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◇11話 もしも私が魔女であったのならば・・・あなたは私のこと受け入れてくれますか?

  アルクが剣を習い始めて、数日が過ぎた。

当初は頼りなげだった太刀筋が幾分か鋭いものになっていた。


リュウの言っていた通り、練習に取り組む心構えが良いのか、上達速度が速いらしい。

アルクが稽古をつけてもらった後、森で果実を採るのをリュウが手伝ってくれた。


いつもの倍以上は瑞々しい実を収穫できて、アルクと喜んだ。

雲一つない晴れ渡った空の下、ゆっくりと時間の流れる午後、湖の畔に三人並んで座り、話をした。


これまでもよくこうして色んな話をしたものだ。

緩やかな風が吹いていて湖に小さな小波を立てている。


水鳥がたたずむ湖面は太陽が反射してきらきらと輝いていた。

「一月したらまた旅に出ることになったよ」

「え・・?」


しばらく彼の発した言葉の意味を理解できなかった。

いつまでも三人仲良く一緒にいれると信じて疑っていなかったから。


彼がいつの日かどこかに行ってしまう旅人であることを忘れていた。


いや心の片隅ではわかっていて、あえて考えないようにと、

都合の悪いものとして蓋をし目を背けていたんだ。


いつかはお別れする日がやってくると本当はわかっていた。


わかっていたのに親しくしてたくさんの思い出を共有し積み上げてきた。

動揺し急速に悲しみがこみ上げてくる。


「やだ! 僕リュウお兄ちゃんとさよならなんかしたくないよっ」

アルクもターシャと同じ気持ちみたいで駄々をこねるように顔を歪める。

目尻には涙の粒が光っていた。


リュウも悲しげに微笑むがどう言っていいのかわからないようだった。

ターシャももらい泣きしそうなのを唇を噛んで堪え苦労した。


「アルク・・・こればっかりは仕方ないよ。リュウのことが大好きならわがまま言って、困らせたくはないでしょう?」


頭を抱え込むようにこちらに身を引き寄せ、

あやすように言うと口を一文字に結んだまま、


まだ完全に納得できないようだったけれども頷いてくれた。

そうだ。リュウには大きな夢、目的があるのだ。そのための旅だから。


アルクと一緒に、彼に濡れたまなざしを向けて、

今はずすことのできない、聞いておきたい事を問う。切に祈るように。


「また、この町に・・来てくれる?」

「うん、きっとまた戻ってくるよ」


とびきりの笑顔で、はっきりとリュウは答えてくれた。

ターシャも笑い、小指を差し出す。


「絶対だからね」

「約束する」


彼の力強い小指が触れる。指きり。

ターシャとリュウ、アルクの小指が絡められ、切られた。


まだ涙を残していたけれど、最後は皆の表情に笑顔があった。

雨上がりにようやくのぞいたどこまでも青い空みたいに。



  しんみりとした空気を払拭するように、他愛無い話が続いた。

リュウが面白おかしく話すからターシャもリュウもお腹を抱えて笑った。


ひとしきり笑った後、会話が自然と途切れた。


皆が口を閉ざしているこの間。ターシャの頭に一つの事柄が浮かんだ。

このタイミングしかないかもしれない。


この機会を逃すともう聞く機会はそうないかもしれないと直感的に思った。

先程の彼の旅立ちの話を聞いたことに影響されたのかもしれない。


胸の中に罪悪感と共に燻っていた想いを。

彼が旅立ってしまう前にターシャは思い切って聞いてみる事にした。


「ねえ、リュウ」

「何だい? 急に怖い顔して」


気がつかない内に顔が強張っていたらしい。

彼は眉をひそめている。心を落ち着かせようと一呼吸おき話し出した。


「魔法使いの、魔女の話・・知ってる?」

アルクがビクッと反応するのがわかった。


凍りついたような表情で目を見開いている。

声を出しそうになるのをすんでのところで飲み込んだ所のようだった。


何を言いたいのかはよくわかっている。

どうしてリュウにそんな話をするのかということだ。


でも彼が旅立ってしまう前に聞いておきたかった。例え仮の話だとしても。

初めて家で魔法を使って樽を動かした日の後、母から詳しく聞いた。


かつてターシャと同じような力を使った人は女性で、

人々からは魔法を使う魔女と呼ばれていたと。


またそのような女性は過去に数人いたらしく古いものは歴史書に残り現在まで語り継がれている。


一つの例外もなく、彼女達は人々から忌まわしき存在として惨殺されている。


それは何故か。


一番初めに世界に現れた魔女が、自己の強大な魔力の欲望に溺れた結果、

魔法を用い世界を震撼させ支配したからだ。


魔女が人々の手によって倒されてから、

長い年月の間魔女に苦しめられた人々は新たな魔女が出現するたびに、


世界が再び危機に晒されることを危惧し、魔女がどんな人間であるかに関わらず、

ただ魔法を使えるというだけで排除しようとしたのだ。


「ああ、知ってるよ。世界を支配した魔女は有名だからね」


リュウは魔女に関する知識を一通り持っているらしい。

ターシャは慎重に探るように問いかける。


「魔法を使える魔女は皆・・・・世界に災いをもたらすものだって思う?」


首をひねり目を閉じてしばらく考えこんでいる。

リュウはどんな答えを出すだろう。


世界中の人々と同様に、魔法を使える女性を全て同一視し、

忌むべきものとして据えるのか、それとも・・・・。



これまで怖く聞けなかったこと。


リュウに魔女の存在を全て否定されるということは、

ターシャの存在自体を否定されることに等しくて・・。


世界が色褪せ目に映る風景が全て暗闇に閉ざされてしまうような絶望的な感覚だった。

それだけ彼に嫌われてしまうことは、闇底に突き落されるみたいに辛く苦しいことに思えた。


彼の反応如何によってはその後のつながり、関係に多大な変化、

影響を及ぼすのに間違いはなかった。


アルクも落ち着きなくハラハラした様子だった。

待っている時間はとても長く永遠のように感じられた。


心臓が高鳴りを抑えきれるのだろうかというくらい、はねていた。

彼はゆっくりと瞼を開ける。



「僕はそうは思わないよ」

青い瞳で静かに告げられる。



「初めに世界を支配した魔女は悪いことをしたんだから、処罰されても仕方ないけど。でもその他の魔女達がただ魔法が使えるってことだけで殺されてしまうのは間違ってるしかわいそうだと思う」


心に重くのしかかっていた枷のようなものがするすると落ちていく。

代わりに胸に熱いものがじんわりと波紋のように広がって満ちていく。


嬉しくて、本当に嬉しくてもう泣いてしまいそうだった。

顔を見られないように俯けさせて聞く。


「ねえ。もしもの話だけど」

一呼吸置く。彼の目をまっすぐ見つめて。


「私がもし・・・・その魔女になってしまったらリュウはどうする?」

「君が・・魔女に・・?」



目を白黒させた後、彼は微笑んだ。

「またすごい仮定の話だね。そんなことあるわけなさそうだけど」

「もしもの話よ」



「そうだなあ、僕だったら・・」



リュウの言葉に地面を揺るがすような轟音が重なった。

湖の鳥たちが水面を乱し一斉に飛び立つ。


森からは獣の吠えるような遠吠えが鳴っていた。

「何だろうっ、今の?!」

アルクが周囲を見渡し狼狽している。


「村の方みたいだ」

リュウの指差す方に目を向ける。


湖を囲む森の向こう、ターシャ達の住む村の方角から火の手が上がり、

空を赤く染めているのがはっきりと見えた。


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