まだ例のニュースを知らない人もいるのだろう。だから、まだ、今まで通りの日常が続いているように見えるのかもしれない。


目の前の鷹梨さんはアイスコーヒーが運ばれてきても脇目も振らず、黙々と問題を解いている。開いたノートにまで垂れ下がった彼女の黒髪が冷房の微かな風で優しげに揺れている。


「教え合う」なんて言っときながら僕のことはほったらかしなんだから、まったく。


「神崎君、手が止まってるようね」


鷹梨さんはノートから目を離すことなく言った。


「わからない問題があるなら言いなさい。教えてあげるから」


「休憩してただけだよ。鷹梨さんもちょっと休んだたら? 飲み物も来たんだし」


「始めてからまだ10分も経ってないのに休憩だなんて、神崎君の集中力って5歳児以下なんじゃないかしら」


まったくどんな英才教育を受ければこんな煽り方が身につくんだろうか。


「ああ、ごめんなさい。今のは失礼だったわね、全国の5歳児に」


いやはや、親の顔が見てみたいものだ。


今まで僕はひとりのクラスメイトとして、鷹梨さんのことを口数の少ない大人しい人だと思っていた。しかし付き合い始めた途端、こうも性格が変わるというのは一体どういうことなんだろう。


「わかりました、わかりました。15歳児らしく宿題に集中しますよ」


彼女のことはまだわからないことばかりだけど、でも彼女といるとなぜか楽しい。長い間、友達も恋人もいなかった僕には、こういうやり取りもなんだか愛おしくに思えてくる。


こんな毎日が……。


「すみません、お客様」


声の主は若い男性店員だった。


「今日はもう閉店させていただくことになりました」


そうして僕たちは喫茶店を追い出された。






「また明日」


駅前広場で別れ際、鷹梨さんはそう言って去っていった。


僕は少し別れが惜しいような気もしたが、こんな状況だし、今日は早く家に帰ったほうがいいかもしれない、と自分に言い聞かせ、彼女の後ろ姿を見送った。


帰り道、いつもよりどこか人気のない夕方の商店街を歩きながら何気なくスマホを開いくといくつかLINEが来ていた。


ひとつは鷹梨さんからだ。


「今日は少し中途半端になってしまって残念だったわ。また明日会えるのを楽しみにしてる。それじゃあ、学校で」


なんだ、やけに健気なメッセージだな……。


僕も会えるのを楽しみにしている、また明日、と。


普通か……? うーん、まあ変なこと書いて彼女に追求されるよりいいか。


あとは、あれ、珍しく山内からもLINEが来てるな。


「あした学校来る?」


「とりあえず行くけど。なんか用?」


送信。お、もう返信が。


「そうじゃなくて、みんなどうするのかな〜って」


そうか、そうだよな。世界が終わるってわかってるのに学校行くヤツもそんなにいないか。まあ、僕は鷹梨さんに「学校で」って言われちゃったからな。


いや、でもハツラツ少女山内夏美なら、もっと他にそういうことを聞けそうな友達とかいそうなもんだけど。


あ、母さんからLINE来た。


「ゆう〜、早く帰ってきて〜」


ですよね……。


僕は赤く染まる夕暮れの空の下、家路を急いだ。




【地球滅亡まであと9日】

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