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後編

お読み頂いてありがとうございます!

 ひなたとは、近所にある公園で兄貴たちと遊んでいる時に何度か見かけたのが始まりだった。その時はまだ名前も年齢も知らなくて、髪はぼさぼさで服もヨレヨレのまんまだし、いつも行くとつまんなそうにただベンチに座ってたから声を掛ける事もしなかった。まあ、アレだ。無関心だったという訳だ。

 んで、そんなある時。

 公園に行ったら、やっぱりひなたは一人ベンチで座ってて。またあの子いるや、なんて思いながら別の子と遊んでいたら、如何にも怪しげなおじさんが公園にやってきた。

 うわぁ、あれ絶対やばくない?とか思ってたら、そのおじさんがひなたの真横に座ったのだ。いつもだったら、そこで直ぐに興味がなくなってまた遊んでいただろう。

 だけど、まるで時間を潰すためだけにずっとそこに座っていたその子が何故か気になってしまったんだ。

 もし、あの怪しい人がお父さんか親戚かはたまた知り合いだったりするならそれで良かった。

 だけど、ひなたは――

 変な笑顔でひなたに話しかけてる怪しいおじさんとは対照的に、人ってあんなに恐怖を感じると真っ青になるんだなっていうぐらい蒼白で。

 なのに、一度だってこっちを見なくて。


 気が付けば、手に持っていたボールを投げつけたのが始まりだった。


 そこから、ひなたとはずっと一緒。

 ひなたを守るのが私の使命だと思ったのだ。



 だからさぁ。

 ……だから、さ?

「……おい」

 ……うっ、それにしても、お、重い……っ!

「おい」

 ほんと、この男、どうしてここまでひ弱なんだよ。見せかけか、このボディは見せかけなのか!!

「おい!!」

 ぷるぷると震える腕は、もう限界の域を越えている。だが、まだ安心は出来なかった。

 ズンズンと、おぼつかない足を意地と根性で進めながら、先程から抗議の声をあげている人物へと視線を向ける。

「これは一体、何の真似だ!」

 はて?何の真似だと言われても。それにしても、ひなたはやっぱり可愛いなぁ。

「……あんた、何を企んでるんだ?」

 意味が分からず首を傾げた私に対して、ひなたが訝しむ。

 そこで――よくよく見れば、間近にあるひなたの顔が、あの時と同じぐらい真っ青になっている事に気が付いた。

 うぎゃー、しまった!!やっちまった!これは、ひなたの拒絶反応だ!つい無意識だったとはいえ、私は相当ひなたに無理をさせちゃったんだ。この男がひなたに心底嫌われている事を忘れてた。くっそ、ぬかったわ!三日月恵斗め!!

「あ、ごめん!」

 なんつっても、どうせひなたには嘘にしか聞こえないか。

 だけど、ひなた。許して欲しい。

 私がひなたを、こうしてお姫様抱っこしてまで逃げたのはどうしようもない深い理由があったんだよ。

 そう、それはあまりにも衝撃的な出来事だった。何せ、

「謝んなら、さっさと降ろせ!」

「あ、はい」

 ……えーっと、何だっけ。

 もう!ひなたはもう!私だって、こんな奴ひなたに近づけさせたくなかったよ?だって、ひなたがこれ以上悲しい目に遭うのは嫌だよ。出来れば、視界にすら入れてほしくないぐらい。

 それに、学校には、記憶障害があるらしいって話はおばさんから通してもらっているけどさぁ、登校初日から問題を起こそうなんて思ってないじゃん。ただでさえ、目立つのに。というか、それ以前の問題で、この男の性格が分からなさすぎていまだ悩んでるんだ。何がクールビューティだよ、ただのかっこつけじゃないの?偏食のひ弱なもやしっ子のくせしてさ。

 あと、普通科クラスの私が特進クラスの授業を受けるのも大変なんだよ!もう、先生が何を言ってるのかさえ分かんないし。こいつのノートも宇宙語みたいでさっぱりだったし。

 それでようやく昼休みに入ったと思えば……そうだ!思い出した!!

