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冬のある日−2

 ※ 


「うぅ、どうも寒いのはいかんな」

 洗面所から台所に入って来た御山みやまは、妻の喜和子きわこに挨拶がてら朝一番の愚痴を言う。

「今日は雪が降るような話でしたわよ」

 防寒着で着膨れした喜和子は、のんびりとした口調で味噌汁の具合をみている。

 寒々と冷えきった室内に、ゆるりとした暖まりを拵えたストーブが静かに動いていた。

「お前も随分着込んでいるが、私も人のことが言えなくなったな」

 ストーブの前に待機している靴下を履きながら、ふと御山は時計を見た。

「ああ、そうか。靖彦やすひこ琥珀こはくくんは昨夜遅かったのだな」

 琥珀はもとい、道旗が朝食の席に顔を揃えていないのは珍しい事だ。

「ええ、夜中の三時くらいの帰宅だったかしら」

「その分だと二次会と三次会も盛り上がったという具合だろうな」

 よっこらせと立ち上がった御山は、いつものテーブルの上に朝食が並んでいないのに気がついた。

「ほら、今日はコタツで朝ご飯を食べましょう」

 居間の方を見やると、既に焼き魚とおひたしが湯気を上げて二人分揃って並んでいる。

「ほう」

 にわかに御山の顔に明るさが見えた。

「それもいいもんだな」

「こんなに冷え込むなんて思ってもいなかったものですから、ストーブも今さっき出したばっかりで部屋の中がまだ寒いでしょ」

 喜和子が朝食の準備に起床したのが一時間前だとしても、なるほど今朝は最もな冷え込みだったのだろう。部屋の隅々に追いやられた空気が、ひんやりと湿気を伴った冷たさを含んでいた。

 肩を大きく揺すって一度身震いをした御山はそそくさとコタツに入り込んだ。

「うむ、いいものだな」

 休日の朝らしい、と御山は唸った。そしてコタツの中に両腕を肩まで突っ込んでふと思案した後、味噌汁を運んで来た喜和子の顔をじっと見た。

「どうしたんです?」

「あいつはどこだ?」

「ああ、それでしたら靖彦くんの部屋ですよ」

「そういう時期か」

「そうですねぇ」


 ※


 社務所兼用の御山家の住宅は、二階が道旗と琥珀のスペースになっていた。道旗の部屋の向かい側は琥珀の部屋になっている。階下から階段を登ると、そのまま廊下があってて、その廊下を挟んで左右に部屋が割当られていた。


 対面の部屋のドアが開閉する音が聞こえて来た。琥珀が目覚めたのだろう。階段を下りる音が遠ざかると、道旗の意識も徐々に戻って来て、浅い眠りから覚めようとしていた。

 ふいに、ざりっと荒い舌で頬を舐められる。

「うーん、痛いだろう」

 囁くように言うと、道旗のぬくもりですっかり暖かくなった毛並みを、ふるふるとさせたシャム猫が「にゃー」と返事をした。

 それから満足に伸びをし、後腐れない顔で道旗のベッドを出て行く。

 猫とは器用な生き物で、ドアの開け方は朝飯前だ。

 ただ、閉めるという概念はないようで、開いたドアの隙間から廊下の寒風がさめざめと室内に流れ込んでくる。

 思わず身震いをして道旗は、ベッドサイドに置いている眼鏡をかけて厚手のカーディガンを羽織った。

 ふとデスクの上に目をやると、スリープ状態のパソコンの電源ランプが緑色なのが目に入った。パソコンの電源も消さずに寝ていたのか、と昨夜の賑やかな結婚式を思い出す。

 夏に依頼のあった如月きさらぎという男の結婚式だった。依頼の件が終った後、如月はこの神社に恋人同伴で顔を出し、自分の恋人の妊娠と正式な婚約発表をしていった。

 披露宴はそれほど盛大なものではなかったが、鮮やかで美しいものだった。なにより、如月とは血の繋がらない祖母の幸せそうな笑みが、一番心に沁みた。

 善い日だった。

 とても善い日だったと思う。


 銀色の髪を上品にまとめあげた、細面の老婆を思い出した。

 自分の父方の祖母だ。

 道旗の父は若いうちから育ての家を出て、家族と離れて暮らしていたゆえに、道旗が祖父母と出逢ったのは最初で最期の一度きりだった。

 とりわけ祖母の印象が強い。

 彫りの深い顔立ちに刻まれた皺。青白い肌の色素の薄い灰色の瞳をした祖母。

 胸に下げた銀色のアクセサリーのような物が、それ自体は鈍い色ではあったが、何故か鮮明に幼い道旗の網膜に焼き付いている。

 そして、彼女の笑んだ顔を−−道旗は覚えていない。

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