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それとも、僕がただ単に気づいていなかっただけ?
僕が見ていない場所では普通に行われていた? ――いや、そんなことはない。僕が、僕が信じなくていま、誰が信じるっていうんだ。
僕にしか、視えないのかもしれないのに。
「……いいよ」
「?」
「ケータイ。見てもってこと」
どうせもう見られてしまったのだから仕方がない。そう思うことにした。
すると、なにをどう思ったのか、愛は両手を胸にやって固まったかと思えばいきなり両手を広げて一回転をした。その顔には、なぜか満面の笑み。
意味がわからずに携帯を持ったままポカンとしていると、そんな僕を尻目にするように言ってのけた。
「飛鳥は変わらないね」
「――ま、なっ」
夕日をバックに映ったその姿は、どこか儚く見えて――いまにも消えてしまいそうなほど、脆く見えて。
無意識に腕を掴もうと手を伸ばすも、それは虚しくも空を切る。
「……!?」
当然だった。
だって、愛は幽霊なのだから。この世に、存在していないのに存在できている〝 存在 〟なのだから。だから、僕が触れることができなくて当然なんだ。
先端恐怖症になる前に読んでいた小説にだって、幽霊には実体がないのだから触れられないだなんて話はいくつもあった。実際もそうなのかは知らなかったけど、いまそれがわかった。
そう、思っていたのに。
そんな僕の思考は、あっさりと打ち砕かれた。
「触れる……?」
先程まで固く身構えていたせいか、思い込んでいた事実が一瞬にして裏切られてしまったため、ついつい愛の腕を何度も握ってしまう。やわらかい……。
「うふふ、どうしたの? くすぐったいよ」
「あ! ご、ごごご、ごめんっ!! 悪気はない! うん、ないん、だよ? ね、愛?」
「私に同意を求められても困るんだけど……」
「う。そ、うだよね、うん。……ごめん」
自分の異常なまでのパニクりようにネガティブな思考へと流れていってしまう。俯いたときに、一瞬だったけど、少しデザインの変わった青色のスカートが視界の隅を走った。
すぐさま顔を上げて横を見てみると、そこには僕たちと変わらないくらいの女の子が、こちらを怪訝な顔をしたまま歩いていた。
見てるし……!!
青色のスカートとブレザーに白色のリボンをつけたウェーブ姿の女の子は、多分だけど、柚原中学校の生徒のはず。前にクラスメイトの女の子が、制服がウチと違ってまだオシャレだとかそんなことを言っていた覚えだ。
とにかくその女の子を見た瞬間、自分の先程の不振極まりない行動を思い出して――しかも、未だその手を離さないままの姿勢でその女の子を見てき出して。つまり、不振なヤツがいきなり自分を見てきたらってことを考えれば、どういうことを思われるかは、一目瞭然だ。
すぐさま手を離す。
「離しちゃうの?」
そんな僕の思惑を知ってか知らずか、いかにも悲しそうな顔で見上げてきて、しかもそんなことを言ってきたんだ。
とにかく、顔も名前も知らない赤の他人だったけど、だからといってどう思われてもいいというわけでは決してない。これ以上の誤解をされるわけにはいかないからという思いが強く出たのか……。
「離すに決まってるよ! 見られてるんだよ!?」
言ったあとに少し後悔。
どうしても他人の反応が気になってしまうため、通り過ぎ行く通行人(学生)Aさんと、目の前に立つ愛とをどうしても交互に見てしまうのは仕方がない。なんてことをしているうちに、当然のことながらAさんは帰ることに意識を集中させたのか、こちらへと視線を流すことはすでになく、ただ前だけを見ていた。
それを諦めと後悔との複雑な気持ちで見つめていると、そこに愛の声が飛ぶ。
「それがどうしたっていうの?」
振り返る。
無神経とも取れる言葉で猫のように愛くるしい顔で首を傾ける姿は、いくらあんなことがあったいまでも僕の胸を高鳴らせる。
「誰に見られたっていいじゃない。
私が飛鳥のことが好きで、飛鳥も私のことが好き。それ以上の理由なんてない。存在したって無意味なものなの」
詠うように滑らかに言葉をつむぐ愛は、本当にそれを信じて疑わないというふうだった。もちろん、嘘じゃない。
いまとなっては一年前と比べて形は変わってしまったけど、それでも僕が愛を好きで、大切な存在として想っていることに変わりはない。誰にだって渡したくないし、幽霊なのに他の誰かにも視えていることにいい気は起きない。
愛だって、いまの状況だけをそのままのものとして見るんだったらそうだ。
僕のことが誰よりも好きで、それ以外はどうでもいいって感じだ。自惚れなんかじゃない。
事実、道端で男に寄り添って触られることに対して、不快感を持つどころか勘違いを生んでしまいそうな言葉を出す男女を第三者が見れば、そこから導かれる答えはただ一つ。
――〝 恋人同士 〟――、だ。
そりゃ僕としても、他人からそう思われることを嫌だとは思わない。むしろ嬉しいとさえ――って、そうじゃないから!
そんなことを考えている場合ではないと思い直し、相変わらず猫っぽい顔で僕を見上げる愛。
だけど僕は、どうしてもこの状況がすんなりと受け入れることができないものだと、頭の片隅で感じていた……。