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第31章(2)

第31章(2) ライバート・ジェシー・カイトウ名誉市長

 貴族院議長のケイスウェイン伯爵から、貴族院の特別会議への出席を求める正式な書状が届いた。

 わたしは金の縁取りの入った重厚な体裁の書面を、困惑して見下ろした。

 貴族院がいったいわたしになんの用だろう。それに、開催場所が「市警本部ビル五十階大会議室」というのも妙だ。たしかに、《無血革命》の日に貴族院の議事堂は民衆の焼き打ちに遭って半焼し、現在使用できる状態ではないと聞いているが。わざわざ市警本部ビルなんか使わなくても、他に居心地の良い(貴族好みの豪奢な)会場が市内にいくらでもあるはずだ。

 会議の日、市警本部へ向かう車の中で、

「それはきっと、九十六名の貴族院議員が現在も留置場に入れられているせいだろう。特別会議の定足数は全議員の五分の四だ……つまり二百一人の議員が出席しなければ会議は有効に成立しない。拘留中の議員も出席させないと定足数には満たないんだよ」

と、コンラッドがわたしの疑問に明確な答えを与えてくれた。

 貴族院から出席要請があったのはわたし一人だったが、わたしはすべての重要な案件につきコンラッドの意見を仰ぐことにしているので、今日も彼に同行を頼んだのだ。

「留置場に入っている議員を引っぱり出してまで特別会議を開くとは。よっぽどの大事なんだろうな」

 わたしはつぶやいた。コンラッドはうなずいた。

「憲法上、貴族院の特別会議でなければ可決できないとされているのは、王国憲法の改正と、王国軍の結成および解散に係る事項だ。今日の議題がそのどちらかはわからないが、どちらにしても重大だぞ」

「いきなり憲法改正なんて、あり得るのか? そういうのはもっと、あれこれ審議を重ねて、時間をかけてやるものじゃないのか?」

「その通りだ。そして《革命》直前の貴族院は混乱をきわめていたから、そのような慎重な審議を行っていたとは思えない。……しかし、貴族院の混乱がまだ続いているとすれば……何が飛び出してくるか予想もつかないぞ、ライバート。われわれも気を引き締めて臨まなければ」

 わたしたちは車を降り、市警本部に入った。わたしは何度も足を運んだことがあるから知っているが、このビルは、ひっきりなしに市民が出入りする四階以下のフロアや、留置場や取調室などがあるフロアを除けば、普通の行政官庁と変わらない、いかにも『お役所』らしいしずかで無機質なたたずまいを備えている。

 五十階でエレベータを降りると、そこは会議室ばかりのフロアらしく、白いまっすぐな廊下の左右に灰色の扉が並んでいた。絵に描いたような官庁ビルの光景だった。

 ひとつの扉の前に、ものものしい装備の警官が四人ほど立っている。

 たぶんそこが特別会議の議場だろうと見当をつけ、わたしは歩き始めた――拘留中の容疑者が九十六人も出席する会議なのだから、見張りの警官がつくのは当然だ。

 近づくにつれて、警官たちの向こうにアンドレアが立ち、まっすぐこちらをみつめているのが視野に入ってきた。

 それほど大柄ではないが、背筋の伸びた、揺るぎない権威に満ちた姿。

 その姿に、わたしの頬が反射的にゆるんだ。

「元気そうだな、アンドレア。安心したよ」

 アンドレアはいつものアンドレアだった。つまり、ひややかで辛辣で横暴だった。

「今日出席を要請されているのは、あんただけのはずだ。どうしてこんなやつを連れて来た?」

 こんなやつというのはコンラッドのことだ。

 わたしは抗議しようと努めた。

「そんな言い方はないだろう。彼はれっきとした暫定政府の主席行政官で……」

「まさか、このぼくに向かって、その付け焼き刃の権威をふりかざすつもりじゃないだろうな?」

 アンドレアがちらりと冷たい笑いを浮かべ、凶悪な視線をコンラッドに移した。

「コンラッド・テイスペス。王国裁判所の判例に従い、《革命》当日のクテシフォン市内でのすべての行為の違法性が阻却されるので、あんたものうのうと自由の身でいられるが……あんたが武装集団を率いて市議会を占拠し、市民を人質にとったことを、ぼくは忘れるつもりはない。ぼくの目から見れば、あんたはただの犯罪者だ。十分な口実さえあれば、いつでもあんたを射殺してやる。気安くぼくの前に顔を出さないことだな」

