第二話 救え! リーフマティ
シエル王国・ウェストトウィン地方。この地方の西の島の小さな村“グリーンベル”は魔物に襲われ、一夜にして滅んだ。
村人は殺され、村は焼かれた。
襲われた理由はただ一つ。
“神を復活させる”力を持つ者がいる ただこれだけの理由である。
唯一この村を離れ助かった、村の少年・オルタ、ミレットは
氷の封印から解き放たれた少女・ヴィネアと共に遥か東の王都を目指す。
三人は今、“グリーンベル”の東隣の村 “リーフマティ”へ向かう。
途中、道の脇で一休みし、残された少ない食料を食べていた。
ここまで来るのにも、何度も魔物に襲われ、オルタの剣とヴィネアの炎の魔力、ミレットの弓矢がそれを撃退した。
跳ねた黒髪のオルタは、野性的な目が特徴だ。
黒いタンクトップに上着を羽織っている。所持品は1060コインと祖父の剣のみ。
グリーンベル村長の一人息子であり、勉学と剣術は一流であった。
彼は、魔物を倒しミレットを守る。そのことだけが目標であった。
金髪碧眼のオルタの幼馴染ミレットは長い白のトレーナーに月の水のペンダントをしていた。
肩掛けの大きなカバンには残された食料と、マッチ、ランプ、薬草、弓と矢、精霊の力を宿す水の入った瓶が入っていた。
水の精霊を信仰していたミレットは“神を復活させる”候補者に選ばれたが、まだ力を使いこなせないことに後ろめたさを感じていた。
クルミ色で長くぼさぼさの髪であるヴィネア。服装は、所々破けている黒いワンピース。両腕に包帯を巻いており、魔法が得意だ。
何故、山の廃屋で氷に封印されていたのかと、オルタ達を助けるのかは不明だ。
ミレット「ところでヴィネア… その腕、怪我してるいの?」
ヴィネア「えっ? ああ… そうじゃないけど… 気にしないで!」
ミレット「う、うん…」
オルタ「ミレット。 ヴィネアの炎はすごいんだから、怪我じゃないよ」
ミレット「そうだね。 …ちょっと普通の火じゃないように見えるよ」
オルタ「…なら、ヴィネアは火の精霊の戦士になれるんじゃないの?」
ヴィネアは少し笑い、首を横に振る。
ヴィネア「魔法と精霊の力は別だよ。 私のはただの魔力で… 精霊の力は自然のエネルギーを魔法にするんでしょ?」
ミレット「う、うん」
オルタ「へー。 それなら俺は魔法を使えるかな?」
ヴィネア「オルタなら使えるよ」
ミレット「ね…ねぇ! ヴィネア。 僕に魔法を教えてくれないかな?」
ヴィネア「…話、聞いてなかった? あなたは精霊の力を…」
ミレット「精霊の力も魔法も、あまり変わらないと聞いた。 だから、コツだけでも! ……僕は精霊の戦士に絶対ならないといけないから……!」
ミレットは必死だった。
ヴィネア「……うーん。 ……それならその水を飲んだら?」
ミレット「えっ!?」
ヴィネア「精霊の力を宿す水なんでしょ?」
ミレット「でも、今まで飲んでも何にも…なかったから……」
オルタ「…まあ、ミレットも深く考えない方がいいよ。 そろそろ行こう。 もうすぐ着くはずだ」
ミレット「……っ」
三人は出発の準備をし、また道を歩き出した。
ミレット(……ごめんオルタ… 君は余所者だった僕に、いつでも優しくしてくれる。 なのに…僕のせいで…! 村があんなことに… 決して許されないけど…ごめん… しかも、僕は出来損ないで、力も使えない…!)
