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◇第8話 この胸の高鳴りはなに?!こんなの初めて・・

  湖の畔に、三人並んで座った。間にアルクを挟む形で。

先程の流れから自然、お互いの親の話になった。


父が出掛けるときの母とのキス、いくつになってラブラブなこと、

見ている子供のほうが恥ずかしくなること。


だらしないことには厳しいけれども二人ともとても優しいんだと、

アルクはリュウに両親のことを話して聞かせた。彼は終始笑顔で耳を傾けてくれていた。


「アルクはお父さん、お母さんの事が大好きなんだね」

「うん、お姉ちゃんも含めて皆大好きだよ!」


何の淀みもなく素直に言う弟が愛らしくて、思わず小さな頭を撫でると甘えて寄り添ってくる。

リュウは父親と世界を旅して歩いていると言った。


「母さんは数年前に亡くなったんだ」

「そうなんだ・・・・知らなかったこととはいえごめんなさい」

「気にしないで。もう何年も前のことだから」


自分たちの母親の話を嬉々と話したことに、

負い目を感じていると、彼は首を振った。少し寂しそうな笑顔で。


「母が亡くなってから、旅に出ることになったんだ」

「どうして旅してるの?」


アルクの素直な質問に、リュウは湖面に波立った波紋に青い目を向けて言った。


「僕は世界一の剣士になるのが夢なんだ。そのためには小さい頃から世界の色々な場所を見ておいた方がいいって父さんが言ったんだ」


先程の父親との会話でも剣士というキーワードが出てきたがそういうことだったのか。

「まだ若いのに、将来のことを決めてるなんてすごいね。リュウは」


私なんて将来何になりたいかなんて、まだ全然想像できないよ、と彼を尊敬のまなざしで見上げる。


「ターシャのようにまだわからないのが普通だと思うよ。僕が少し特殊なだけで。僕には絶対に剣士になりたい理由があるから」


そう言ったリュウの表情は引き締まっていた。言葉からも信念めいた強固な決意のあらわれのようなものを、近くにいて肌で感じた。


だからかターシャもアルクもそれとなく

それ以上追求することが出来ず口をつぐんだ。




  前日にリュウと海に行こうと約束していて実際に遊びにやってきた。

山や森のある反対方向に道を歩いていくと海に出ることが出来るのだ。


天気は快晴で雲ひとつなく、空はどこまでも抜けていきそうに真っ青だった。

日中、太陽の光が頭上から差し海面をきらきらと白く宝石を散りばめたみたく反射させている。


沖合いの方からは心地よい潮風がターシャの髪をそよがせた。

「湖もいいけど、やっぱり海はいいわね」


眩しげに手を翳し地平線を見つめながら言うと、そうだねとリュウが同意してくれた。

湖も美しくて素敵だが、海は解放感とスケールが違う。


アルクも砂浜についた途端、歓喜の声をあげて波打ち際まで駆けて行った。

ターシャとリュウもお互い見つめ合い、微笑むとアルクの後に続いた。


服をまくり靴を脱いで膝まで海につかる。海水はひんやりと心地よく、素足で砂の感触を確かめた。

波もそれほど強くはなく凪いでいる。吹いてくる潮風と、海の感触に目を閉じて浸っていると。


「きゃっ! 冷たいっ」

顔に水がかけられた。周りを見回す。

腰を屈めて海水を掬うようにしていたずらっ子っぽく笑う男の子。

犯人は先に海に入っていたアルクだった。


えいっえいっ! と続けてアルクはターシャとリュウに向けて水を飛ばしてくる。

「やったなぁ」

「アルクったら、やったわね!」


ターシャもリュウも息を合わせて、アルクに水をかけ返す。

気がつくと三人互いに水を掛け合って、浅瀬の中を追いかけっこしていた。


息を弾ませターシャの、アルクの、リュウの笑顔が弾けて太陽の下、きらめく。

子供っぽく馬鹿みたいなことをしていたけれど、どうしようもなくただ楽しかった。


リュウの新たな一面も見れて新鮮だった。彼は普段落ち着いて大人びていたけど、歳相応にこんな風な無邪気な所もあるんだなぁと感心していると。


走っている途中砂に足をとられ転びそうになった。

「きゃっ」

「危ないっ」


間一髪の所で、リュウに手をつかまれ海の中に転ばずにすんだ。

「あ、ありがとう・・」

「もう少しでびしょぬれになるところだったね」


さわやかな笑顔を向けられる。

リュウと手をつないだままでいるとターシャの鼓動がトクンと高鳴った。

顔が少し火照りだして、それを悟られまいと手を急いで離し背を向ける。


彼をまともに見れない。


「?」

やだ、何だろうこれ・・。少し手をつないだだけなのに妙に気恥ずかしくなった。

彼に変に思われないか心配になったが。


「どうしたの、足でもくじいた?」

「ううん、平気」

特に気にした様子もなかったのでほっと安堵の息をついた。

 



