布縫いの聖人
※作中に出てくる蚕については調べた程度の知識です。悪しからず
世の中はいつだって不公平で、不平等だ。
だってほら、そうだろう。いつだって優秀な奴ほど批判ばかり多くて、なのに弱者ほど虐められる。
本当に酷いもんだよ、全く。
……というわけで。
俺は笹井勇亮。実に平凡で何の特色もない学生です。年齢は今年で17の友人といえる人物も少ない俺は、ひょんな事からある厄災に巻き込まれた。
「──故に皆さま、どうかこの国をお救いください」
はたから見れば上目遣い──なのによく見ると上から目線で告げる煌びやかな少女と、それを取り巻く複数のルックス最高な男達。え、鎧着てる?そんなの見りゃ分かる。騎士じゃないかって?知るか。
……そもそも、これは厄災だ。
突然授業中に床がぽっかりと空いたかと思えば、教室にある備品をガン無視して生徒と丁度その時間の担当教師を落としてここに辿り着いたというわけだ。
最悪だ。何が最悪って、まるで小説のテンプレのごとく話が進んでいる事についてだ。
煌びやか少女、頭の上に輝く一段と輝く装飾品から多分やんごとなき身分の令嬢、王女さま、もしくは聖女……あ、聖女ね。
そしてそれに物凄い反応を示し、人一倍先導して話を進めようとするクラスメイトの一人。あいつ名前なんだっけ。いや仕方ないだろう。だってまだ高校三年生の四月でクラス替えとか諸々で忙しかったのも終わってようやく授業も始まった頃だったのだから。
あ、ちなみに俺の誕生日は四月。さらに言えば3日前でした。祝え。
でもって、ああ、まじか。ステータス確認?テンプレ突き進みすぎて逆にむせる。
つまり、このままテンプレ進んで行くとしたら遅かれ早かれ爪弾きにされる者も一人ぐらいいるわけでして。
「何てこと……無能者がいるなんて……!」
「だよなー」
ピンポイトで狙ってくれてありがとう神様女神様。君達本当にテンプレ好きだね?
それより思わず頷いた事ではなからこうなるだろう事を予感していたと思われたのか、それとも無能者だと知っていたのに自分から告白しなかった事が気に障らなかったのか、聖女様から物凄い目で見られた。
更には俺を他のクラスメイトから隔離しだす始末。あ、これ追い出されるパターンや。小説で習った。
周囲を囲んだ騎士カッコカリの方々も俺を睨んでるし、案外小心者の俺にとっては心の安らぎ場所がない。
つらいつらいと心でめそめそ泣いていたら、再びざわりと騒めきが沸き立つ。
「ああ、無能者が二人も!」
「あらぁ、そうなの」
先生、貴女もか。
聖女の悲鳴と反例するように、歳相応ののんびりとした声が聞こえる。
家庭科の授業を担当してくれていた古風な日本女性を体現したかのような大和撫子──と、若い頃はそう謳われただろう40代女性教師、猪倉幸枝先生は、女性だからか俺の時より幾分か柔らかく連れてこられた。
あらあら、どうもありがとうと騎士達に一言礼をしつつ先生は俺の横に並び立った。しばらくステータス確認が終わるのを待つ中、俺はこそりと先生に耳打ちする。
「先生、俺達追い出されるかもしれないです」
「そうなの?まあ、どうしましょう」
そうは言いつつも、言葉のどこにも焦りは見えない。呑気なもんだと呆れながら、ふと目の前から冷めた表情の聖女様が歩いてくるのが見えた。その背後ではくすくすと笑うクラスメイトの姿が見えて、こりゃ駄目だと内心溜息をつく。
「貴方方は残念ながら無能者でした。我々が欲するのは力ある勇者のみ。ですので、申し訳ありませんが此処に貴方方の居場所はありません」
「……分かりました」
「ですがそれとは別にそこの貴女、確かサチエと言いましたね」
「ええ、私が幸枝です」
「貴女は女性です。この城で働くのでしたら、此処にいる事を特別に許可いたしましょう」
出たよ女性贔屓。いや、というよりかは女性だから強く出られる特権。大方、城の侍女になるとかいうものだろう。で、そういうのは大抵女性限定、男性拒否の世界。
つまり俺は有無を言わさず出て行けという事だ。ちょうつらい。
でもまあ、先生は一年の頃から世話になってるし、俺は一人でも平民として生きて……。
「まあ、そうなんですか。でも……そうね、折角のお誘いですがご遠慮させていただきます」
………………先生?
