第一話 冒険の始まり
ここはシエル王国・王都の島より西のウェストトウィン地方。この地方は別名“双子島”と呼ばれており、二つの島があった。その西の島の小さな村“グリーンベル”に珍しい来客が訪れていた。
だが、そんなことはお構いなしに、村長の息子・オルタは幼馴染のミレットをいつもの遊びに誘おうとしていた。しかし、村の大人達に止められた。
村人「オルタ!今、会議所にお客が来ているのを知らないのか?」
オルタ「そんなの関係ないよ」
村人「フ―、お前は…今、村長さんが話していて、ミレットも呼ばれたらしいぞ」
オルタ「え?」
村人「いいから邪魔だけはするなよ」
オルタ「分かってるよ」
オルタが会議所に向かう。跳ねた黒い髪が揺れる。会議所の前には既に客人とオルタの父親、数人の村人そしてミレットが出てきていた。
オルタ(何があったんだろう)
大人達はとても賑やかな雰囲気なのに対しミレットは緊張しているようだった。
村長「それではミレットと護衛を三人でもつけて明日にでも、王都に向かおうと思います」
神の使者「ありがとうございます。きっと大神官様もお喜びになります。私は念のため他の村も回ろうと思います。ではこれで…」
村長「お気を付けて」
客人は去っていた。
オルタ「ミレット!王都ってどういうこと?」
ミレット「オルタ…!あの、その、実は…」
村長「おう!オルタ!ミレットはなあ“神を復活させる”候補者に選ばれたんだよ!!」
オルタ「…ハァ?」
村長「どうやら、魔王を倒すために王都の大神殿で“神を復活させる”事が決まったらしく、それにミレットの力が必要になったらしい」
オルタ「神を…復活? しかもミレットの力が必要?」
ミレット「…僕の水の精霊の信仰のこと…」
オルタはますます訳が分からなくなる。
村長「まあ、お前に分からなくても、王都の偉い人達が何とかしてくれるさ。それより王都への出発は明日だ。お前たち準備をしっかりしとけ!夜は宴だ!」
村人「おう!!」
全員がそれぞれの家に帰っていく。
オルタ「まっ…待て!ミレット!!お前それでいいのか!」
だがこの叫びはミレットには届かなかった。
オルタはミレットの元気が無いことが気になった。
夜になり宴会が始まり、村は大いに盛り上がった。
村人「こんな小さな村から世界を救う英雄が出るとは誇らしいねえ」
女性「何より、もう魔物に怯えなくていい様になるのが嬉しいわ!」
ところどころから喜びの声が聞こえた。
オルタはそんな様子を宴会の隅から眺めていた。
まるで自分だけが話が分からず、おいてかれている気分だ。
オルタ(…今まで神はいなかったのか?それならどうしてもっと早くに復活させない)
そんな疑問と、
オルタ(俺も村を出たかった。ミレットも元気が無いし、俺じゃ力不足なのか)
葛藤がオルタの中で渦巻いていた。
その時、こっそりとミレットが現れた。明るい青い目が暗闇に映える。
ミレット「…いた!オルタ。ちょっといい?」
オルタ「! ミレット!」
宴会から離れた小さなベンチに二人は座った。ミレットは小声でオルタに話しかけた。
ミレット「実は明日王都に行くのを断ろうと思うんだ」
オルタは少し驚いた。
ミレット「僕は水の精霊を信仰しているだけで、力を使いこなすことはできない。…それにこの村から出るのが怖いんだ…」
オルタ「それじゃあ… いや。俺もとやかく言うのはやめよう。でも、大人達が黙ってないな」
ミレット「だから、僕がいつも水の精霊の力を感じていたあの湖の水を持って行ってもらおうと思うんだ」
オルタ「…時々遊びに行っていたあの湖?」
