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◇第39話 リュウによる最後の説得と決裂

リュウとターシャ。


二人の戦いがその結末を迎えることとなったのは

それらが永遠に続いていくものだと思い始めた頃だった。


リュウが城にやってきてちょうど四十四回目の、夜のことだ。


夏の蒸し暑い気候が過ぎ秋を通り越えると冷え込みが増し、

寒波が幅を利かせる冬に本格的に突入していた。


外は身も心も氷つかせてしまうほどの風が吹き荒れており、

森の木々の葉は全て枯れ落ち、裸になった寒々しい枝が、

星の瞬く夜空に向って伸びていた。


城の表面は冷やされ、霜に覆われて

一層ひっそりと暗く寂れて見えた。


城内も凍結しそうなほどで、

ターシャは暖炉に火を灯し寒さを凌いでいた。


魔女とはいえ生身の人間。

季節の変わり目にターシャは体調を崩してしまった。


額に熱を帯び、歩くと体がふらついた。

万全の状態で戦える状態ではなかった。

こんな時に来てほしくはないと願った。


しかしその願いは叶えられなかった。


防寒具に身を包みリュウはやってきた。

どうしてこんなにもタイミングが悪いのだろう。


せめて一日ずれていれば、

体も休まり体調を取り戻すことが出来たのに。


だが体が弱っていても逃げるわけにはいかない。

彼とターシャの体の都合は関係ないのだ。


少しくらい調子が悪くともリュウの剣技に渡り合ってみせなくては。

異常を悟られまいと平静を装い彼と対峙する。


リュウが怪訝そうな顔でこちらを見据えてきた。

明らかにこちらの様子を注意深そうに観察している。


ターシャの様子がおかしいことを感づかれたか、

と舌を打ちそうになる。


戦いは開始され、魔法と剣を幾度か交えた。

ターシャの考えが甘かった。


通常でさえ、互角の実力なのに本調子でない状態では、

彼とまともに戦えるはずがなかった。


その証拠に繰り出す魔法は軽くかき消され、

リュウの剣技に終始圧されて防戦一方になってしまい

攻めにまわる余裕はなかった。


息が激しくあがり、ターシャは多くの汗をかいていた。

「おかしい」


リュウは一言そう漏らした。

「・・」


「やっぱりいつもの君じゃあない。

 これぐらいの攻防で追いつめられてしまうなんて」


「気のせいじゃあないかしら」

頭が熱を持ちとても重い。

意識が朦朧とする中、精一杯の虚栄を張ってみせる。


「どこか体の具合が悪いのか?」

「来ないで!」


剣の構えを解き、心配そうな表情をして

近づいてこようとする彼に怒鳴った。


ピタリと動きを止め目を見開いて驚いている。

「余計なことに気をとられていたら命を落すことになるわよ」


「ターシャ・・」

「こうやって・・あなたを油断させる作戦かもしれないでしょう」


「それなら来るな、なんて言わないだろう」

呆れたように彼に矛盾を指摘されてからしまったと思った。


「やっぱり君は根は悪い人間じゃあないんだね」

「だ、黙りなさいっ!」


羞恥した勢いで微笑む彼に炎を投げかけたが弱々しく、

簡単に避けられてしまった。


ごまかし通そうとターシャは

戦闘を再開する形に強引に持っていった。


まだ何か言いたげな表情をしていたが彼も剣を構え直した。





しばらく攻防を交えた頃、ターシャに眩暈が起こり、

視界が揺らいだその一瞬のことだった。


力が抜けて片膝が折れそうになった。

その瞬間リュウが一気に間合いを詰めて接近してきた。


不味い、と身を守る体勢に入る前に

首の後ろ辺りに衝撃が走った。


「かはっ・・」


リュウの剣の柄の部分で首と体の間を強打、

いわゆる峰打ちを打ち込まれたのだ。


万全であったなら難なく防げていたはずなのに。

視界が揺れたまま反転していく。


リュウが床に仰向けに倒れ伏したターシャを見下ろしていた。


意識に闇の幕がかり、遠のいていく。

いけない、ここで気絶しては。


必死で薄れゆく意識を食い止めようとしたのも虚しく、

瞼は閉じられ眠りの底に落ちていった。




唐突にターシャは目を見開いた。

ここが一瞬どこなのか、

どうして眠っていたのかを思い出すのに時間を要した。


辺りを見回すと暖炉の側に寝かされていた。

上から毛布がかけられている。


思い出した。


体調不良のままリュウと戦い、彼の一撃を受けて気絶してしまったのだ。

