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第14章(1) アンドレア・カイトウ署長

 捜査は新たな展開を見せた。

 監視下に置いていたパウエル・ディダーロとロス・キャンベルが二名の仲間と共にシュナイダー盗賊団のアジトを襲撃したのだ。盗賊団の一員であるチェリー・ブライトンを公務執行妨害罪で現行犯逮捕したので、アジトを令状なしで合法的に捜索する理由ができた。したたかな盗賊団だけのことはあって、徹底的に捜索しても、盗品など窃盗罪の直接の証拠となる物は出てこなかった。ブライトンの部屋の机の引き出しにあった、ドーンストーンのペンダントを除いては。

 凝ったデザインの金具が付いた、大粒のドーンストーンのペンダントだ。

 科研で調べた結果、宝石の中身がくり抜かれて空洞になっており、中にカプセルが入っていた。

 ぼくは署長室のデスクトップで、科研からの分析レポートを確認した。

 画面に浮かび上がった文字は「アズフォルデ・キノホルム」。

 カプセルに入っていた物質の名前だ。

 主に末梢神経系の軸索を冒して空胞化させる有機塩素系の物質。これを数オンス摂取した者は視力障害、感覚鈍磨、異常知覚、やがて四肢の筋力低下に視神経萎縮、呼吸困難、意識混濁、昏睡などの症状を呈し、最後には死亡する。《中央》指定の禁制物質。

 入手は、禁制物質の中では比較的容易な方に属する。化学の知識と十分な装置があれば《中央》に知られず製造することも可能だ。

 レポートの末尾に、上機嫌がしたたり落ちてきそうなニコライ博士のコメントが添付されていた。

「また禁制物質だね♪ あんたの下で働いてると退屈せずに済むからいいよ、署長」

 ぼくの方は、上機嫌どころではなかった。

 ディダーロたちが襲った盗賊団のアジトで発見されたアズフォルデ。国王陛下の不可解な病状。これらを偶然の符合と片づけてしまうことはできない。というのは、このドーンストーンのペンダントにぼくは見覚えがあるからだ。記録をチェックすれば簡単にその記憶の真否を確認することができる。


 ドーンストーンは惑星メッシモでしか採れない宝石で、外国では人気だが、パールシー王国内ではどちらかと言うと格式の低い石だと見なされている。たくさん採れるので価値が低いのだ。身分の高い人間が公式の場で身につけるような宝石ではない。

 だから以前、あるパーティでそのドーンストーンのペンダントを見かけて、ひどく奇妙に感じたのを覚えている。


 ――王宮の《常夜会》。

 謎めいた瞳で嗤う、わが国の第二王位継承権者。



 再び名誉市長に会ったのは、ディダーロたちを逮捕した数日後の深夜のことだった。

 自宅で警報装置が作動したので表へ出てみると、やつが家のすぐ外の路上にへたり込んでいたのだ。

「やあ、すごいセキュリティシステムだな、おまえの家は。あやうく黒焦げにされるところだったぞ」

 地面に座りこんだまま、名誉市長はほがらかに笑った。ぼくは舌打ちしたいのをこらえた。母に会いに来たんだろうが、こんなろくでなしに母と会わせるつもりはない。

「あんたの生体パターンを感知したら三千度の熱線を浴びせるようプログラムしてある。どうやらレーザー装置の狙いが甘すぎたようだな。再調整しておくよ、今度あんたが来たらきちんと炭にできるように」