ミレットは、本当は役目を捨てて逃げ出したかった。
家族や村を失ったばかりなのに、悲しみを少しも見せないオルタは、ミレットにとって眩しすぎた。
三人は歩き、日が暮れようとしたとき、リーフマティの村が見えた。
いつもなら、夕陽に照らされた家々と、ハーブ園が見えるはずだった。
しかし、三人が見たのは、二、三軒の燃えている家と荒らされたハーブ園であった。
オルタ「なっ! まさか…!」
ミレット「そんな… これじゃ、グリーンベルと同じ…」
ヴィネアは静かに状況を観察し、言う。
ヴィネア「ダゴスね」
オルタ「ふざけんな!」
オルタは走り出した。
物凄い速さだ。
ヴィネア「魔物は私とオルタで倒す。 ミレットは村人の救出を…!」
ミレット「…分かった…!」
ヴィネアとミレットも走り出した。
ミレットは心の中の恐怖と、逃げたいという気持ちを押し殺した。
村には何匹もの魔物がいた。
家に着いた火を消す者と、魔物と戦う者、子供達を逃がす者に分かれていた。
大きい蛇のような魔物と、歩く星型の蜘蛛が村の手前の家に押し入ろうとしたとき、オルタは後ろからその二匹を切りつけた。
リクウツラ・ヒトアラシ「ガァ!」
オルタは二匹を倒したのを確認し、魔物が多く存在する村の中央に急いだ。走りながら襲ってくる魔物を切り倒す。
ヴィネアもオルタが倒し損ねた魔物を倒す。これ以上家に火が点かないように、炎を抑えて。
ミレットは怪我をしている村人を発見し、手当をする。二人が魔物を倒したおかげで、ミレットの周りには魔物はいなかった。
村人「ありがとう」
ミレット「どうして村が襲われているんですか!?」
村人「分からない。 ただ急に魔物が家に火を点け、暴れだしたんだ…」
ミレット(…グリーンベルと一緒だ…! 村長も敵わなかった、魔物がオルタを…!)
嫌な予感がしたミレットはオルタの後を追う。
オルタとヴィネアは村の中央に着いていた。
周りの魔物より一回り大きな、複数の細長い手足を持つ魔物・ダゴスがオルタとヴィネアを指さした。
ダゴス「お前たち! アイツらを 殺せー!」
レッドガエ・リクウツラ・ヒトアラシ「ガァオー!」
オルタとヴィネアに村中の魔物が襲いかかる。
オルタとヴィネアはそれでも魔物を倒していく。多少怪我を負っても止まらなかった。
その勢いに怯え、何匹かの魔物は逃げ出す。
とうとう、オルタとヴィネア、ダゴスだけになった。
ダゴス「むぅ…! こんなに強い人間がこの村にいたとは」
オルタ「俺はグリーンベルだ…!」
ダゴス「は、生き残りがいたのか? …だが、グリーンベルを救わなかった、臆病者だ! 今度こそ、このダゴス様に敗れ、死ね!」
オルタは燃えた故郷を思い出す。今、燃えている家を見る。村人達が、必死に火を消しているのが見えた。
二人は気付かなかったが、ミレットはオルタとヴィネアの近くまで来ていた。
オルタ「お前は何のために、この村を…」
ダゴス「よそ見をするなぁ!」
ダゴスは鋭い手足でオルタを切り裂く。
オルタ「…っぐ!!」
オルタは片膝を地面に着く。
ミレット・ヴィネア「オルタ!!」
ダゴスの手足が今度はヴィネアを切り裂こうとする。それをヴィネアは避ける。
ダゴス「お前の炎は強力だが、私には通じない!」
ヴィネア「あなたも炎使い? あれは煉獄の炎ね!」
ダゴス「そうだ。 村人共には消せまい。 消せるのは私だけだ。 …お前は命乞いをしろ。 そうしたら、村を救ってやろう」
ヴィネア「…悪いけど。 私もグリーンベルを滅ぼしたあなたを許さない!!」
ヴィネアは飛び出し、ダゴスの顔面に手を振りかざす。すると無数の針が飛び出しダゴスの顔面を突き刺す。
ダゴス「! 何! ぐぁぁぁ…!!」
ヴィネア「今よ。 オルタ」
オルタ「おぉおおおお!!!」
オルタは立ち上がり剣を構え、ダゴスを切りつけた。
真っ二つになり倒れる、ダゴス。
オルタ「…っ」
オルタもその場に倒れる。
ミレット「オルタ!!」
ミレットはオルタに駆け寄ろうとするのをヴィネアが止める。
ヴィネア「ミレット!! 聞いていたでしょ! この村に点けられたのは、煉獄の炎! 消せるのはあなただけ… 精霊の力だけよ!!」
ミレット「えぇ! …そうだ、湖の水なら!」
ミレットはカバンから精霊の水の瓶を取り出す。そして、燃える家々を見る。
ミレット「…ダメだ… これじゃ足りない…! どうすれば…」
(水を増やせれば…! 無理だ…… それでも…僕が…! 僕も…!!)
ミレットは瓶の蓋を開け水を飲みだす。全部飲み終わると、手が青く光るのを感じた。
(水の精霊よ…力を分けて下さい… そして、この力を空へ…!)
