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深遠のお茶会  作者: 水谷莉華
一章 世界と幽霊
7/21

入学式

幽霊となった愛と出会って一年。

時間は無情にも過ぎ去るのは当たり前で、僕は早くも高校一年生となった。もちろん、愛は出会ったときと同じ中学二年生のときの姿のままだ。


未だに発作が起きるときは数少ないとはいえないけれど、それでも前と比べればかわいいものくらいにはなった。他人から見ればひどいものに見えるらしいが、それもそれで仕方のないことだとも思う。

愛との、あのどことなく最後には疲れてしまう、よくわからない言葉のやり取りにも慣れた。



「飛鳥のクラスは一年A組よ」

「ありがとう。愛」



四月。満開の桜の花びらにまみれながらも、昇降口にある下駄箱前のガラスに貼られたクラス表を見ようと大勢の新入生がごった返している。いつまで待っても人混みが空きそうになかったから、飛べてすり抜けることができる愛に見てきてもらったんだ。

本当、便利な能力だな……。あんまり喜びたくないけどさ。


「ふふ。飛鳥にお礼を言ってもらえて嬉しいわ」


目を細めて微笑む愛の姿にも、前と比べて胸が痛むことも少なくなった。けど、代わりにどういう反応を取っていいのかわからなくなって、つい困った表情をしてしまう。

失礼だってことはわかっているんだけど、どうしてもそうなってしまう。それもこれも、僕に女性免疫――というよりは、対人免疫が著しく低いことに原因があるんだけど。

これも、高校生となってしまったいま、同年代の子たちと同じレベルにまで持っていくのは至難の技だろう。それを思うといまから頭痛がするしで……。


いや、自業自得なのは最初から承知だけどさ。



「うまくいかないもんだよなあ」



「なにが?」

「ぅあわあっっ!?」



返るはずのない独り言への返事に、思わず変な反応をしてしまった。恥ずかしい。

振り返ると、そこには銀髪ヘアで制服をきっちりと着込んだ男子が立っていた。

ネイビーのブレザーに赤のネクタイをしていて、ズボンはブレザーと同じネイビー。ぱっと見、校則違反をしているようには見えないはずなのにもかかわらず、どこか不良っぽく見えてしまうのは安易だけど髪のせいだろう。銀髪……カッコイイ。



「あんなの、飛鳥には似合わないわ」

「っ!?」



背後からの声に条件反射でつい反応してしまった。

視線を泳がした僕に不信感を持ったのか、目の前の男子は怪訝そうに僕を見てきた。



「どーした?」

「いい、いや? 別に、なんでもないよ?」

「フゥン……。あっそ」



興味なさげに言われてしまった。



ちょっ、これも愛のせいだ!



「愛っ、どうするの! 不機嫌に――」

「うふふっ、大丈夫よ。こんなのは普通だから」

「は?」



聞かれないよう小声で会話をしていると、再びあの男子の声が飛んできた。



「まあいいけどさ。お前、名前なんてぇーんだ?」

「なん、……は?」


意味がわからずポカンとしていると、男子は先を促すように声をかけてきた。



「名前! 俺は榊原神楽(さかきばら かぐら)っていうんだけど、お前は?」

「中村飛鳥、だけど」



久しぶりの普通の会話にドギマギしながらも、なんとか返事を返す。


普通の会話って、なんかドキドキする……。



「へぇー、初めて聞いたぜ。その名前、なんて書くんだ? 漢字はどんなん?」



ええっ!? そんなこと聞きたがるのっ?


僕の漢字なんてそうそう珍しくもないっていうのに。でも、確かに中学にはこんな名前の子いなかった気がしなくもない、かも。



「え、えっと。飛ぶに、鳥って書いて〝 飛鳥 〟って読むんだ」

「ふんふん、なるほどな!」



わかってくれたことに対して安堵を息を漏らすと、そこに聞き捨てならない言葉が飛び出た。



「まっ、わかんなかったけどな!」


「…………」


なに、この人。



「変な人ね。飛鳥、そんな人放って置いてさっさと一年A組に行ったほうがいいわよ!」

「あ、う、うん! わかった」



愛の言葉に我に返って、そのまま下駄箱にまで一直線――で、行こうとした。



「あ……」

「ん? どうした? 飛鳥」



この際、いきなり下の名前を呼び捨てで呼ばれたことに対してはノーリアクションとして、だ。

僕はロボットみたいに首をぐ、ぐががっと捻って顔だけ後ろを向く。そこには、さ、さか? 坂口? よく覚えていなかったけど、やたらテンションが高くてついていくことができない男子がいた。



「下駄箱、どれ? 僕の……」



さすがに土足のまま教室には入れない。


そう言った僕のなにがおかしかったのか、さか? 坂倉さんは、我慢をするそぶりも見せずに大笑いをしだしてしまった。



「っぷ、くく、くはははははっ!! っ、てえ!?」

「!」



突如頭をぶたれた坂倉さん(正直、どうでもよくなってきた)は、勢いよく振り返った。



「ってーなあ! だれだ……って、なんだ。義孝かよ」

「なんだとはなんですか、神楽」



そこには、黒髪黒縁メガネをかけた、いかにもクラスの委員長に立候補しそうな男子がいた。茶色の本を持って。

題名は……「楽しい英語の絵本集」?

かわいらしいけど、英語っていうだけで賢く見えてしまうから不思議だ。



「だってよお、いきなり背後からアタックだぜ? 驚かないほうが不思議だって」

「そんなことはありません。むしろ神楽、あなたはもっと殴られ、蹴られ、罵倒されるべき存在です」

「!」


なに、この人!


「意味わかんねーよ、バーカ。だいたい俺はマゾでもなんでもねえ!」

「ああ、違ったのですか? いつも無駄が多くてバカらしい発言をしているので叱ってほしいシュミの人なのかと思いました」



そう言って、メガネの山の部分を人差し指で上に上げる男子。



なんていうか……濃いな。いろいろと。



「ちげぇーし!!」



神楽と呼ばれた名字が安定しない男子と、未だ名前が不明(覚えていない)男子は楽しそうに、ごくごく普通の会話をしていた。冗談交じりの、いかにも漫画とかにありそうな会話だった。それは、僕が憧れて、でも手に入れることのできない高嶺の花に匹敵するくらいの目標だ。



「――飛鳥、行きましょう?」


「! ……う、ん」


ちらりと二人を見る。


いつもだったらすぐに返事をしたはずだけど、今回は一年半年くらい前――もしかしたらもっと前から憧れたモノが目の前にある。

それはまぶしくて、とてもじゃないけど僕には手が出せないシロモノだ。まともに会話もできない僕が、あの冗談がすべてのような世界になんて。



いけるはずがない。

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