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想う人ー5


「それはヤースーのお父さんの記憶じゃないのか」

 視えた断片を琥珀の口から順番に聞いていたボグダンが、突然大きな声を挙げた。

「その少年は両親が亡くなったと言っていたんだよね」

 身を乗り出してボグダンは琥珀に問い詰めた。

「そうです」

「つまり養子に貰われた先の出来事を、バレッタが記憶していたという事だと考えると」

 自問するようにボグダンは繰り返す。

「しかし、どうしてですか」

 琥珀は目を伏せて考えた。

「最初に視えた記憶はエディタという少女や乳母だったんですよ」

「その次はどうだった?」

 問われて琥珀は答えた。

「ボグダンさんのお祖母さんと、道旗さんの義理のお祖母さんの若い頃です。バレッタを貰っていいかと聞いていた場面でした」

「そうだったよね」

「それから、少年が出てきて」

 ふと、琥珀はボグダンを見た。

「うん、その少年は一見どこの国の人っぽかった?」

「アジア系、でしょうか。母親という女性とは全く似ていません。記憶の中でも血の繋がりのない家族だというイメージははっきりしています」

 確かに、記憶の中の親子は似ても似つかなかった。仮に記憶の中で母子に血の繋がりがないという情報が出なくても、明らかに二人の違いは明確だった。それくらい記憶の中に出て来た少年には欧米の血が混じったわずかな特徴も感じられなかったと琥珀は思う。

 仮に父親がアジア系だとしてもだ。記憶の中に僅かに残ったイメージは、白髪に近いでっぷりとした大柄の、黒衣を着込んだ男の後ろ姿が視えた。牧師をしている父親というのは、アジア人ではないだろうと。

「少年の父親は牧師だと言ってたね。それだったら、間違いなくその少年はヤースーのお父さんだ」

 テーブルに置いたバレッタにボグダンは愛おしげな目線を送った。

「でもどうして、エディタの時代だったりお祖母さんの時代だったり、道旗さんのお父さんの時代だったり色々な時代が視えたんでしょうか」

 普段は物が持つ重要な部分を重点に大まかに視えていた。今回のように時代を越えて幾つかの時代の記憶が、これほどまでに鮮明に視えた事はない。

 琥珀は戸惑うように唸っていたが、ボグダンは閉じられていた扉が開いたように、表情は明るかった。

(依頼人が納得できればそれでいいのだけど、な)

 自身のうやむやな心境は傍に置いて、琥珀は一度目を閉じた。

「琥珀くん」

 名前を呼ばれて慌てて目を開ける。

「君がなぜ三つの時代に触れたのか悩んでいるんだろう」

 図星を突かれて琥珀は息を飲み込んだ。

「……はい」

 反射的に返事をする。

「それはね、おそらくね。君の耳に残っているバレッタの声があるだろう」

「声?」

 問われて琥珀は気がついた。


『大丈夫よ、あなたは何一つ私たちと変わりはない』


 脳の片隅にその言葉は残っている。

 不思議な事だった。

 自分の抱えている、哀れで物悲しいと流れ出る感情の、土留めになっていくような言葉の並び--それは琥珀の心にも静かに据え置かれた。 

 皆んなとは違う自分。拒絶される自分。受け入れてもらえない自分。琥珀がずっと抱えてきた数多の負の感情を。


「日本には『言霊』というのがあるんだよね。まさにそれはそういう事なのかもしれない」

 ボグダンは静かに琥珀を見つめた。

「そういう事っていうのは?」

「バレッタが持っていた記憶が伝えたかったのは、遠い昔のそのお嬢さんの乳母の想いが時を超えて、同じような境遇の人たちに響いた。少し特異体質を持つ人に対して、何一つ私たちと変わりはないという事と、そう思って欲しいという願い」

 そうだったらなんてロマンチックなんだと、ボグダンは満足げに自分の言葉に酔っている。

「乳母の想い……物がそんな長期に渡って、そんな事って」

「そんな事って、君が言ったらおかしな話じゃないか。こんな仕事をしていて」

 朗らかに笑ってボグダンは琥珀の肩を叩いた。優しく、しかし親しげに。

「不可思議なことは、不可思議なことでいいじゃないか。それに、君にも響いただろう?」

 前のめりに近づいたボグダンの顔が、琥珀の目前にある。

 色素の薄いその澄んだ瞳に、思わず魅入られるように琥珀は身体が動かなかった。

「ちょっとごめんね」

 ものすごく至近距離でボグダンの甘い声が聞こえた。

 すん、と僅かに鼻の先が触れ合う。

 以前にもこれと同じことがあったのを琥珀は思い出した。

「ほら、琥珀くんにもちゃんと響いているじゃあないか」

 顔を離したボグダンはにこやかに微笑んだ。

「今のは記憶の共有、ですか」

 確かに、そうそう誰彼とできる行為ではないなと琥珀は脱力した。

  


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