 昼休みに入ってから、相変わらず女子共がこいつ目当てで集まってきたけども、今朝の壬生の一言が効いたのかミステリーサークルみたく囲まれて逆に食べにくいわ!ってなってたら、そこに!そこに――――


「……はあ。こんな所にいたのか」


「っ、」

 まさか、追いかけてくるとは思わなかった。

 その声に水をかけられた猫のように驚いて、そろりと振り返った私とは対照的に、ひなたは明らかにホッとした顔をみせる。


 こんなの、嘘だ。――そう言いたい。


 だって、私の視線の先に立っているのは。

「……芽依、走って大丈夫なの?」

「そういえば……、うん。大丈夫みたいだ」

「もしかして、また考えなしに走ったの?……全く、芽依は」



 私の体、だったんだから。



 昼ご飯をカゴメ状態で食べるのが嫌過ぎて、教室から出た際に出くわしたのが、なんと私の体だったのだ。生きてるじゃん!!という驚きとドッペルゲンガーを見た時みたく気持ち悪さがこみ上げて、また吐きそうになったけど我慢した。この男の恥さらしにちょうど良かったかもしれないけど、あれほんとキツいからね。この体に慣れるために色々経験したけど、毎回吐いて辛い記憶しか残ってない。ノーモアリバース、駄目、絶対!

 そんな回想が頭の中を巡っている最中に、目の前の私の体も驚いて、こう呟いたのだ。


『まさか、俺の中にいるのは桜庭か』――って。


 その時、今度はまた別の気持ち悪さがこみあげるのと同時に合点がいった。私の体を使っているのは三日月恵斗で、私たちはどういう訳か入れ替わってしまったんだと。

 そして、気付けば私は私の体の横にいたひなたを連れて逃げていた。

 いつもなら、ひなたもちゃんと一緒に走ってくれるのにすごく抵抗されたから、最終的にお姫様抱っこして逃げたんだけど。

 そうだよなぁ。こうして冷静に考えてみれば、イジメの主犯の三日月恵斗に引っ張られてたんだから抵抗するわな。間抜けでごめん。

「とにかく、まだ怪我も治ってないんだから芽依は走っちゃ駄目だよ」

 はあ、とため息をはき出しながら、ひなたが私の体の方へと歩き出す。それが、今の私には何だか寂しい。

 ――私たちは、いつも隣りに立っていたのに。

「……おい」

「え?」

「何だよ、放せよ」

 ひなたに睨まれながらそう言われて、自分がひなたの腕を掴んでいる事に気が付いた。

「……あ、ごめん」

 おう、無意識コワイ。

「ッチ」

 手を放した瞬間、そんな声が小さく響いて。初めは、ん?って思ったけどさ。うわぁ、ひなたも舌打ちなんてするんだね!知らなかったよ!このやろー、ずっと私には隠してたな!憎いヤツめ!

 ひなたの新たな一面を見るのはすごく新鮮で嬉しく思う。

 でも。

 ひなたは、まるで汚いものに触れたみたいに、何度も自分の腕をさすりながら離れていった。

 ――私から。

「さく、……三日月」

「ほっときなよ。それよりも、休み時間も終わるから早く行こうよ、芽依」

 私から離れて私の体と並んだひなたは、いつの間にか少しだけ大きくて。自分以外の目で見たからこそ、気が付いた。

 ああ。そっか、ひなたも大きくなってたんだ。

 これもまた、知らなかったな。

「あっ、で、でも」

 それでも、自分の体が気にかかるのか三日月が何か言いたそうにこちらを見ていた。

「芽依のその怪我は、誰のせいか分かってる?元気に走り回れないのも馬鹿みたいに笑えないのもあいつの所為だよ?」

「そ、それは」

「ほら、手を繋いであげるから行くよ」

「あっ」

 あはは。いつもとは逆パターンとか笑っちゃう。もうひなたを弟扱いなんて出来ないな、これは。

 ……でも。

 でも、なんでだろう?


 なんで、涙が出るんだろう?


「……どうして」

 胸が痛い。こんな場面、見たくなんてなかったよ。

「……ひなた」

 私が三日月恵斗になる事で、ひなたがイジメから救われて、これから幸せになっていくならそれで良かった。そりゃあ、話せなくなるのは辛いだろうなって思ったけどさ。ひなたが笑顔でいてくれるなら、我慢しようって思ってたのに。

 何故か、死にかけだったはずの私の体は、どこから見ても怪我すらないし。


 よりにもよって、その体を動かしているのが三日月恵斗だとかあり得ない!!


「うがーっ!」

 そうだよ、あいつ!私の体の中にいるって事は、私の全裸もばっちり見てるって事じゃないの!?

「マジかぁ!さいっあく!」

 今すぐにでも目潰ししてやりたい!自分の体だっただけに、ちょっと躊躇ってしまうけどー!それより、あいつに色んなとこ見られるよりだいぶマシだ!!

