来訪者
「そういえばなぎさってもう高校決めたんか?」
中学3年の2学期が始まるや否や、私・西野なぎさは同級生である古賀克樹からこう聞かれた。
「そういう克樹こそどこ行くん?」
「俺?もう何度も言っただろ。河内商業。もう2年の時には河商からスカウトされたんだぞ。俺は河商で日本一のキャッチャーになる予定だからな」
「あー、出た出た。克樹の自慢話」
「そういうなぎさこそもう、女子野球部のあるとこから推薦の話あるんだろ?」
「誘われたけど、全部断った。私、甲子園とプロにしか興味ないから」
「でも女子は公式戦に出られないぞ?」
「それは知ってる。でも私は絶対に甲子園のマウンドで投げる。そんでもって女性初のプロ野球選手になる」
「ふーん、もったいないことするなぁ。どうせなら、お前も河商に入れよ。女子野球部もあるぞ」
「河商からも誘われたよ。でもさっき言った通り断った」
「そんならマネージャーやれよ」
「っていうか、河商ってマネージャーいたっけ?」
「いるぞ。それも凄い美人のマネージャーがな。それにチアも美人揃いだぞ」
「ふーん。克樹って、私に興味ないんや。浮気するんや」
「んなわけあるか!俺はなぎさ一筋だぞ」
「へー、そうなんや。だったら私も克樹一筋やで♡」
私は克樹にあえて嫌味な笑顔を出した。これが意外とちょろい。この私の笑顔にはさすがの克樹も頭が上がらなくなるのだ。
◇ ◇ ◇
私の将来の夢は、甲子園のマウンドで投げること。そして、女性初のプロ野球選手になること。もっと欲を言えば、一軍で投げて、ちゃんと活躍できたらな・・・って思う。
そして、私と克樹は家が隣同士の、いわゆる幼なじみだ。登下校は小学校からずっと一緒。そして小学校からずっと同じクラブチームで野球を続けている野球仲間でもある。そして、できることなら、高校でも、そしてその先のプロでも克樹と一緒にバッテリーを組み続けたい。その気持ちは、かなり強い。克樹は世代トップレベルのキャッチャーで、U−15の日本代表にも選出されている。強肩強打。リードも抜群。私との息もぴったりだ。
しかし、私が『女子』だ。というのが2人の今後を実現させる上で最大の妨げだった。
高校野球では女子選手の公式戦出場が認められてない。女子というだけで練習試合が限界だ。でも私は監督から、そして克樹から、『西野のスペックなら、高校野球でも充分に通用する』と言われた。実際、私にも高校で通用する自信がある。プロにだって行ける自信もある。しかし、一介の中学生では、高野連の規約をどうやって変えたらいいのか、どうやれば女子も甲子園を目指すことができるのか、全く見当がつかなかった。
◇ ◇ ◇
この日は2学期の始業式当日だった。学校は午前中に始業式とホームルーム、そして防災訓練を済ませて終わり。午後は部活に参加する生徒もいれば、そのまま帰宅する生徒もいた。部活動に参加せず、外部のクラブチームに所属する私たち2人は当然後者。また、夏で部活を引退した多くの3年生もこのまま帰路についていた。
「じゃあな、なぎさ」
「うん」
私と克樹は家に着くと、それぞれの玄関に入った。
「ただいまー」
「なぎさお帰り、昼今作るから待っとき。あ、さっき河商の監督さん来っとたで?あんたに話ある言うてたわ」
私は家に帰るや否や、お母さんからお客さんが来ていると言われた。私はお母さんに言われるがままに、リビングへ向かった。リビングには1人の男性がいて、私に笑顔で挨拶をした。
「君が西野なぎさちゃんだね。初めまして。河内商業高校で野球部の監督を務める松本浩二です」
この人が河内商業の松村監督か。間近では初めて会うけど、テレビで見た通りだ。河内商業高校は大阪にある高校野球の名門校で、過去幾度となく甲子園で優勝を経験。そして、現役・OB含め、多数のプロ野球選手を輩出している。克樹も来年から河内商業に進学し、野球部の門を叩く予定だ。
そして、今年も春夏連続で甲子園に出場。春はベスト8、夏はベスト4まで勝ち上がった。その中でも、エースの本田さんと3番サードの安原さん、4番キャッチャーで主将の杉村さんの3人はプロ注目の選手で、U-18の日本代表に選出されている。
ちなみに私のお父さん、そして、東京の大学で野球を続けているお兄ちゃんも河内商業野球部のOBである。私自身も、甲子園で河商の応援に何度も行ったから、河商の野球部には並ならぬ愛着がある。
松村監督は私に挨拶をすると、すかさず名刺と学校の入学案内を差し出した。そして名刺には『河内商業高等学校 硬式野球部監督 松村浩二』と書かれていた。そして、
『河内商業は今、君の力を必要としている。古賀くんと一緒に日本一を目指そう』
松村監督は、真顔で私にこう言ってきた。
・西野なぎさ
誕生日・・・11月11日
出身地・・・兵庫県
血液型・・・O型
身長・・・168cm
体重・・・55kg
投打・・・左投左打
守備位置・・・投手
家族構成・・・父、母、兄
選手紹介・・・鳴尾シニア所属。チームでは男子を差し置いてエースを務める。9番打者。サイドスローから繰り出される抜群のコントロールと多彩な変化球が持ち味。
備考・・・父と兄は河内商業高校で甲子園に出場した野球一家。
・古賀克樹
誕生日・・・4月2日
出身地・・・兵庫県
血液型・・・A型
身長・・・180cm
体重・・・80kg
投打・・・右投右打
守備位置・・・捕手
家族構成・・・父、母、姉
選手紹介・・・鳴尾シニア所属。チームでは主将と正捕手を務める。4番打者。U−15日本代表。強肩強打の大型捕手。
備考・・・父は福岡県の高校で甲子園に出場。楓とは家が隣同士の幼なじみ。