 ――その凄絶な殺気に満ちた笑みさえいとおしいと思えてしまうのは、まちがいなく親バカというやつだろう。

 わたしの隣で、コンラッドが目に見えてひるんだ。

 アンドレアが彼から視線を外さずに続けた。

「このビルの五十階は関係者以外立ち入り禁止だ。貴族会への出席要請を受けていないあんたがここにいることは不法侵入となる。……五秒の猶予をやるよ、テイスペス。不法侵入者としてあんたを射殺する前に」

 その言葉をきっかけに、警官たちがいっせいに動き、アンドレアから距離をとった。上官の突発的な発砲に慣れている態度だ。

 コンラッドが身を翻し、エレベータへ向かって駆け戻り始めた。

「すまない、ライバート。私は失礼した方がよさそうだ」

という切迫した囁き声を、捨てせりふのように残して。

 彼を呑み込んだエレベータの扉が閉じる音を背後に聞きながら、わたしは殺風景な廊下で立ちつくした。頼りになる相方のいなくなったわたしは、まるで裸の王様だ。知識と経験の不足を、ハッタリと幸運だけで補わなければならない。

「……何か、コンラッドを追い払わなければならない理由があるのか、アンドレア。この突然の特別会議招集は、おまえの差し金だろう? そうでなければこんな形で貴族院が開催されるはずがない」

 覚悟を決めてわたしが尋ねると、アンドレアは肩をすくめた。

「貴族の一部勢力と市警とは現在、良好な協力関係にある。頼めばいつでも貴族院会議を招集してもらえる程度にはな」

「それは、言い換えると、『何か弱みを握って脅している』という意味か」

市警(ここ)ではそういうのを『良好な協力関係』と呼んでるよ」

「……何を考えてる? 貴族院を開催させて、どうするつもりだ?」

 会議室の中から、古くからの慣行に従って、開会五分前を知らせるハンドベルの澄んだ音色が聞こえてきた。議長だか書記官だかが、わざわざここまでベルを持参したらしい。

 アンドレアはわたしに、中へ入るよう手ぶりで示した。

「今日のあんたの役割は純然たるオブザーバーだ。ただ黙って、成り行きを見守っていればいい」

 扉の中は三百人程度を収容できそうな広い会議室だった。広いことを除けばなんの変哲もない、どの官庁にでもありそうな平凡で事務的な会議室だ。ライトグレイで統一されたカーペットと壁。完璧な等間隔に並べられた三人掛けの机。窓のシャッターはすべて下ろされているが、高い天井に配置されたLEからの照明は、長時間ディスプレイや書類を眺めていても疲れない明るさに程よく調光されている。

 座席の七割程度を埋めつくしているのは、まぎれもなく、貴族たちだった。

 貴族院議長のケイスウェイン伯爵。宮内庁長官のケレンスキー公爵に、副長官のベイツ公爵。――顔見知りの姿もちらほらとあったが、もし身分を知らなかったとしても、この場にいる全員が貴族であることは一目瞭然だ。

 金のかかった服装。手入れの行き届いた指先。空気を満たしている高価なオーデコロンの香り。しかし何よりも特徴的なのは、何世代にもわたって特権を与えられてきた家系に特有の、きわだって上品で尊大な風貌だ。長年社会の上層に君臨していると、権力が遺伝子にまで染みついてしまうのか。

 わたしは会議室のいちばん後方に席を与えられた。

 まもなく議長が形式通りに開会を宣言し、特別会議が始まった。

「私が今回提案するのは、王国憲法の改正です」

 発言者であるケレンスキー公爵の顔が、前方のディスプレイのひとつに大写しになった。

 わたしが社交界の集まりなどで知っているケレンスキー公爵は、機知に富みユーモアを忘れない陽気な紳士だったが。今、会議室内に響いている公爵の声は、別人ではないかと思えるほど覇気がない。

「国内の全自由都市の代表によって構成される『下院』を、パールシー王国の新たな立法機関として設置すること。そして、従来の貴族院を『上院』と改名し、パールシー王国を上院・下院から成る二院制とすることを提案します。それに伴い、議院とクテシフォン執行部との関係も変化するので、事前資料で説明している通り、現行の憲法の条文十二か条の修正と、四か条の条文の新設が必要となります。……私のこの提案に対し、本議会の採決を仰ぎたい」

