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深遠のお茶会  作者: 水谷莉華
一章 世界と幽霊
3/21

すべての始まり

「ッッ危ない!!!!」



どこか遠くで聞こえたそんな声は、すでに気にする間もなく闇の中へと沈んでしまった。

表現しきれないほどの衝撃と思い出が駆け抜けた。

僕が覚えているものから覚えていないものまで、さまざまな思い出が脳裏を掠めては消えていくのを繰り返す。そんな一瞬の中、最後に聞こえたのは――――




「  飛鳥  」



甘く愛しい鈴の音を奏でたような声で、僕の名前を呼ぶ幼馴染のものだった――――。



++



「  」



深い闇の中、ぼうっとする意識の中で聞こえた気がした声。

まどろみの中から引っ張り出そうとするように、何度も、何度もそれが届く。それは無理やりに起こそうとするものじゃなくて、例えるなら、そうだ。

諭すような甘い声だ。



「――!!」

いっぱいに目を見開いて目を覚ますと、まず最初に飛び込んできたのはまばゆいほどの光だった。すぐさま目を閉じて、身をよじる。重たい瞼をこすりながら、再び……今度は慎重に目を開く。するとそこには、ありえない光景があった。


「おはよう、飛鳥」


ねっとりと絡みつくような笑みを浮かべる女の子が立っていた。

その子を、僕は知っていた。いや、むしろ知りすぎたくらいに知った顔、声、姿だった。

彼女は中学時代に一緒だった幼馴染。僕――中村飛鳥(なかむらあすか)――の人生の分岐点ともなった人物で、いまこの世で一番愛しく、そして苦手な存在だ。

「……愛?」

声が無意識に震える。確かめるように半信半疑のまま聞く。

「そうだよ?」

平然と答える聖月愛(せいづきまな)は、本物だった。


何一つ変わらない、僕を信じきるその瞳。



++



七月上旬は、もうすぐで夏休みに入って学校に行かなくてもよくなるからか、生徒のみんなは浮かれに浮かれていた。どこに遊びに行くかとか、なにを買いに行くだとか、そんな話で持ちきりだった。そういう僕も、幼稚園よりも前からの付き合いであり、なおかつ想い人でもある愛を自分から誘おうと心中穏やかじゃなかった。

だから、愛が倒れたと聞いたときだっていますぐにでも駆けつけたい衝動に駆られた。


行きたかった。

愛の元にまで行って、〝 大丈夫だった? 〟って言ってあげたい。



けど、それは叶わなかったんだ。



べつに両親が事故に遭っただとか、親族が亡くなっただとか、そういう明らかに重苦しいような理由じゃなく、ただ単に先生の話を「用事があるから」と言って中断させることができなかったからだった。


昔から僕は、怒られることが大嫌いで、恐怖していた。

これをしたら怒られるんじゃないか。嫌われるんじゃないか。そんなことばかり考えていて、結果的に自分の意見もまともに言えないような人になってしまったわけだけど。特に、愛にそう思われて僕の目の前から消えてしまうことが、なによりも僕にとっては恐怖そのものだった。

「ごめんねー。中村君ももう帰りたいでしょ?」

「あ、いえ……」

早く行きたいよ!

愛の元に、いますぐにでも飛んでいきたいくらいなのにっ。


なのにそんなことも知らない先生は、廊下で歩きながらさっきからずっとだんまりな僕を気遣ってか話しかけてくれる。だけど、そんなことは正直言ってどうでもよかった。僕がいま気になっているのは愛だよ。

早く用事を済ませて、愛の所へ行きたい。行って、まず最初に遅れてしまったことを謝るつもりだ。〝 先生に捕まって遅くなった 〟んだと。だから〝 ごめん 〟――〝 お願いだから一緒に帰ってくれる? 〟――――と。


だけど、結局先生のうるさいくらいに長々とした話もあって、用事自体が終わったのは学校が終わってから一時間半くらい経った後だった。



やばい、やばいよ。

早く、早く愛の元へと行かなきゃダメなんだっ。

行かないと、行かないとダメなんだと。ダメなんだと。

僕は想いのままに保健室へと急いだ。





結論からいうと、保健室に愛はいなかった。


代わりに、女の子がそこにいた。一番奥のほうにある真っ白なベッドをじっと見つめて……。事態が呑み込めなくてぼうっとしていると、気配で気づいたのか一度肩を震わせてから勢いよく振り返った。

「!」

真っ白な半そでのシャツに、エメラルドのリボンが結ばれている。僕と同じ二年生だった。


誰?

でも僕はその女の子に見覚えはなくて、自然と辺りを見渡して愛の姿を探してしまった。

それのなにがいけなかったのか。

「っ!?」

いきなり目の前の名前も顔も知らない女の子に力強く手首を掴まれた。

「な、なにっ?」

怖い――!

「聖月を、探してるの?」

「! 愛を知ってるの?」

驚きに目を見張った。

女の子は愛を知っていた。そりゃあ、最初からこの保健室にいたのだから、運ばれてそのまま学校が終わるまで保健室にいた愛のことを知っていたのは当然といえば当然なのかもしれなかった。だけど、普通に考えて知りもしない他人の名前を覚えていて――しかもこんなに切羽詰まったように話すだなんてこと、ない!!


なに? なんなの、この子は? なにを考えているの?


「知ってるもなにも――! っ中村くんは、聖月の幼馴染なんだよね?」

「う、うん。っていうか、なんで僕の名前まで……っ」

「お願い! あの子を好きにならないで、あの子は危険なの。普通じゃないっ……!!」

「!」

相手は真剣だった。

顔もいつの間にか真っ青で、目をこれ以上ないくらいにまで見開いていて、声だってまるで悲鳴にも近かった。だけど、大切な幼馴染をそんなふうに言われて平気でいられるほど、僕は愛をないがしろに感じてはいなかった。

僕は掴まれていた手を、半ば力任せに振りほどく。



「僕は僕の好きなようにする! キミに指図されるなんて嫌だ!!」



愛を好きになるかどうかは、僕の自由だよ!!



++





              次の日、愛は僕の目の前で自殺をした。



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