「な、何故ですか。此処ほど良い場所はないのですよ!」
「ええ、確かに此処はとても綺麗で過ごしやすいと思います。ですが、私は教師ですので……」
先生?なんで俺見るの?やだ視線が一斉に刺さる。ちくちくする。
「それに、他の子達はもう三年生だから一人一人支え合えます。逆に言えばこの子達は一人では途方に暮れてしまいますから……ここにいる笹井君を支えられるのは、同じように城から出される私だけです」
だから、ご遠慮させていただきます。
そう深々と頭を下げた先生はどこまで言っても教師の姿をしていて、俺にはそれがなんだかやけに眩しく見えた。
結論から言うと、先生があんなに潔く、誠心誠意お断りしたというのに腹を立てた聖女様が俺達を追放にまで発展させた。
どうやら聖女様はその美貌でこの国の王様をでれでれにしていたらしく、まさに鶴の一声で俺と先生は無理やり馬車に詰められ、辺境の村に放置された。
この辺りまではおおよそ俺の予感通りだった訳だが、ここから先は完全に俺の予想の範疇を超えていた。詰まる所、先生の突然の無双が始まったのだ。
上記でも言っていた通り、先生は家庭科の先生である。そしてこの辺境の村はとても貧相だった。
すると当然服装も長年使えばボロ切れ当然になるわけで……。
「こんな服では風邪をひくわ!」
ちくちくぬいぬいと先生の針抜いチートが始まった。……あれ、こういうのはチートっていうのだろうか
?ともかく先生は自前の裁縫キット(よくある小さい奴。先生がポケットに何十個も持っていた。何でそんなに持ってんだこの人)でボロ切れを綺麗に縫い直していく。
最初は服を脱がされ、突然針を取り出した先生に怯えていた十数人ほどの村の人たちは身につけていた薄着同然の服が再び元に近い形に戻ったことで大いに感激し、更に他のものも作れるかと皆があちこちから布らしき布を持ち込み始めた。
元々、この村は布の生産をしていたが屈強な男が年々減ってきてしまった事により段々と貧乏になってしまったという。
「なんで布を作るのに屈強な男が必要なんですか?」
「そりゃ魔物蜘蛛が狩れなくなったからだよ。あいつらはいい糸を出したのにねえ」
それを聞いた俺は、ちょっぴり喜んだ。
俺、虫、苦手なんだよね。
そんな俺の喜びを嘲笑うかのように、ある日先生が子供のように喜んで何かを手の内に捕まえてきた。
とても良いものだから!と見せて貰ったのはなんとこれまた虫、しかも何かの幼虫で青いうえにでかい。正直悲鳴をあげたが、聞けば地球にもいた蚕に近い何かではないかとの事。
ならば、と先生と俺が何日も時間をかけて幼虫を観察した結果、幼虫は昔写真で見た蚕の繭と同じように繭を作り出した。
……ただ、ちょっとそれがでかかった。
「いやでかすぎい!」
「これだとまるでボールみたいね」
綺麗に、そしてまんまるに転がったバスケットボール大の繭を前に、二人して苦笑する。
蚕もどきの繭はやはり地球と同じように糸になったので何度もほぐして真綿にしたりそのまま織り上げて滑らかな布にしたりと活用方法も増えた。
そうしてどんどんとこの村の布の良さは広まり、そろそろあの聖女様のいる国にも届く頃かなと想像してみたりもした。そしたらもしかして突撃してくるかもしれない……と不安になったりもしたが、それとは別にとんでもないのが突撃してきた。
「そなたらが、布縫いの聖人か」
あの城で見た騎士の鎧とは違う真っ白な鎧を着た騎士を引き連れて来たのは、見たことも無いような美女とイケメンだった。
嫌味かちくしょうと平凡な俺とのほほんと笑顔を絶やさない先生を前に、再びイケメンが口を開く。
「ああ、突然の訪問で申し訳ない。私は聖都イラユダより参ったリオと言う。此奴は我が妹、フレムだ」
「兄上、此奴とは酷い表現ですね」
「それ以外に何の表現がある?」
どうやらこの兄妹はいささか仲が良く無いらしい。が、先生にはどうも事情が把握できていないようで呑気に仲が良いのねと呟く。
先生、仲と言ってもこれはどう見ても犬猿の仲です。
「あの、それよりも布縫いの聖人とはどういう事で?」
「何だ、そなたら自身は知らぬのか。この村で作る布の評判はそなたらの名と共に広まっているのだぞ?」
「聞けば貴方達はぼろぼろだった布を流れるように縫い上げ、村を瞬く間に貧困から救ったと聞きます」
あ、だから布縫いの聖人……。
うんとても恥ずかしい!というか聖人って!先生がちょっとはしゃいだ結果だよこれ!俺!?俺は先生の手伝いをしただけですが!