「……!」

 わたしは仰天した。王国の根幹を揺るがすような、とてつもない大改革だ。考えようによっては《無血革命》よりも革命的かもしれない――《無血革命》はクテシフォン市内のみの問題だが、この憲法の改正は、王国全土に激震を起こす。

 パールシー王国の国政は、建国以来一貫して王侯貴族が動かしてきた。

 国政に自由都市の意向を反映させるなど、王国の伝統を百八十度転換するものだ。

 もちろん国内の各自由都市はこの改革を大歓迎するだろうが――由緒正しき大貴族のケレンスキー公爵がそのような改革を提案するなどとは、この耳で聞いても信じられない。

 公爵の発言に対し、他の貴族たちはなんの反応も示さなかった。どんよりした重い沈黙が室内を満たしていた。

 この無反応はどう見ても異常だった。本来なら、驚きや怒りやらで、場内が騒然となってもおかしくない発言のはずだ。貴族たちはあらかじめこの議題の内容を資料で知らされているから、今さら驚くには値しないということなのか?

 しずかな室内に、ケレンスキー公爵の力のない声が響き続ける。

「また、諸氏もご承知の通り、現在クテシフォン市が王国政府の運営予算の支出を停止しているので、王国政府は、預貯金などの資産を取り崩して運営されているのが現状です。このような運営は長くは続きません。王国政府の運営費をだれが負担するのか、という問題を早急に決定しなければなりません。また、二院制という新たな体制下での王国政府のあり方についても、広く意見を募って議論する必要があると考えます。そこで私は、『政治改革人民会議』の開催を提案します。国内のすべての貴族領と自由都市の代表者によって構成される、今後の王国政府の形を決定するための会議です。詳細は、事前資料に書いてある通りです」

 あいかわらず室内はしーんとしている。二百人近い人が在室しているとは思えないほどの静けさだ。

 ケレンスキー公爵の発言が終わっても、だれ一人、次の発言を求めようとはしなかった。半数近くの議員たちは卓上の書類か何かを読むふりをしており、残りの議員たちはぼんやりと視線を宙にさまよわせたり、目を閉じたりしていた。全員に共通しているのは暗い表情だ。その表情は『無関心』というよりはむしろ『無力感』『あきらめ』に近いものに見える。

 長い沈黙の後で、

「それではケレンスキー議員の提案に対する採決を……」

と議長が言い始めたとき、若々しい鋭い声が場内の空気を切り裂いた。

「ちょっと! ちょっと待ってください。こんなことが本当に許されるんですか!?」

 会議室の真ん中あたりで、太った赤毛の男が立ち上がっていた。

 カメラがすかさずその動きに反応し、男の顔がディスプレイに大写しになった。

 三十歳そこそこの、肉づきの良い頬を持つ男だ。大きな鷲鼻が特徴的で、それがヒントになってわたしは彼を思い出した。たしか、数か月前に亡くなったベリアル大侯爵の四男で、骨肉のお家騒動の末に大侯爵家を継いだばかりの男だ(鼻の形が亡き大侯爵にそっくりだ)。ファーストネームは忘れてしまったが。爵位と同時に、貴族院議員の地位も引き継いだのだろう。

「ケレンスキー議員。あなたが今回の提案をするに至った、その……『経緯』については噂を聞いていますが。あまりにも非常識に過ぎる。あなたの提案は、国政を庶民に明け渡すということなんですよ? それはわれわれ貴族の地位の失墜と国内の大混乱を意味します。あなたは、四百年にわたって安泰だったわが国の体制を根本から作り変えようとしているのです。そのことをきちんと理解しておられますか?」

「そ……そんなことは、きみに言われなくてもわかっている。私だって好きでこんな提案をしているわけではないのだ。どうしてもやむを得ない事情があって……」

 ケレンスキー公爵の声が激しい感情で乱れた。

 若きベリアル大侯爵は、さらに大きな声を張り上げた。室内を見渡し、

「皆さんも。こんな無法を黙って見過ごすつもりですか。従うつもりですか。われわれが伝統的に享受してきた正統な権威を、戦わずして放棄するつもりですか。……パールシー王国の栄誉ある貴族として恥ずかしくないのですか。たかが一平民に、意のままにされて」