ミレット「そう。これから水を汲みに行きたいから、オルタも一緒に来てくれないかな…?」
オルタ「いいよ。ランプは…」
ミレット「大丈夫!ここにある!」
よく見るとミレットは大きなカバンを肩から下げていた。
オルタ「ミレットそんなに持っていくの?」
ミレット「あははは…もしイノシシに襲われても大丈夫なようにね」
ミレットは笑いながらいつも使っている弓と薬草を見せた。
オルタ「…ミレットらしいね」
二人は森の中に入って行った。
目的の湖は山を少し登った所にある。
村を出てから一時間程で湖に着いた。ミレットはまず水の精霊に祈りを捧げると、水を汲み始めた。
ミレット「山道が暗かったからいつもより時間がかかっちゃったね。みんな心配しているかも…」
オルタ「そうかな。どうせまだ宴会だろ……?」
オルタは何気なく村の方を見て、異変に気づいた。ミレットは湖の水の瓶をカバンにしまい、立ち上がりオルタを見る。
ミレット「どうしたの…!」
ミレットも異変に気づく。
オルタ「村が燃えている…! まさか、魔物が…!」
ミレット「そんな! どうしよう!」
オルタは息が荒く、ミレットは半分泣いている。
オルタ「村へ!急ぐよ!」
ミレット「……いや、ダメだよう! 殺されちゃう!!」
オルタ「ミレットしっかりしろ! そうだ!武器さえあれば…」
その瞬間オルタの頭をよぎる、亡き祖父の言葉。いつにもまして真剣な表情だった祖父。
(オルタよく聞きなさい。もしこの村が魔物に襲われたら、山の中の私の廃屋を目指しなさい。とっておきの武器があるから。きっとお前を助けてくれる)
オルタ「…そうだ。前に一度行ったあの廃屋…あそこに武器があるはずだ…! ミレット!ついてきて!」
ミレット「ちょっと、オルタ! どこ行くの!?」
オルタ「ジジイの廃屋だ!」
オルタは山の中を走りながら、古い記憶を懸命に思い出す。その少し後ろでミレットが叫んだ。
ミレット「…ねえ!…はぁはぁ…オルタ! 待って…!」
しかし、オルタにはこの声が届かない。
オルタ(……確か俺は一度うさぎを追いかけて山で遭難しかけた。その時に偶然たどり着いた汚い小屋が、ジジイの廃屋だ。 ……! あの石段の上か…!?)
石段を登り切った先にオルタが過去に見たものと変わらない、廃屋があった。
オルタ「…あった…! ここに…」
オルタは廃屋の壊れかけた扉を迷いなく開ける。中は暗くうすら寒かった。少し遅れてミレットも到着した。
ミレット「…はぁはぁ…? ここは?」
オルタ「ここに武器があるんだ! ミレット、ランプを貸してくれ!」
ミレット「ちょっと待って…!」
ミレットはオルタが走り出した瞬間に消したランプにもう一度火を点ける。
ミレット「オルタ…ハイ」
オルタが廃屋の中を照らす。そうすると、部屋の隅にあるが、大きく存在感のある物体が真っ先に二人の目に入った。その物体に二人は近づく。
オルタ「…なんだ、これは?」
ミレット「…冷たい…? これは…氷…?」
オルタ「…そんなことより…武器だ…! どこだ!?」
オルタは棚と引き出しらしきものを開け始めた。ミレットはまだ氷の物体を見つめていた。そうすると、ミレットの身長の少し上の所に何かの紋章があるのを発見した。
ミレット「…これは? ……! 水の精霊の紋章...!? ……あっ!! こ、これは! オルタ!」
ミレットの顔から血の気がなくなる。
オルタは真ん中の引き出しからやっと剣を見つけ出し、手に持った。ずっしりと重い。
オルタ「…あった…! ミレ…? どうした?」
ミレット「……オルタ…な、中に、人が……」
オルタ「え?」