手にはいる力を空へ送った。青い力が線になり天に昇る。
徐々に雲が広がり、雨が一粒、二粒と降り始め、どしゃ降りとなった。
全く消える気配がなかった火を相手にしていた村人達は、火が弱まっていくのを感じた。
村人「…火が消えていく…!」
村人「恵みの雨だー!」
火が完全に消え村人達は、互いに喜び合う。
ヴィネア「ミレット! やったわね」
ミレット「…僕の力なのかな…?」
ヴィネア「そうよ」
ミレットはヴィネアと倒れているオルタに近づく。
ヴィネア「水の精霊は癒しの力も持っているわ。 オルタの怪我を直して…!」
ミレット「えっ! …やってみる…!」
ミレットは手に力をこめる。手に光る水が溢れ出す。それをオルタの傷口にかけた。
オルタの傷が塞がる。オルタは目を覚ました。
村人「君達、大丈夫か?」
村人達が三人に駆け寄る。
オルタ「まぁ、なんとか」
村人「あなた達が、魔物を倒してくれたのですね!」
子供「見てたよ! お兄ちゃん達、とっても強かった!」
褒められ慣れていないオルタは曖昧に笑う。
村長「君はグリーンベルのオルタ君か?」
オルタ「リーフマティの村長さん…」
オルタはヴィネアに手を貸して貰い、立ち上がる。
村長「久しぶりだね。 オルタくん。 どうしてこの村に? お父さんは元気かい?」
オルタ「……実は」
オルタは今までの事を話す。
神の使者が来たこと。その日にグリーンベルが襲われたこと。そして、精霊の力を持つミレットと共に王都へ向かっていることを。
村長「…なんということだ…… 今まで疲れただろう。 今日は我が家に泊まりなさい。 …少し魔物に壊されたがね」
三人は村長の後に続いた。
村長の家のリビングの窓と壁は崩されていた。それでも食卓には豪華ではなかったが、美味しそうな食事が並べられた。
村長の妻「村を救ってくれた、英雄様なのに、こんなんで済まないねぇ」
無くなった壁を指さす。
ミレット「いいえ。 とてもありがたいです」
村長の妻「さぁ、召し上がれ」
オルタ・ミレット・ヴィネア「いただきます」
すっかりお腹が空いた三人は、すぐにご飯を食べ終わった。
村長「やあ! 遅れて済まない!」
村長が村の見回りを終え、帰ってきた。
ミレット「ご馳走になりました。 とても美味しかったです」
オルタとヴィネアも頷く。
村長「それは良かった! 村の被害も酷いが、君達のおかげで死者はいなかったから、明日から復旧作業を出来そうなんだ」
ミレット「良かった」
村長「やはり、あの雨が降ってくれて、とても助かった!」
ミレットは嬉しそうな顔をする。
村長「しかし神の使者はこの村にも来たが、なぜ、グリーンベルを襲った魔物がリーフマティも襲ったんだろうか…?」
ミレット「…それは」
オルタ「奴らはグリーンベルで人間が弱いことを知った。 だから今なら、全ての村を支配できると思たんだろう」
ミレット「……」
村長「そうか… しかし、君は本当に強くなったね。 流石ベルさんの息子だ」
オルタ「…いえ。 ヴィネアもいたからです」
ヴィネアは急に言われて、照れる。
村長「ところで、やはり王都へ向かうのかい?」
オルタ「はい」
村長「そうか。 出来る限り、準備の手助けをしよう」
村長は席を立ち、もう一度外へ出て行った。
三人は空き部屋を貸して貰い、そこに寝ることにした。
部屋の明かりを消した後、ミレットはオルタに話しかけた。
ミレット「…オルタ。 ごめんね」
オルタ「? 何が?」
ミレット「…僕がいたから、グリーンベルは襲われたんだ…」
オルタ「……そんなこと、誰も思ってないよ」
ミレット「…しかもリーフマティも襲われたのも…」
オルタ「違うよ! 全て魔物が、魔王が悪い」
ミレット「…オルタ……」
オルタ「ただ…今日、仇がとれて良かった…… ミレット、お前もこの村を救ったんだ…!」
ミレット「…うん…! 僕も精霊の力を引き出せるように、もっと頑張るよ」
オルタ「…やっぱり、ミレットが元気なのが、一番いいよ」
ミレット「え! ……ありがとう。 オルタ」
ミレットの心は決まった。
ヴィネアは静かに二人の会話を聞いていた。
夜の優しい闇が村全体を包み込む。
リーフマティから災いは去った。