 ようやく、室内にざわめきが起こり始めた。貴族たちが動き、さざめき、声を上げた。わたしの耳は「よしたまえ、ベリアル君」「それぐらいにしておきたまえ」という制止の言葉を拾い上げた。

 だが、それらの制止はベリアル公の耳には届かなかったようだ。彼は昂然と顎を持ち上げ、よく通る声で言い切った。

「私は、きみに言っているんだ、カイトウ署長。そのドアの外にいるんだろう? ちゃんとわかっているぞ。……何様のつもりだ。身分をわきまえろ。われわれ貴族にこのように指図して、国を根底から作り変えるような資格が、きみにあるとでも思っているのか。大勢の国民の運命を左右する資格が、きみにあるのか。たかが一平民の分際で、思い上がりもはなはだしい。いくら警察権をもって九十名の貴族を拘束しているからと言って、きみに政治を自由に動かす権限があるわけではない……!」

 わたしの注意を引いたのは、ベリアル公以外の貴族たちのあわてぶりだった。皆が顔色を変えていた。「やめろ! 頼むからやめてくれ!」と血相を変えてベリアル公を止めようとしている者もいる。先ほどまでの不自然なまでの無反応ぶりとは対照的だ。

 会議室のドアが開いて、アンドレアが入ってきた。

 そのとたん、声にならない悲鳴が室内を満たした。

 室内の全員をとらえた激しい恐怖は、手で触れられるのではないかと感じるほどはっきりしていた。数名が、聞こえるぐらい大きく息を呑んだ。数名が、頭を抱えてデスクに突っ伏し、震え始めた。威勢のよかった若きベリアル公でさえ口をつぐんだ。

 貴族たちをこんなにも怯えさせるなんて――いったい何をやらかしたんだ、アンドレア?

 貴族院の会議で発言するために本来なら必要となるはずの手続をすべて省き、アンドレアはいきなり演台に立って話し始めた。議長から制止されることはないだろうと確信している態度で。

「ぼくには国民の運命を左右する資格なんてありません……貴族と名のつく家にたまたま生まれたという理由だけで、国民の運命を決める資格があなた方にないのと同じことだ。他人の運命を左右する『資格』なんて、だれにもない。ぼくはただ、自分が正しいと思う事を実行するだけです。

 ベリアル大侯爵。婉曲な言い方ではあなたに通じていないようだから、はっきり言いましょう。パールシー王国の国政に、自由都市の意見が反映されるような仕組みが実現されない限り、ぼくは真実を国民に公表します。……亡きエヴァンジェリン殿下がシャルル・ド・メフィレシアの手を借りて国王陛下の暗殺を試み、システィーン殿下にも毒を盛っていたという事実を。その事実を疑問の余地なく立証できるだけの証拠も揃っているんだ。……反王政の機運が各自由都市で高まるでしょう。そうでなくても当クテシフォン市での《無血革命》の後で国内状況が不安定なところへ、こんな情報を公開すれば、まちがいなくパールシー王国は空中分解します。そうなれば、もう『貴族』も『伝統』も無意味です」

 とんでもない発言に、わたしは仰天した。

 恐怖のあまりのすすり泣きが室内に響き始めていた。ベリアル公は顔をひきつらせながらも、なおも頑張った。

「脅迫しようというのか。警察がそんなことをしていいと思っているのか」

「あいにく、ぼくはその手の批判は浴び慣れているので、今さらそんなことを言われてもなんとも思いませんね」

 アンドレアの態度は平然この上なかった。

「組織犯罪取締法に基づく長期間の拘留が、法令の拡大解釈であって違法だと主張し、釈放を求める行政訴訟を起こしておられる方もいるようだが。そのような訴訟は身のためにならないと警告しておきます。……エヴァンジェリン殿下の転落事故と、ギュスターブ・ド・メフィレシア公爵の屋敷での火災に、カルロス・フリードマンという男が関与していると考えられています。メフィレシア公爵邸の執事だった男です。先日そのフリードマンが、宮内庁の前副長官のボルカン公爵の別宅に潜伏しているのが発見されました。ボルカン公爵は、エヴァンジェリン殿下とメフィレシア公爵を死に至らしめた疑いのある男を、かくまっていたわけです。そのことは、組織犯罪取締法に基づき、ボルカン公爵と親しい関係にある人間を拘留し続ける十分な根拠となります。かつてメフィレシア公爵の下、宮内庁の中核を占めていた《王党派》と呼ばれる貴族の皆さんです。……拘留の有効性を法廷で争ったりすれば、厄介な問題に世間の目を引きつけるだけの結果に終わりますよ。王家のスキャンダルが明るみに出て、王国に対する国民の信望が失墜したら、あなた方貴族も共倒れだ」



