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想う人ー6

 

 次の日。

 琥珀とボグダンは道旗の病室でバレッタの顛末を説明した。

 依頼人のボグダンに話をしてくれたら、自分には細かい説明はしなくてもいいと道旗は言っていた。だが、二人はそうはしなかった。

 ボグダンにとっては道旗は愛すべき親友であり、琥珀にとっては愛すべき相棒でもあり恩人でもあるのだ。

 

 バレッタの持つ一番新しい記憶は、道旗の父親に宛てられた育ての親の愛情だった。

 それが辿った先にあったものは、伯爵家の地下室に産まれ、生きながら亡き者にされていた少女への、乳母の愛情だった。

「そうか」

 二人の話を聞き終えた道旗の言葉は短いものだった。

「血の繋がっていない親子でも、愛情や想いは血縁以上のものだったんだよね」

 ボグダンはポケットからハンカチを取り出した。

 道旗の膝の上にそれを広げる。銀色のバレッタがそこにはあった。

 一度しか逢ったことのない血の繋がりのない祖母。

 道旗は確かに、その人の顔を覚えている。

 父が怒った顔をして、母は涙を溜めていた。肩を抱き合うように家から飛び出し、幼かった道旗を引っ掻き抱くようにして車に飛び乗った。

 その時の、表情は硬いままだったが目元に悲しみがあった祖母の青白い顔が--。

 道旗はやはり忘れられない。

 その祖母がその後どうなったか、いつ亡くなったのか全く知る由もなかったのだ。

 道旗の母親の再離婚が繰り返されるたびに、新たな祖父母ができ、他人に戻るのを当然のようにやり過ごしてきていたのだから。

 しかし道旗にとって、やはり最初の祖父母、とりわけ祖母はいつまで経っても記憶の中に居る唯一の祖母だった。 

 その彼女がボグダンの祖母と姉妹だったという偶然があって。彼女の持ち物であったバレッタが死後、形見として実の妹に渡り、妹の孫であるボグダンに行き着いた。

 それが偶然だったのか、必然だったのか。

 道旗はしばらく膝の上に置かれたバレッタを眺めていた。やがて静かに手を伸ばすと、それにゆっくり触れる。持ち上げて片方の手のひらにそれを置いた。

「道旗さんのお父さんに、お祖母さんの気持ち、伝わってたんですかね」

 琥珀は肩を落として呟いた。

「父親がそういうのが視えたりする体質の人だというのは、確かに聞いた事があった。だけどそれはジョークだと思っていたよ」

 

 お父さんはね、怖いものが視えるんだよ。

 でも、いい子にしてたら怖いものは視えないよ。


「……ジョークだと思っていたよ」

 バレッタを静かに握りしめる。

「だけどね、祖母の想いは伝わっていたんじゃないかと思う」

 

 もしお前にもそれが視えても、いい子にさえしていれば良いものしか視えないよ。


「確信はないけれど、ね」

 そう言ってから道旗は握りしめた拳を琥珀に突き出した。

「いにしえから伝わるこのバレッタの想いを、今度は君に繋げよう」

「え?」

「それは良い案だね。まさに今の琥珀君には絶大なお守りになるよ」

 両手を挙げてボグダンは大賛成をした。

「え、だってこれはボグダンさんのお祖母さんの形見みたいな……」

「うちのばあちゃんまだ生きてるって言ったでしょ。それに、ばあちゃんいらないって言ってたんだし」

「でも、お祖母さんのお姉さんの形見なんですよね」

「形見の中の一つ、って程度だよ」

 未亡人となった晩年の姉の財産処理をしたのは、妹であるボグダンの祖母だったそうだ。家屋や家具など大きな荷物は現地で処分し、思い入れのあるものだけを自宅に引き取ったのだが、それが思いの外多かった。バレッタの一つぐらい、孫に渡したとしても減るものでもない。

 そのバレッタ自体が祖母の元を離れ、ボグダンの手元に着いたのはやはり運命だったと言っても良いのかもしれない。

 少なくとも、ボグダンはそう直感していた。

 だから、このバレッタは道旗に渡そうと思っていたのだ。一番新しいバレッタの持つ想いが、道旗の父親に宛てたものだとしたら。彼がバレッタを父親の墓に手向けるのを期待して、ボグダンはバレッタを道旗に託そうとした。

 だが、道旗はバレッタを琥珀に手渡した。

 それを見てボグダンはハッとしたのだ。バレッタが持っていた記憶の意味を探ると、今この時をもって琥珀の手元に渡るのが最善だと確信した。

 この悩める少年に。 


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