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聖剣が運ぶもの

作者: カヤ

さて、その日も入力業務を終えて帰ろうとしたら、私のコートの隣に剣がかかっていた。


「え? コスプレ? 誰が?」


職場は基本女性ばかりである。社員の高木さんだろうか、いやしかし彼はもう40歳近い、いやいや40歳だからってコスプレしてはいけないわけではない。しかしまた、何でここに……。


その剣は作りものとは思えないほど重く精巧に作られていて、特に鞘には美しい宝石が三角形に配置されていた。その鞘の上部に皮が巻きつけられ、それがコートかけにひっかけられているのだ。


「作りものとは思えないわー、特にこの古びた感じ」


私は感心してその剣を眺めた。しかし、しかしである。いくら古びた作りだからって、せっかくの美しい石たちをこのまま曇ったままにさせておいてよいものか。いや、よくない! 私はきれい好きなのだ。


「でも、もしかしてわざとくすませてるのかも。うーん」


悩んだ挙句、


「ま、公共の場所に置いとくのが悪いよね」


と、私はスマホの画面を掃除できるマスコットを取りだした。


「じゃん」


ちまたで流行りのゲイザー君だ。持っていると縁結びの効果があるらしい。


「もじゃもじゃなのに一つ目がかわいいのよねー、よし、ゲイザー君、磨きたまえ」


そう声をかけると、私は宝石を磨き始めた。


「キュッキュッとな、おう、きれいになった。うわーほんとに本物みたいだよ」


アクアマリン、トパーズ、そしてペリドット。そんな薄い色の宝石たちだった。私は満足して剣を眺めた。そしておもむろに、皮ひもにゲイザー君をくくりつけた。


「次からは汚れたらこれで拭いてもらうんだよ。ゲイザー君、お別れはさみしいけど、がんばれ!」


私が剣に話しかけると、がんばるよ、と聞こえた気がした。まさかね。


私は27歳。この夏まで正社員で勤めていたが、激務に体を壊し退職した。今はリハビリを兼ねて、短期のアルバイトをしている。今はデパートの冬のお歳暮の入力作業だ。男の人は社員の高木さんだけ。いろんな人がいるが基本楽しい職場だ。何より定時で帰れる。


それにしても、と考える。身寄りがいるわけでもないし、何のためにあのころ無理してがんばってたんだろう。まあ、働いてた分蓄えは残ってるし、一人分のんびりと稼いで生きていけばいいさ。


それにしても、誰の趣味がコスプレなのか、くすくす笑いながら一人きりのアパートに帰る。


次の日の朝、案の定剣はなかった。だよね。


しかし、帰りにはまた剣がかけてあった。いよいよ謎は深まった。さて、犯行は誰にでも可能だ。ゲイザー君、君は目撃したかね? あら? ゲイザー君の紐に、こよりのようなものが結び付けられている。


そうっとほどいてみると、牛乳パックを溶かしてすき直したような粗い紙に、にじんだ文字で「プリン」とだけ書いてあった。プリン?


「プリンをくれってこと?」


なんのことやら。こんな凝ったつくりの剣を持てる人なら、プリンくらい買えるでしょうに。


だがおもしろい。私は急いで外に出てコンビニに向かうと、「男は黙ってプリン」という名前の特大プリンを買って、コンビニの袋ごと剣に結び付けた。そして誰にも見つからないうちにさっと逃げ出した。


次の日の朝、剣はなく、そして次の日の帰り、やっぱり剣はあった。


「おや、ゲイザー君、今日は何をつけているの?」


ゲイザー君はこの日はこよりではなくおひねりのようなものを巻きつけられていた。開いてみると、それは、


「和同開珎? いや、違うわ、なんか知らない文字が書いてあるし、金色だ」


真ん中に穴が開いた硬貨だった。


「うーん、プリンのお礼かな。それにしても、凝ってるなあ」


すこし傷の付いたそれはまるで本物のようだった。


「で、紙にはと。ミルクチョコレート。具体的だなおい」


もちろん、買ってきましたとも。


それからも奇妙な物々交換は続いた。二週間ほどし、明日でアルバイトも最後という年末の26日、私はこのやり取りももう終わりかと少し寂しく思いながらこよりを開くのだった。結局、誰がコスプレ好きだったのかわからなかったのが悔しい。


「あれ、今日の宝石は大きいや。あ、指輪になってる。へえー、コスプレ、すごいねえ」


その指輪は大きすぎて、親指にしかはまらなかったが、私はちょっと愉快な気持ちになってそれを眺めた。


「石はともかく、指輪の部分が太くて、どこかの領主さまの指輪みたい。さて、今日の願いごとは?」


ふむふむ。「オレのヨメ」。コンビニに売ってたかな? 


ふおん、と剣がうなったかと思うと、私はこよりを抱えたまま違う場所にたっていた。え?


「マジで、マジでか、あんた、なあ、日本人か」

「え、ええ、そうですけど、ひっ」


そこにはひどくうす汚れた、中世の騎士風の男性が立っていた。もっとも、汚れてはいても見慣れた黒目黒髪だ。なんだ、最後についにコスプレの人に会えたというわけだ。剣をくすませてたくらいだもの、リアルを追求するタイプなのかな? でもそれならカラコンくらいしてもいいのに。


なぞは解けたぜ。さあ、帰ろう。あれ? いつの間に知らない場所に来てた?


「あの、最寄り駅までどうやって」

「駅なんかないんだ」

「え」

「ここは異世界。シェイエラドール。俺は勇者召喚されて、魔王を倒したら帰れるって言われて、10年間戦って魔王を倒した。でも帰れるってのは嘘だったんだ」

「え、そう言う設定……」

「世界は平和になったって、俺はどうなる? やけになってた時に、聖剣がこの変なマスコットを連れてきて」

「いや、それ変じゃないから」

「テキトーに食べたいもの書いたら次の日届いて」

「私が買ったんだけど」

「なんでも届くから、今一番ほしいものを書いたら」

「書いたら?」

「君が来た」

「私?」

「だから君は俺の嫁」

「はあ? ないわー」


日本人だったら誰でもいいとか、失礼すぎない? そんで自分が帰れないからって、他人を巻き込むとかサイテーじゃない?


がんばったよ、おれ。ゲイザー君がそう言ったような気がした。


そんながんばりを求めていたんじゃないよ。

しかし、とりあえずはうす汚れていた彼を磨いてからでも遅くはないだろう。


深く考えないから働きすぎになったのにな。


ヘタレな勇者の分まで召喚の補償交渉をし、辺境伯の妻として、結局働きすぎになったのは後の話。



うたたねしてたらこんな夢を見たので、まとめてみました。お気軽にどうぞ。

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[良い点] 最高です!
[良い点] 非常に読みやすい短編。 設定が凝りすぎてなくわかりやすいのも○ この短さで奥行きのある世界観がたまらない。 [気になる点] 続きを読みたくなる [一言] この感じでシリーズ化されたら楽し…
[良い点] ストラップゲイザー君、欲しい いやいやいや(苦笑) 凄く凄く面白かったですけど、聖剣君、人さらいだからね!? どこからどうみたって、犯罪だからね!?(苦笑) …時々は聖剣君の頑張り…
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