河内商業野球部②
「君のお父さんもお兄さんも、ウチのOBでともに甲子園にも出場した実力者だ。まぁそれはともかく、君は小学生の時はタイタンズのジュニアチームに選ばれているし、中学でも男子を差し置いて鳴尾シニアのエースになれたんだろ?」
「いいえ、父からは何も指導を受けていません。それに関しては兄も一緒です。なんせ父は昔から仕事で忙しくて、野球に付き合う時間すらありませんから・・・」
「あーそうか。申し訳ない。ところで、入部にあたっての説明を少ししたいのだが、時間は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「君も知っているだろうが、河内商業の野球部員は全員体育科所属で全寮制だ。入部する部員も1学年20人程度と決まっている。それに最近まで女子マネージャーすら取っていなかった」
「そうみたいですね。野球部の話は父や兄から色々聞きました」
「ウチの場合、体育科は男子だけだから、もし君や彩香が入部する場合は女子の野球部と同様、商業科に所属することになる」
「体育科って確か授業が午前だけでしたよね?」
「ああ、でも午後から練習できるのは週3日だけだな。ただ、寮の問題があってだな」
「寮の問題・・・ですか?」
「ああ。男子の寮に住まわせるわけにはいかないし、女子野球部の寮も部外者だからダメ。そうなれば通いか、家から遠い場合は下宿になるんだが」
「はい。でも、学校までは十分通学できる範囲なので、兄は野球部を引退してからは通学してましたけど、部活があると・・・」
「それで君に下宿についての話がある。もし君が野球部に入るのなら、俺の家から通ってほしい。寮の隣だ。来年から息子が東京の大学に進む予定だから部屋が1つ空く。それに楓1人だけでは何かと寂しいしな」
「そうですか・・・」
「まぁ、河内商業は野球をやるには最高の環境だと思うぞ。ナイター照明が完備された人工芝のメイングラウンドに専用のサブグラウンドとトレーニングルーム。それに十分な広さの室内練習場とプルペンだってある」
ああ、これがお兄ちゃんが口を揃えて言ってた松村監督の長い話か。まぁこれはお兄ちゃんが河商にいた時、何度かグラウンドに行ったから知っているんだけどね。
「河商の練習環境は、大学や社会人、そしてプロにも引けを取らない環境だと自負している。よかったらウチで野球をやらないか?」
「はい!ありがとうございます!実は言うと私、河商の野球部に誘われてすっごく嬉しいんですよ?」
嬉しい。日本一の河内商業野球部から、それに監督さんから直接スカウトされたなんて夢みたいな出来事だ。しかも、お父さんとお兄ちゃん、西野家が2代続けて入ることができた河商の野球部にただの女子中学生である私も選手として入ることができるかもしれないなんて、これは奇跡そのものでしかない。ただ、私には一つ気にかかることがあった。
「ただ、今のままじゃ公式戦に出られないですし・・・でも、甲子園で投げることと、プロになるという夢は捨てたくないから、河商を含めた女子野球部の誘いを全部断ったんですけど・・・」
「ああ、これに関して日高監督から聞いたんだけど、鳴尾のスタッフは、全員が全員、君をこのまま飼い殺しにする選手にしてはいけない、と考えている。それに、古賀くんをはじめとしたチームメイトも全員同じように考えているみたいだね。俺も君や楓を公式戦に出場できるよう、全面的にバックアップしたい。しかし、頭の堅い高野連は動かないだろうな・・・特に大阪の高野連は堅物だ。未だにシードやらないどころか、ブラバンも禁止だ。まあ、今日は長いこと話に付き合って貰って悪かったね。なぎさちゃん」
「いえいえ。私も憧れの松村監督と話すことができて嬉しかったです」
松村監督は私にこう言い、家を去って行った。