「やめてくれ。話があるんだ、アンドレア。話ぐらい聞いてくれたっていいだろう」

「電話で済まない話か? なにもこんな夜中にわざわざ家まで来なくても……」

「おまえ、署に電話しても出てくれないじゃないか。いつも受付で断られるぞ、署長は現在多忙ですと言って……」

 そうだった。そう言えば数か月前、名誉市長からの電話は取り次がないように総務課に指示したのだ。ぼくは肩をすくめ、「何の用だ」と促した。

「チェリーを釈放してくれ」

 滑稽なほど真剣な表情で、名誉市長が叫んだ。

 それは意外な言葉だった。ぼくは思わず相手の顔をまじまじと眺めた。

「……ちょっと女の子に叩かれたからって逮捕するなんて、おとなげないぞ、アンドレア。チェリーは悪い子じゃない。そりゃあ亡きシュナイダー氏に育てられたせいで、多少正道から外れた暮らしはしているが……心のまっすぐな子なんだ。刑務所に入れられたりしたら、本格的にねじ曲がってしまう。わかるだろう?」

 まるでそれがとても大事な問題であるかのように、名誉市長の口調は切実そのものだった。

 ――この男がシュナイダー盗賊団に首を突っ込んでいるのは、ただの道楽のはずだ。いつもの傍迷惑な探偵ごっこの一環だ。そんなやつが、盗賊団のメンバーの身を本気で案じるなんて、あり得るだろうか? それも親子ほど歳の離れた小娘を?

 ぼくは少し考えたが、名誉市長の心中を量ろうとしても無益だという結論に達し、思考を打ち切った。この男は風に任せて漂う気まぐれな遊び人だ。どんなことだってあり得るだろう。

「釈放してやってもいいが、条件がある。情報を出せ。……ディダーロはなぜシュナイダー盗賊団のアジトを襲った? やつらの狙いは何だ?」

 ぼくは相手の目をまっすぐ見て尋ねた。どんな細かい反応も見逃さないように。

 名誉市長はぼくを見上げ、あからさまにためらった。

「直接ディダーロに訊けばいいじゃないか。彼らを拘留してるんだろう?」

「違法捜査と認定されるぎりぎりまで厳しく尋問しているが口を割らない。あきらかに訓練を受けた連中だ。やつらが何者で、何を狙っているのか……もう見当がついてるんじゃないのか?」

「……」

 名誉市長はなおもためらった。しばらくしてから、ひどく言いにくそうに、

「はっきりとは言えない。勘弁してくれ。友人たちを罪に陥れる可能性があることは言いたくないんだ。ただひとつだけ教えられるのは……ディダーロはメフィレシア公爵とつながりがある。メフィレシア公爵の命令を受けて動いている。それだけだ」

「メフィレシア公爵? 宮内庁長官のか?」

 ぼくは腹の底がすーっと冷えていくような感覚を覚えていた。表情には出さなかったが。王党派の首魁であるメフィレシア公爵の名前が、ここで浮かんでくるとは。

 とてつもなく大きい不気味な闇が姿を現そうとしている。そんな予感がぬぐえなかった。

「悪いが気が変わった。チェリー・ブライトンは釈放しない」

 きっぱり言ってやると、名誉市長の顔色が変わった。熱線で撃たれかけたショックからようやく回復できたのか、弾かれたように立ち上がった。血相を変えてぼくにつめ寄ってくる。

「そんな! 話が違うぞ!」

「釈放したら、また公爵の手先に狙われるだろう。留置場にいた方が安全だ……そう思っておけよ。最近は留置場も整備されてけっこう快適だ。心配するな、起訴したりはしないから」



 宮内庁の注意をひかずに宮殿に入るための手段が、ぼくには一つある――月に一度開催される《常夜会》の客として入ることだ。システィーン第二王女の意向が色濃く反映されたこの《常夜会》は、定例の夜会と違い、貴族だけではなく平民にも門戸が開かれている。クテシフォン市の“名士”と呼ばれる連中や、王女のお眼鏡にかなった人間も招待されるのだ。ぼくにも毎回招待状が届く。

 宮殿に入れたからと言って、陛下や姫君たちに親しく拝謁できる機会があるとは限らない。

 しかし機会は待つものではなく作るものだ。ぼくは週末に控えている《常夜会》に出席する決意を固めていた。

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