進路
そして、夜。私は仕事から帰ってきたばかりのお父さんにあることを告げた。
「お父さん。私も河商に行く。お父さんやお兄ちゃんの後を追いたい」
「え?マジなん、なぎさ。河商行くん?あ、でも、あそこ女子の野球部あるんやっけ」
「ううん、違うよ。私、男子の野球部に入る。河商で甲子園行きたい」
「やめときやめとき。第一、女子は試合出られへんぞ」
「それは知ってる。それでも、私は河商で野球をやりたい」
「ちょっと待つんや、なぎさ。こういう大事なことは、両親の前できちんと言うもんやで。おーい、母ちゃん。ちょっとなぎさの話、付き合ってくれや」
お父さんが、夕食の準備中だったお母さんを呼んできた。
「さあ、言うことあるんやろ?」
「お母さんもなぎさのためならなんでも協力するで?」
お父さんとお母さんが私に向かってこう言ってきた。私は居住まいを正し、両親の目を見る。そして・・・
「私、河商で野球やる。克樹と野球をやりたい。高校でも克樹とバッテリーを組みたいんよ。それに河商の監督さんも、私が試合出られるようサポートする言うてたし」
私は河商に行きたい、河商で野球をやりたいと、両親の前で高らかに言ったのだった。
◇ ◇ ◇
数日後、松村監督が再び私の家を訪れた。松村監督は早速、学校から帰ってきたばかりの私に話を始めた。
「ウチの受験に関してだが・・・入部は監督の判断に任せると言われたが、推薦は貰えないと校長から言われた。まあ、俺が言いたいことは、ウチに入部するのなら、2月に行われるウチの一般入試を受けて、合格して、入学式後に部長か副部長へ入部届を出してからだ。楓も同じように受験させて、君と同じ形で入部させる」
「はぁ・・・」
「なにぶん高校生になると、男子と体力差にかなりの開きが出るからな。練習についていけなければ、自主退部を促す場合もある」
「そうですか・・・」
「ウチの練習は厳しいぞ。それでも入りたいか?」
「はい」
「入りたいという感情が入ってない!」
松村監督の表情が一瞬にして厳しくなった。
「はい!入りたいです!」
私は松村監督の表情の変化の驚き、声を大きくした。
「そうか。4月まで楽しみに待ってるぞ」
松村監督は私に穏やかな表情を見せ、家を去っていった。
◇ ◇ ◇
U−15の世界大会のため、アメリカ遠征に参加していた克樹が優勝メダルを掲げて帰国した。そして、陽もだんだん短くなり、朝晩はすっかり涼しくなった10月・・・
私と克樹はすっかり、有名人になっていた。
私と克樹がそこまで有名になったことを軽く説明すると、私の場合、全国ネットのテレビ番組で『野球に打ち込む女子中学生』という特集を組まれて、インタビューを受けたから。そして克樹の場合は、U-15の世界大会で活躍し、優勝に貢献。しかもMVPを獲得し、強肩強打の怪物捕手だということが全国ネットのスポーツ番組で報道されたからだった。
まあそんなこともあって、ここ数日は朝から放課後まで、私と克樹を囲む人の壁が途切れることはなかった。1年生から3年生まで学年関係なく2人の周囲を取り囲んでいた。んまあ、改めてテレビの力って凄いんだな・・・って思った。
しかし生徒の大半は、野球についてそこまで詳しくないので、学校の軟式の野球部と硬式のクラブチームの違いを説明するところから始めていた・・・けど、まあいいか。
「おう。古賀に西野、えらい人気もんやなぁ」
同じクラスの大谷くんが話しかけてきた。彼は野球部のエースピッチャーでキャプテン。まあ、3年生だからもう引退したんだけどね。
「古賀は世界一のキャッチャー、西野も全国ベスト4のエースなんやろ?」
「うん」
「俺とは生きる世界がちゃうなぁ・・・」
大谷くんが大きく伸びをして呟いた。そして、
「お前ら2人が野球部にも居てくれたら、1回くらいは勝てたかもな」
「よせよ。平日も自主練習だし、土日はみっちり練習と試合だ」
克樹は大谷くんにこんなことを言ってくる。ここの野球部は弱小で、部員は3学年でやっと試合ができるかどうかの人数。大会はいつも初戦敗退だった。練習も放課後1時間くらいで切り上げるみたいだったし、朝練もやっている様子はなかった。
「お前ら、高校はどこや?やっぱ野球やるんか?」
「俺も楓も、河商。河内商業。俺は2年の時にはもう決まってたし、楓も男子と野球やりたいってさ」
「河商?え?マジ?あそこ、今年も甲子園出たとこやん。やっぱ、世界一のキャッチャーと全国ベスト4のエースはえらいとこ行くなぁ」
「そういう大谷くんこそ、どこ行くの?」
「俺?まぁ、普通に受験して、普通に公立行こう思とる。野球続けるかどうかもわからん。つーか西野、ほんまええんか?男子の野球部やろ?女子は試合出られへんぞ」
大谷くんが私にあることを言ってきた。その間、克樹は先生に呼び出されて、私のもとを去って行った。
「大丈夫。河商の監督さんが入部を受け入れるって言ってたから」
「入部は大丈夫って言われてもなぁ・・・確か、河商は女子野球部もあるんやろ?そこ入ればええやん」
「誘われたけど、断った。私は絶対甲子園のマウンドで投げる。そして、絶対にプロになる」
私は真顔で大谷くんに言った。そして・・・
「そうか。俺が見た限り、西野は真剣な表情で言うとるわ。まあ、頑張れよ。俺はお前を応援してる」
大谷くんは私にこう言ったのであった。