オルタはミレットが落としそうになっているランプを手に取り、もう一度その物体をよく見た。
オルタ「……! ほ、ホントだ! 中に人がいる…!」
ミレット「……オルタ…」
オルタ「…………この氷を砕く」
ミレット「え!?」
オルタ「…どうしてジジイの廃屋で人が氷漬けにされているのかは知らないけど。このままじゃ可哀想でしょ」
ミレット「……う、うん……」
オルタ「この剣、使わしてもらうぞ...! ジジイ! ミレット!下がってて!」
ミレット「わっ!」
オルタは氷に剣を振るう。しかし氷は少しも砕けない。
オルタ「…くそっ!」
オルタは何度も剣を振り回す。やはり氷は砕けない。
オルタ「…剣が錆びついているのか? この剣じゃ魔物を倒すことも出来ない…」
諦めかけ、半ば投げやりにオルタは剣を上へ掲げ、切りつけた。それは水の精霊の紋章を、真っ二つに切り裂いていた。
ミレット「……あっ オルタ!」
水の精霊の紋章であった場所から、ボロボロと氷が砕け溶け始めた。
オルタ「……やった…!」
氷は全て溶け落ち、中の人間が露わになった。
しかし、不思議なことにその人間は立ったままで、倒れなかった。
オルタ「どういうことだ…? 生きているのか?」
その人物の髪はクルミ色で長くぼさぼさであった。両腕の全体に包帯を巻き、着ていた黒いワンピースは所々破けていた。顔は人形のようで眼は閉じられていた。
ミレット「あっ…生きている…!?」
その眼がゆっくりと開かれた。そしてオルタとミレットを見て、呟いた。
???「……バルト……?」
その女の子が発した言葉をオルタとミレットは分からなかった。
???「……違う……あなたは誰?」
オルタ「…俺はオルタ、こっちはミレット…」
???「そう。あなた達がこの氷…」
謎の女の子の言葉を遮り、オルタは足早に言った。
オルタ「アンタは大丈夫そうだから、俺達はもう行く。村が危ないんだ… ミレット! 行くよ!!」
ミレット「うん!!」
二人は女の子に背を向ける。
???「…待って…! 私も行く!」
ミレット「え!? でも…」
オルタ「どっちでもいい…! ゆっくりしすぎた。 行くぞ!!」
三人は廃屋を後にした。
山を下り村に急ぐ三人。その間ミレットは村のこと、そしてこの謎の女の子のことを考えていた。
ミレット(…氷の中で生きていただけでも驚きなのに、こんなにすぐに走れるものか…?)
謎の女の子の動きにぎこちなさは無く、ミレットがついていくのがやっとなオルタの後ろを息も切らさずついていく。
ミレット(…夜が明けてきた… そんなに長くあそこにいたのか僕達は… 村は…)
三人は村長の家の裏に出た。しかし、そこに村長の家も村の家々もなかった。
オルタ「……!」
ミレット「…そんな…」
???「……」
村は焼け野原になっていた。家などの残骸と地面の所々に人間の死体と骸骨が転がる。一夜にして変わってしまった村を前に、ミレットは座り込み、泣く。
オルタと謎の女の子は進む。
オルタ「…誰か…生きていないのか…?」
???「ここはグリーンベルの村? …魔物に襲われたのね」
焼け残った家の壁の裏から、物音が聞こえた。
オルタ「大丈夫か!」
???「! オルタ待って!」
走り出したオルタを謎の女の子は止めることが出来なかった。
壁の裏にいたのは、二匹の魔物であった。猪ほどの大きさの、口の大きいピンク色のカエルのような魔物。この二匹は地面に落ちている宝石とコインを取り合っていた。
レッドガエ「! 人間! まだいたのかぁ!?」
オルタ「…お前が……」
レッドガエ「殺してやるぅ!」
一匹のカエルがオルタに向かって飛びかかる。