  ひとしきりはしゃぎ、疲れるとお腹がすいたので昼食をとることにした。

リュウが海から取ってきた魚と、ターシャが家で母と一緒に作って持ってきたお弁当を三人で食べた。


友達と遊ぶというと母は男の子? としつこく聞いてきた。

母は変に気をまわしていて、いつも以上に気合いの入ったお弁当になっていた。


変に思われるかもしれないから

そういうのはやめてほしかったんだけれども・・。

  


  夕暮れの砂浜を三人で手をつないで歩いた。西の空、海に沈みゆく太陽が、黄昏色に染まり息を飲むくらいに綺麗だった。三つの影が長く砂浜に伸びる。


三人とも言葉はなく美しい景色をただ眺めていた。

話をぜずとも心地の良い沈黙を、穏やかに凪いだ波の音と潮の香りが優しく埋めていく。


ゆっくりとした時間が流れていた。

ターシャとリュウは落ちていく夕陽の瞬間、息を飲むくらいに美しい絶景を砂浜に腰を下ろして、

眺めた。


アルクは波打ち際までいって茜色に染まる空を食い入るように見つめた後、夢中になって貝殻拾いをしていた。東の空には群青の青、夜のとばりがおりはじめている。


これまで家族やアルク達と一緒に海にやって来てこの風景を眺めたことがあった。

その時も純粋に心にしみいるものがあったけど。


今日、今この瞬間は異なった。今日と言う日はその時とはまた違った香りのする思い出になりつつあった。それはどうしてだろう。


側を歩く自分と同じ年の男の子の顔を見つめる。

陽にオレンジ色に照らされ、澄んだ青い瞳には夕暮れの風景が映っていた。


リュウと見た風景だから・・・・?


「僕の母さんも夕暮れの景色がとても好きだったんだ」

海を見つめたまま、彼が唐突にそんなことを口にした。


この状況が感傷的にさせたのだろうか。

まだ幼い頃母親に手を引かれ、こんな風に海辺を歩いたことを思い出したと、彼は話した。


リュウから母親の話をしだしたので、ターシャは思い切って聞いてみた。

「リュウのお母さん。どんな人だったの?」


「物静かでね、いつもニコニコしていて僕のことをとても可愛がってくれたよ。怒った所はあんまり印象にないかな。自然が大好きで、自然に溶け込んでまるでその一部みたいな人だった」


優しげに目を細めて、穏やかな口調で話す姿を見ていると、

今でも色褪せない美しい思い出として彼の心の中に母親のことが在り続けているのがよくわかった。


「余計なものを欲しがったりしないで今もっているもの、あらゆるものに対して感謝を忘れない人だった」


リュウの父に出会えてたこと、自分たちの子供としてリュウが産まれてきてくれたこと、生きていること、この世界に生まれて来れたこと、目に見えるものから見えないものまで、何もかもにと彼は言った。


ターシャは心の中で、リュウに似て優しい人柄の女性像を思い浮かべた。

「素敵なお母さんだったんだね」


ありがとう、母さんも喜ぶよと心底嬉しそうにリュウは笑って頷いた。

「母さんはこの美しい世界を愛していた」


どうしようもないくらいに、と。

「僕もこの世界が好きなんだ」


君たちにも出会うことが出来たしね、

と屈託なく言われターシャは照れながらも嬉しくなった。


「立派な一流の剣士になって、母が好きだったこの世界が平和であるように守ること、それが僕の夢なんだ」


母の願いをくみとり自ら実現させようとしている。壮大な夢だと思った。


誰かに頼まれたわけではなく、自分自身で決めたのであろうその夢に彼の母に対する尊敬と愛情がたっぷりと、間近にいるターシャにも伝わってきた。


世界の平和を守る剣士になるのが夢。だからこそ日々鍛錬を怠らず体を鍛えているんだろう。

自信に満ち溢れた力強い声で語るリュウがとても大人びて見えた。


青いまなざしははるか遠い未来と、ここから歩んでゆく道をはっきりと見据えているのだ。

心の内面を見せてくれたことで彼がどんなことを思い生きているのか、また一つわかった。


しっかりとした夢に揺るがない信念を持つリュウは、オレンジ色に照らされているだけでなく、その魂自身が眩い輝きを放っているようで眩しかった。



 こちらの視線を受け止めるように、彼と目が合う。

彼の内側から発せられた温かさを散りばめたような、細めた目に微笑みかけられた瞬間。


トクン、と。ターシャの鼓動が高鳴った。


少しずつ、でもしっかりと。それは大きくなっていく。

先程手をつないだ時よりも強く。


彼のことを真っ直ぐに見つめることが出来ずに視線を逸らしてしまった。

心の動揺を悟られたくなかったから。


一体どうしたというのだろう。

自分で自分自身の状態がわからなくなりひどく混乱し心を持て余した。


冷静にならなくちゃと思えば思うほどに

冷静さは遠のいていくように感じられたのだ。

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