先生はまあ、ありがとうございますとか普通に受け止めてるし、やっぱり年上の貫禄ってやつ?そこは素直に尊敬する。
「して、残念な知らせがある。この村はもうすぐ戦火に呑まれようとしている」
「ええ、まじす……本当ですか」
「ですから出来るだけ早く投降を。ここは丁度星国との国境の近くですから、ならばと少人数で来たのです」
「うーん……俺達としては戦争に巻き込まれたく無いんだけど……かといって村から離れても良いものか……」
「すぐに投降を許可してくれたならこちらが全面的に村の移住やその他諸々を保証いたしましょう。何なら資金も工面しますが」
「はい喜んで!」
資金の工面に真っ先に飛びついたが、その後で「では私が第一の顧客となりますので、毎月必ず私に服を贈りなさい」と言われた事には気付かなかった。実は彼女は俺と先生(特に俺が先生に頼んで作り上げた女性用のズボンなどに心奪われたらしい。女性でも戦闘する事を咎めない珍しい人間だと思われたそうだ)のファンで、俺を見た時実に平凡で特長もない顔だからこそ一目惚れしたそうだ。
そしてその時の言葉が遠回しのプロポーズだった事も、何年か経った後に聞いて俺は羞恥に悶える事となった。
先生は先生で、俺が資金に飛びついた横であのリオの専属着付け職人としての契約を結んでいた。流石先生ちゃっかりしてる。
そんな訳で、俺と先生、そして育て上げた蚕と村の人達と共に聖国に移り住んだ。
そういえば余談だが、この兄妹は聖国の王子と王女だったらしい。後からその話を聞いて俺は一部の村人共にひっくり返る事となってしまうのはまた別の話。
その後の話をしよう。
聖国と戦争を始めた俺達を召喚した国(こっちは王国だったそうだ)は、最初は召喚した他のクラスメイト達の力を使って最初は押していたらしいが、ある事をきっかけに段々とその勢力は崩れていった。
それは、ある一人の生徒の死だった。
その生徒は負けず嫌いで、一人で洗浄を突っ走っていた所を後ろからぐさりとやられたらしい。しかもそのやった相手が生徒を敵兵と間違えた王国の兵士だったものだから尚更たちが悪い。
すぐさま箝口令が敷かれたものの、いかんせん戦争という場では人の目が多すぎた。次は自分かもしれないと疑心暗鬼に苛まれた生徒は我先にと別々の国に逃げ出し、やがて王国に残った生徒は誰一人いなくなった。
最後まで残っていたのは、最初に人一倍正義感の強いあいつだった。噂で聞いたところ、逃げ出した生徒に対して聖女様がヒステリックを起こした瞬間を見てしまい百年の恋が覚めたとかなんとからしい。うん、猫かぶった女ほど怖いものはないよね。
そんな訳で、戦力の消えた王国はつい先月、とうとう滅びた。王族、そしてこの戦争の発端とも言われた聖女様は聖女の名を騙ったとして処刑されたらしい。
俺としてはあの聖女様、聖女様(偽)だったのかとそこだけ気にしながら、俺は先生と服を縫う。最近恋人になった彼女の為、今日も綺麗な服を縫う。
先生に綺麗な服ねと褒めてもらいながら、そのきらきらと光に輝く服を見て、俺は満足気に頷いた。
◻︎笹井雄介
無能者。主人公。
本当に何の能力も無かったけど、手先だけは器用。先生と一緒にいつかミシンを開発するかもしれない。
◻︎猪倉幸枝
無能者。サブ主人公。
家庭科教師。手先は器用で良く自前の服を作ってはよくある外で行われるフリーマーケットで売っていた。かなりのアナログで、最近の若者にはついていけないが支えてあげることは出来ると包容力を持つお母さん的な人。
無能と言われてるのにチート持ってるのはちょっと……という訳で書いた小説。小さな能力(手動)でだってきっと異世界の何かの役には立つはずなんだ。