オルタ「お前が、やったのか!?」
???「!」
オルタは剣を抜き、飛びかかってきたカエルを真っ二つにする。鈍い音を立てカエルの死体が地面に落ちる。
レッドガエ「ひぃ、ひぃぃぃ!」
オルタ「お前も死ね」
恐怖で動けなくなっているカエルに、オルタは剣を構える。
???「ちょっちょっと、待って! オルタ! 殺す前に…」
オルタ「?」
???「…レッドガエだったよね? あなた達が村を襲ったの?」
レッドガエ「ひぃ! いや、おなだけじゃねぇ! ここいらの魔物全員でだぁ! おなは殺してねぇ!!」
???「誰の命令で? リーダーは?」
レッドガエ「…魔王様の命令だぁ。邪神の力がある村を全部襲えっていゆぅ。ダゴス様がここいらの魔物を束ねたんだぁ」
???「そう。 最後に…人間の捕虜はいないの?」
レッドガエ「たぶんいねぇ。 ダゴス様達が全員ころ…」
カエルは最後まで喋ることは出来なかった。オルタは怒りでカエルを殺した。
???「オルタ…」
オルタ「……行こう…ミレットが心配だ」
二人はミレットの元へ向かった。
オルタ「…ミレット」
ミレットは家々の残骸が無い所に穴を掘っていた。
ミレット「僕にはこれぐらいしか、出来ないから…」
オルタと謎の女の子も手伝った。
三人は時間をかけ、いくつもの墓をつくり、死者を弔いた。
ミレット「手伝ってくれてありがとう。 そういえばまだ名前を聞いていなかったね」
???「私はヴィネアよ」
オルタ「……」
ミレット「? オルタどうしたの?」
オルタ「ちょっと待ってて」
オルタは自分の家であった場所を眺めた。村長の家は特に酷く燃やされていた。それから今は燃え倒されてしまった家の前の木の後ろに座り、地面を掘り返し始めた。
そうすると布の袋を見つけた。その布の中には秘密で貯めていた、オルタのお金が少しあった。
オルタ「…俺は、これだけか」
オルタは立ち上がり村を見つめた。
オルタ「…俺が生まれ、育ち、守るはずだった村は全て無くなった。父と母も死に、仲の良かった爺さんも…村人全員…」
オルタは拳を握る。
オルタ(俺は許さない…!)
オルタ「ミレットの家はどうだった」
ミレットの家は村の離れにあるとても小さな家なので、少しの被害ですんでいた。
ミレット「パンとか食料が少し。でもお金は無かったよ…」
オルタ「そう。 あんた、ヴィネアだっけ? ヴィネアの家は無いの?」
ヴィネア「無いよ。私は何も持ってない」
オルタ「じゃあ隣の村まで送るから、そこで暮らしなよ。 ミレット。俺達は王都に行くよ」
ミレット「え!? そんな… どうして?」
オルタ「“神を復活させる”だろ?」
ミレット・ヴィネア「!」
オルタ「この村は水の精霊の力があるから襲われた。それだけ、神の復活が怖いんだ魔王は」
ミレット「…!」
オルタ「安心して。俺がミレットを守るから。 魔物は全て俺が倒す。 そして神に魔王を倒してもらう。 それには、お前の力が必要だ ミレット!」
ミレット「…でも」
ヴィネア「…私も行かせて…!」
オルタ「……」
ヴィネア「オルタのさっきの剣も凄かったけど、私も魔法が使えるから!」
オルタ「…俺はミレットを守るから。 ヴィネアもミレットを守って」
ヴィネア「…うん!」
オルタ「まずは隣の村“リーフマティ”だ!」
オルタとヴィネアは歩き出す。
ミレット「まっ……」
ミレットは慌てて今まで持っていたカバンをかけ直す。
後ろを振り向く。無残になった住み慣れた村を見る。
ミレット(この村は僕がいるから襲われた……)
ミレットは一回、首を横に振ると前を向き、オルタとヴィネアの後に続いた。