 もはやだれ一人、発言しようとする者はいなかった。

 特別会議は満場一致をもって、ケレンスキー公爵の提案した王国憲法改正と『政治改革人民会議』の開催を承認した。



 貴族たちが立ち去り、だれもいなくなった会議室に、アンドレアとわたしだけが残された。

 アンドレアが何かのスイッチを押すと、窓のブラインドがいっせいに開き、夕陽を室内に迎え入れた。

 窓の外で、真っ赤に染め上げられた摩天楼はまるで炎上しているようにも見えた。

 わたしは数週間前、炎に包まれ崩壊しかかっているクテシフォン市を眺めていた日のことを思い出さずにいられなかった。

「今日聞いた話は他言無用だ。いくら軽率なあんたでも、それぐらいの判断はできるだろう」

 窓を背にして立ち、アンドレアが言い放った。

 血のような赤が、これほど似合う子もいないだろう、とわたしは感じた。

 夕陽の中で曖昧なシルエットと化したアンドレアの、表情がうまく読み取れない。

「会議の前にコンラッドを追い払ったのは、この話を聞かせないためだったのか……陛下の暗殺だとか貴族の陰謀だとか……」

 わたしはつぶやかずにいられなかった。

 わが息子は、わたしなどには思いもよらない危険なゲームに手を染めていたのだ。一人で抱えるには巨大すぎる秘密を抱えてきたのだ。そして今後も抱え続けるのだろう。あやういバランスの上に成り立つクテシフォン市の平和と、生まれたばかりのパールシー王国の民主主義を守るために。

 貴族たちが連合軍を組織してクテシフォン市の革命を叩きつぶしに来ないのは、ひとえに、主要な貴族たちの身柄がクテシフォン市警に拘束されているためだ。

 そしてアンドレアは、法律も道義も無視した「脅迫」という手段で、貴族たちが釈放されるのを水際で防いでいる。


 

 夕陽の中のシルエットに向かって、わたしはずっと言いたくてたまらなかった言葉を投げかけた。

「おまえも、そろそろ覚悟を決めるべきじゃないのか、アンドレア」

 答えは返ってこなかった。

 しかし、もちろん、この距離で聞こえていないはずはない。わたしはなおも続けた。

「おまえはこの街の革命のきっかけを作り、王国憲法まで改正させ、この国を根底から作り変えた。これだけのことをやっておいて、今さら『政治に興味はない』とは言わせないぞ。おまえが転がし始めたボールなんだから……責任をとってゴールまで運ぶべきだ。そうじゃないか?」


 そして、もう、一人で戦うのはやめてくれ。

 この「政治」という新しい戦場で、共に戦わせてくれ。おまえが抱えている重荷を共有させてくれ。

 わたしだって――まるっきり役立たずというわけでもない。



「そのことは、だいぶ前から考えていた」

 意外なほどトゲの含まれていない、アンドレアのしずかな声が返ってきた。

 わたしは息を呑んだ。


「……べつに、あんたに言われたから決めたわけじゃない。勘違いするな」

「ああ、わかっているとも」

「あんたやテイスペスや他の連中じゃ、防衛軍のターフメイン大元帥をコントロールするのは難しいだろうと思っただけだ」

「ああ。その通りだ」

「それに、貴族に睨みが利く人間が暫定政府内にいた方がいいだろう」

「ああ。その通りだよ、アンドレア」

 わたしは大股で歩み寄り、握手のために右手を差し伸べた。

「はっきり言って、大元帥にはとてつもなく手を焼いているんだ。おまえがなんとかしてくれれば助かる」

 頬がゆるまないように、細心の注意を払った。わたしがにやけているのを見たら、アンドレアがきっとまたヘソを曲げるだろうと思ったからだ。

 一世一代の真剣な顔と声で。

「――暫定政府へようこそ」

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