己の不甲斐無さに嫌気がさす。


「気がついたかい?」

背後から足音と共に声がした。


リュウが側までやってきた。

「どれくらい・・私は眠っていたの・・・・?」


「まだそんなに時間はたってないよ。せいぜい二十分って所かな」

ターシャが目を覚ますまで待っていたらしい。


この隙をついてターシャを殺すこともできたのにそうはしなかった。

ターシャの説得が第一の目的であることが真実だと証明される。


ターシャは彼がかけてくれたのであろう毛布をきつく握り締めた。


こんなことはやめて欲しいと、肩を震わせ思った。

ターシャに優しくしないでほしかった。


昔のように優しくされたら・・気持ちが揺れて・・

心の中で張り詰めてきた何かが折れてしまいそうで怖かったのだ。


「思ったとおり、熱があったみたいだね」

咄嗟に額を庇うように覆う。

眠っている間に触られたのかと思うと、顔が赤くなった。


リュウは声のトーンを落して話を変えた。

「勝負はついた。今回は僕に有利な状況だったけれど、でも君の負けだ」


「・・」


彼の言う通りだ。

戦いに身をおくものならば、

体調を管理し万全にしておくのも実力の内で当たり前のことだ。


ぬきさしならない殺し合いの場において

今日は体が辛いからやめておく、

などと言い訳などできようはずがない。


「僕がいる限りこの世界は僕が守る。君に勝手はさせない。

 だから世界を征服するなんて馬鹿げたことはもうやめるんだ」


「・・いやよ」

おそらく最後になるであろう

彼の説得にかぶりを振って拒絶した。


「私は多くの人間達をこの手で殺めてきた。

 今更後戻りすることなんて出来ないと言ったでしょう」


「罪を償う気はないのか」

「もう遅いの。後には退けないところまで来ているのよ」


困惑した顔で彼は押し黙っている。

情けなどかけられたくなかった。


だから言わなくてはいけない。

だが次の一言を口にしたら、

もう二人の間に決定的な決別が引かれ

全てが終わってしまうだろう。


ターシャは己の野望を曲げない。

リュウの願いは叶えられない。


どちらも信念を貫き通そうとしてる。

そしてターシャが王手をかけられ追いつめられた状況。


ターシャは静かに口を開いた。

「ここであなたが私を見逃すというのなら、

 世界を支配する活動を再開するわよ」


今を逃せばもうこんなチャンスないかもしれないわ、

と彼に決意を促すであろう言葉をターシャは告げた。


「確かに君は手ごわい魔女だ。だから倒すなら今・・」

彼は目を閉じ黙祷するように沈黙した。


眉間に深い皺が刻まれている。

心の底から苦しんでいるように、

ターシャには見えた。


残念だ、と彼は辛そうに搾り出す。

「君はならわかってくれると信じていたけれど」


ゆっくりと瞳を開けた。

そのまなざしには悲しみの色が混じっているように感じられた。


目に焼きついて忘れられそうにはない表情だった。


彼の手が伸びてきた。

そっとターシャの頬が撫でられた。

大事なものを名残惜しむかのように。


触れられるのを通して彼が

心の中で泣いている感覚がはっきり伝わってきた。


ゆっくりとした動作で彼は鞘から剣を引き抜いた。

暖炉の炎が揺らいて剣に反射している。


剣が振りかぶられた。

リュウとターシャは見つめ合う。



「さようなら、ターシャ・・・」

心臓がはねる。



「来世では・・・・今度生まれてくる時は・・・幸せになってくれ」


とうとう殺されるんだ。

まだ熱は残っていて、

満足に体を動かせないから逃げることはできない。




でも。



こうなることをターシャは自ら望んだのだ。

野望を捨てるつもりはなかったから。



家族を奪った世界をどうしても許すことが出来なかったから。





剣が振り下ろされる。





世界から消え去ろうとする、その瞬間。





リュウの剣がこの生命を掠め取っていく―






その直前。





ターシャは一つの魔法を使った。

リュウに悟られないように。



ターシャという一人の魔女として。

生きてきた人生で。




最後の魔法だった。





ターシャはリュークフリードの手により―








その短い生涯を閉じた。

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