冬のある日-4
御山は社殿の掃き清めと境内の見回りに外に出ていた。台所では琥珀と喜和子がゆっくり珈琲を飲んでいる。
襖を隔てた居間の方から、ゆっくりシャム猫が歩いて来た。
「あら、降りて来ていたのね。朝ご飯食べましょうね」
咄嗟に席を立って喜和子は戸棚の猫缶を取り出している。
「みさえさんは、ここんとこずっと道旗さんと寝ているんですか?」
ご飯を貰えると判ったシャム猫のみさえさんは、そのなだらかな身体を喜和子の足に摩り寄せていた。
「そうみたいねぇ、みさえさんは誰とも寝床を共にしたがらないけど、靖彦くんだけは特別みたいね」
カキンと猫缶のプルタブが弾ける音がした--と同時に、玄関のチャイムが鳴る。
ピンポーン
「あら?」
喜和子と琥珀は顔を見合わせた。それから目線は時計にいく。
「宅配便かしら?」
足元ではみさえさんが、飯をねだっていた。
「しょうがないわねぇ、琥珀くん悪いけど出てくれる?」
「はい」
テーブルの上に珈琲カップを置くと、琥珀はいそいそと玄関に出向いた。台所から廊下にでて玄関の方を見るなりギョッとする。
玄関に男がいた。
かなりの長身の男で、中折れ帽を深く被っている。厚手のマフラーに顔の半分は埋もれ、コートの袖から見える両手には手袋が見えた。
「あ、あの?」
ここの界隈ではあまり居ない風貌の男に琥珀はたじろんだ。そもそもチャイムを鳴らすなり、まさか男が玄関に入って来て仁王立ちしているとは思ってもいなかったのだ。
「すみませんね、外は寒くて寒くて居ても立ってもいられませんでした」
物々しい風貌からはあまり想像がつかない、高めの声で男は帽子を脱いだ。
やや彫りの深い顔立ちで、癖毛の目立つ黒髪の男がにんまり笑った。
「来るのは明日じゃなかったのかい」
後ろから声がして琥珀が振り返ると、まだ眠気の覚めない顔立ちの道旗が立っていた。
「It Surprise」
滑らかな外国語が琥珀の耳に届いた。
長身に彫りの深い顔立ち、そしてここ界隈ではあまり見ない紳士的な服装。
なるほど、見事な外国人だ。
「ボグダン、それはサプライズじゃなくて迷惑というものだよ」
道旗らしからぬ、低い声色で彼は玄関で肩をすくめる長身の男を見据えた。ボグダンという名前の男は、そんな道旗の少々不機嫌な様子を気にする様子もなく、はははと陽気に笑う。
「昨日の夕方にはオーストラリアにいたからね、日本は寒いよとても。雪はすごく綺麗だけどね」
上がらせてくれないか? と続くボグダンに道旗が見て取れるため息を大きくついた。
「あら? あなたは」
台所から顔を覗かせたのは喜和子だった。
「キワコー、久しぶりです。お変わりありませんか?」
「あら、ボグちゃん! あらあらあらあら」
そこから、しばらく会っていなかった孫と祖母が再会したような、朗らかなやり取りが行われると、境内の見回りを終えて来た御山が、これまた喜和子と全く同じ調子でボグダンを迎えた。おまけに人見知りのするみさえさんまでもボグダンの足に身を摩りつけるという。御山家大歓迎の外国人は、あっさりと御山家の居間に馴染んでいた。
先ほどまでのやりとりを踏まえてみると、どうやらこの男は道旗の友人らしい。そして御山夫妻とも仲がよいし、シャム猫のみさえさんさえこの男に懐いている。
それなのに、琥珀は彼の事を知らない。
居間に通され、暖かいコタツに入り込んでいるボグダンと御山夫妻の和気藹々とした様子を、台所からじめっとした目線で見ているのは何も琥珀だけではなかった。
道旗もまた、あまり浮かない顔で居間の三人を眺めている。