「いや、いっそ……ころ、」

「物騒な事考えてんね」

「うわっ!」

 いたのか、お前!っていうか、壬生って意外と神出鬼没!

 私の中にいる三日月恵斗を、どうにかして抹殺したくて気付かなかった。私の傍で同じように廊下の端でしゃがみ込んで頬杖をついている壬生が、私の驚きようを見てにこりと笑う。

「俺さ、アンビリバボーな話って全く信じない方なんだ。だって、不思議ってだけで全て解決出来るはずないじゃん?科学的根拠は必要だと思う訳よ」

「……?」

 は?いきなり、こいつは何を言い出す?私だって、現実しか興味ないよ。幽霊やらお化けの話なら、私よりひなたの方が得意だけど?ちっさい頃から怪談ばっか聞かされて、兄貴たちに泣かされてきたトラウマは簡単には消えないよ!

「ああ、やっぱり分かんないか」

 と、私を見つめる壬生の顔は前にも見た事のある表情だった。

 そう、これは。


「桜庭さんは、馬鹿だしね」


 本物の恵斗なら、俺の言わんとしてる事なんて直ぐに分かるよ、と続けた壬生は、以前と同じく私を馬鹿にした目付きであざ笑った。

「あは。気付かないと思ってた?恵斗とは、生まれた頃からの付き合いだから分かるんだよ。あいつは、桜庭さんと違って真面目で慎重で我慢強くて、それに根っからのおっちょこちょいでさ。運もなくタイミングも悪いから、いざ自分から行動しようとすれば、必ず空回りするような奴なんだ。それなのに、今朝のあれぐらいの事でぶち切れるなんておかしいって思うだろう?」

「……」

 確かにそうだ。壬生の言う通り、三日月恵斗はあれだけ女子たちに騒がれていても全く怒った所なんて見た事なかった。

 記憶障害で通していても、三日月の事をちゃんと分かっている人にとっては本物じゃないと分かるんだ。良かったね、三日月恵斗。私にとっちゃ、どうでもいいけど。

「ほんとは、もう少しだけ黙って観察するつもりだったんだけど、気が変わった」

「……?」

「このまま、君と恵斗が戻らなければ三日月財閥は大きな損失を生むだろう。なにせ、桜庭さんは馬鹿なんだから」

 あのさ、前々から分かってた事だけどさ、この男は私をなんだと思ってるんだ?

 自分で言うのもなんだけど、この高校に受かるぐらいには、まだ偏差値は高い方なんだけどな?まあ、受験勉強をひなたにずっと見てもらってた事は内緒だけど。

「そこまであんたに馬鹿って言われる筋合いは無い!」

「馬鹿に馬鹿と言って何が悪いの?それこそ、俺たちのような選ばれた富裕層の特権でしょうが」

 カッチーン!今、頭にきましたよ?

「はあ?そういうものの考え方しか出来ないから、あんたたちとはしゃべりたくないんだよ」

 特に三日月!この男は、とにかく一つ一つの発言が気に障って仕方ない。そして、最後には無言になるから、膝蹴りをお見舞いするのが常だった。

「残念だけど、それは出来ない」

 俺にとっても非常に残念極まりないけど、というおまけの一言がむかつくが、それより何が言いたいのか分からず首を傾げる。この勿体ぶった言い方がキライ。

「俺が気付いたのも必然だったって事だろう。君には、三日月財閥を守るために恵斗と添い遂げてもらうしかない」

「は?はあ?ばっかじゃないの!?」

 いきなり何を言い出すんだ、こいつは!

「三日月財閥には、恵斗がどうしても必要なんだ。君たちが元に戻れないなら、桜庭さんの中にいる恵斗と結婚してもらうしかない」

「私の中にいる……って、どうして」

 え、待てよ?壬生は、今朝のあれで私と三日月が入れ替わってる事にも気付いてたって事?

「恵斗の中に君がいるのは、今朝の一件で直ぐに分かった。恵斗の場合は、……まあ、合理的に考えたのもあったけど、さっきのあの間の悪さは恵斗だろうなって」

 三日月、あんた友達はちゃんと選んだ方が良いんじゃない?

