「ジェントルメン」ショートショート
俺は素敵なジェントルマン。そう、いわゆる紳士だ。品行方正、周囲の誰から見ても真面目に気高く見えるよう振る舞うのが信条だ。姿勢を正して、ひたすら前を見る。このような場所でおふざけをするのは好きでは無い。当たり前だ。紳士たるもの時と場所を弁えなくてはいけない。TPOが大事なのだ。携帯で話したり、おしゃべりしたりするなんてもっての外だ。
甲高い着信音が会場に響く。これだ。こういうのがあるのが嫌なんだ。
「今ちょっとアレだから、また後でかけるわ~。」
アレなら出るな!っていうかアレってなんだ!なぜ携帯で喋る。何故携帯の音を鳴らす!信じられない。人間性を疑う。燃えてしまえ。マナーについて道徳の時間にならわなかったのか?そういう人間に限って自分の気に食わないことがあったら棚に上げたりする。全く持ってどっちなんだよ!
ふう。
落ち着け。個人的な怨みはどうでもよい。ただ、この時を俺は何事もなく終わらせる。それだけ。ただそれだけでいい。
「ねえ。」
唐突に紳士的な振る舞いをしている俺に話しかけてくる奴。また始まった。
「ちょっと、そこのアンタ。」
やめてくれ。今は何事もなく過ごさせてくれ。
「ねえってば。アンタよ、アンタ。なんで無視するの?」
だから何故、今、俺に、話しかけてくる。場をわきまえろ!いっつもこうだ。俺はなんにも悪いことしてないのに、ぺちゃくちゃおしゃべりしてるように見られ、いや~な視線を浴びせられるのだ。そんなに話しかけやすいのか俺は!?ナンパならまだしも。人生でモテたことなんて一度も無いのに…。
「ねえ~。」
五月蠅い。こういう手勢は無視するに限る。シカトだ。し・か・と。
「ねえってば」
「五月蠅い。」
アッ。思わず声を出してしまった。
「もう聞こえてないのかとおもった。」
「五月蠅いっていってるじゃないすか。」
ってほら俺が白い目で見られてるー。別に悪くないのに見られてるー!もう嫌だ。…でも俺はマナーを重視する男。ジェントルメン。落ち着け。途中退席なんてみっともないこと、絶対にしない。
「だからさ。私の話を聞いてよ。」
なんでだよ~。なんで見ず知らずのあんたの話を聞かなきゃいけないんだよ~。今、俺がこの場所にいるのだって付き合いみたいなもんなんだし。もう勘弁してくれー。
「ねえってばさ。」
今じゃなきゃダメなのか?なぜ今なんだ。別に今じゃなくていいだろ。そんなに話たきゃ、どっかの街頭で演説してればいいだろ!独りで!
…。目が合ってしまった…。
よくよく見たら、ちょっとかわいいじゃないか。かわいいというより綺麗な方だ。昭和の黒髪美人てな感じ。ハッキリ言ってタイプだ。むちゃくちゃタイプだ!こんな美人の頼みごとを断るのはジェントルメンではない。小さな声なら他の方の迷惑にはなるまい。
「なんですか?」
「もう、やっと答えてくれた。」
「手短にお願いします。変な目で見られてしまいますから。」
「あのね、悪いんだけどうちの兄弟に仲良くしてって伝えておいて。」
「は?」
「だってあの人たち見えないんだもん。」
いつもこうだ。「通夜」の時、その「ヒト」達は俺に話しかけてくる。「その人たちを見ることができるに人間に」いつも言伝を頼まれる。自分達が一番綺麗だった時の姿で。
―伝えきれなかった想いを―
「ほんと詐欺っすよね。」
「何がよ?」
「遺影と全然違うじゃないっすか。」
檀上に飾られた在りし日の面影と、目の前にいる淑女とを見比べて俺は言った。
「だって今の姿は五十年前の姿になってるしね。写真はさすがにそんな前の使えないでしょ。」
と、その美人はハニカミながら俺に言う。
「そっすね。」
「じゃ、さっきの頼んだわよ。」
「ま、機会があれば。」
俺は今までモテたことはない。生きた人間には。でも俺はジェントルマン。困った「ヒト」がいたら助けてあげる。