卒業式
3月初旬、ついに中学の卒業式当日だ。無事卒業することができたとは言うが、中学校までは義務教育なのだから、3年間1日も通わなくても卒業はできるだろう。いや・・・?この場合、ちゃんと学校に通えることができて、進路が確定したから、無事卒業って事になるのかな?
気温は日に日に高くなり、冬の厚着のままでは、暑ささえ感じる気温となっていた。プロ野球はオープン戦が開幕し、月末には選抜甲子園の開幕とレギュラーシーズンの開幕という野球シーズンの到来だ。
「卒業かぁ・・・」
マフラーもネックウォーマーもいらないくらいの暖かい気温の中、中学最後の日を無事迎える事が出来た。この際はっきり言うと、中学生活の思い出より、野球の思い出の方が多かった。まあ、これに関しては致し方ないだろう。克樹だって、楓だってきっと同じだ。しかし・・・
「わーん・・・なぎさちゃあーん・・・」
「高校でも・・・ぐすっ・・・高校でもやぎゅう、がんばっでっ〜~~」
「うえーん・・・え〜~~ん・・・」
「うん・・・私、頑張るから・・・」
私は卒業式で咽び泣く友達の姿を見て、こっちも泣きそうになっていた。原因は、野球観戦女子の3人組だ。
通称野球観戦女子(補足・上から順番に、岡崎花・佐々木紫苑・福田万里香)。
この3人組は、超が付くくらいの野球好きである。なお、贔屓球団はバラバラ。花は福岡シーホークス、紫苑は札幌ソルジャーズ、そして万里香は東京ガリバーズのファンである。しかし、甲子園が間近にあるのに、大阪タイタンズのファンがいないのも不思議だ。で、学校では少し浮いていた私とよく一緒になることが多かったし、塾も一緒に通っていた。私自身も数少ない親友だと思っている。ちなみに、3人とも4月からは別々の高校に進学する予定だ。そして・・・
「おーい、西野」
大谷くんが卒業証書の入った筒をブンブンに振って、私に駆け寄って来た。
「俺、高校でも野球やるわ」
「え!?どこで???」
「西宮商業」
「え?西商って市内やん。しかも超地元だし。こっから5分もかからんやろ?」
「せや。俺は甲子園に一番近い高校から甲子園に出る」
爽やかに笑う大谷くんは、ボタンはおろか、制服も女子たちに獲られてシャツ一枚になっていた。
「・・・しっかし、相変わらずモテてますなぁ」
「いやぁ、参ったよ」
社交的な性格でルックスもよく、野球部のエースだった大谷くんは、学校内でも克樹と並ぶモテ男だった。
「寒いから、って貰ったけど、さ。これどうしよう」
大谷くんが手に持ってたのは、女子用のコート。
「着ればいいんじゃないの、せっかくだから」
「ったく、他人事だと思って」
そう言いながらも、大谷くんは満更でない様子だ。
「・・・ちょっと羨ましい」
私はおどけて、女子用のコートを羽織り、周囲から喝采を浴びている大谷くんに話しかけた。
「何が?」
「いや、モテモテでさぁ・・・」
大谷くんに、意外そうな顔をされた。
「お前には、古賀がおるやん」
「え?克樹は幼馴染みで、野球の貴重な相棒だけど・・・うーん、そういう関係じゃ・・・少なくとも恋愛までは発展しないと思っている」
「周りはそう思てへん。俺にとっては、お前らの方が羨ましい」
大谷くんの顔が、一瞬真面目になる。そして、
「西野ってめっちゃタイプだと思ってたけど、古賀がいるんじゃ勝ち目ないわ」
と大谷くんは私に言って、去った。で、ひとしきり騒いで、泣いて。そんな感じで私たちの卒業式は終わった。そして・・・
「なぎさ、帰るぞ」
当たり前のように、克樹が隣に寄ってきた。
「うん」
私も当たり前のように返事をして一緒に帰る。そんな関係が大谷くんには羨ましかったのかなぁ・・・と、そんな事を私は考えていた。帰り道は、しばらく空を見ながら、ふたりで取り留めもない話をした。
克樹は同級生や後輩から何人も告白されて、その返事を全部断ってしまったらしい。そして私は野球観戦女子から、手紙を貰っていた。
「あいつらから、何貰った?」
「手紙」
3通あるそれは、何枚もの便箋が入った分厚い封筒だ。きっと、私に対する想いが書かれているんだろうんな。
「家に帰ったらきちんと読むから」
私は克樹に向かって、嬉しそうに苦笑いした。
それにしてもいい天気だ。私たちの卒業を祝福しているかのような、そんな青空。そして・・・
「おーい、なぎさー」
克樹が私に向かって声をかけて来た。
「なぎさ、リボンくれ」
直球だった。
「・・・今?」
「うん。今欲しい」
「だったら私も克樹の第2ボタン欲しい」
「そうだな・・・交換こだな」
家に向かって、ゆっくりと歩く私たち。そんな私たちをよそに、ウグイスの鳴き損ないが、遠くから聞こえて来た。
中学生編はこれで終了です。次回からは高校生編に入ります。