 壬生は立ち上がって、呆れて物も言えない私を見下ろしてふっと笑った。

「君が素直に受け入れてくれないって事は分かってる。だから、俺とゲームしない?」

 弓のような形を描く目は、だけど笑ってなくて。多分、壬生の中では自分が勝ったつもりでいるんだろう。……舐めやがって。前々から、壬生のこういった態度は気にくわなかった。こういう奴は、こてんぱんに倒してやるのが桜庭家の鉄則だ。――って事で、


「乗ってやろうじゃない!」


 神様、今だけ目の前の男と同じ目線で睨み付けられる事に感謝します!ただ、本音をいえば、今すぐ元の体に戻りたいけど!あとあと、せめて勉強以外のものが良いな。

「君が馬鹿で良かったよ」

「あんたね、いい加減に」


「ルールはこうね、双葉ひなたに今の恵斗が桜庭芽依だという事に気付かれたら君の負け」


「って、え?な、なにそれ?」

 どゆ事?えーっと……つまり?ひなたに、三日月の中身が私だってバレなきゃ良いって事だよね?

「簡単だよね?双葉ひなたに近付かなければ可能性が下がるって事だよ」

 ひなたから距離を取る……それは、イジメを無くす為にも願ってもない事だろう。ひなたが笑って暮らせるならそれで良い。

 ずっと、そう望んでいたんだ。

「ただし、君と恵斗が元に戻ればゲームはそこで終了としよう」

「分かった。私が勝ったら、あんたにはそのいけ好かない頭を丸刈りにして土下座してもらうから」

 ついでに、ばっちりカメラに収めてやんよ!

 その時の事を想像するだけで鼻息が荒くなってしまったが、壬生は一瞬キョトンとしてから、何がツボったのか大きな声を出して笑い出した。

「ははははっ、オ、オーケー!ふふっ、君の、ははは!君の好きなようにすれば良いよ!」

 よーし!ちゃんと言質は取ったからな!後悔するなよ!いや、絶対に後悔させてやる!どれだけ壬生に勝算があるのか知らないけど、絶対に勝ってやる!

 壬生を指さして、ふんぞり返っていたら、そこで予鈴が鳴り響いた。

 ああああーーー!!お昼ご飯食べ損ねたーーー!!くう!せっかく作ってくれたおばさんのお弁当楽しみにしてたのに!

「……はあ」

 放課後にでもこっそり食べよう。そう思いながら、微妙に食空腹を主張してくる腹を押さえてトボトボと歩き出す。

「つうか、なんで普通に隣りにいるわけ?」

 空腹というだけでも苛つくのにさ。どうして、壬生は三日月の中にいるのが私だって分かってるのに、一緒に行動しようとするんだろう?嫌がらせか?それとも、よく一緒にいるから癖だとか?ただ単に、クラスが同じだからとか?

「うん?そんな事も知らないの?」

「あんたたちに興味ないし」

 そう言ってのけると、若干ずっこけたような気がした。

「恵斗の真似をしたいなら、まずは人間関係を知るべきじゃないかな……もういいけど。俺は、恵斗の幼馴染みでこれでも親友だと自負してる」

「性格歪んでるとことか同じだもんね」

 類は友を呼ぶってね。

「君の悪態も、双葉ひなたとそっくりだと言わせてもらう。いや、そんな事はどうでも良いか」

 ムッ!ひなたは、他人の悪口なんか言わないよ!失礼な。

「三日月恵斗は、三日月財閥の御曹司。そして、ゆくゆくは彼がこの財閥をいや、世界を背負う人間だという事は間違いない。そして、俺は三日月財閥の専属シークレットサービスの者」

「シ、シー?」

「桜庭さんには分かんないか、やっぱり。簡単にいえば、要人を護衛する人たちの事だよ」

 その同情した眼差しヤメロ!くっそー!馬鹿にして!!でも、ほんとに分かんなかったから今回だけは見逃すけどさ!

「君が恵斗でいる間は、俺の監視下にいると思っておいて」

「……分かった」

 でも、いつかギャフンと言わせる。近所でも、神隠しの芽依ちゃんという通り名でかくれんぼの時は呼ばれていたぐらいだかんね。フフフ、覚えてろよ壬生喬人。

「その負けん気がいつか命取りにならなきゃ良いけど」

「……?」

「まあ、せいぜい頑張れば?」

 だから、憐れんだ目で見下すのヤメロ。

 こうして、私は壬生と自分の人生を賭けた勝負をする事となったのである。それが、どれだけ今後の自分を左右する事になるのかも分からずに。


 この時の私はまだ、三日月恵斗とどうして入れ替わってしまったのかなんて、全く分かっていなかった。


前後で書いたものの、結局ネタばらしがないので序章のようなお話に……。

ですので、補完で三日月サイドの話を載せます。

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