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夕日に染まったその頬に

作者: 花浅葱 羽羅

「ありがとうございましたー!」


 元気な声を使って自動ドアから出て行く人影を送る。

 店に入った人たちに映るのはその声を持つ高校生ぐらいの少年。腰の先をいくほど長い漆黒の髪を、結わずにそのまま流すように下ろしている。目は深い夜空のその先の闇色。肌は髪や目とは対の様に透き通る様な白だ。その表情は明るく笑っている。その笑みが営業用なのか、それとも別の何かを意味するのか分からなかった。


「夢羽君おつかれさまーあがってもいいよー」

「里原店長は何しているんですか?」

「一人ジェンガ。」


 そう言って詰まれたジェンガの中の一つを抜いた。二、三個しか抜いてないはずなのにぐらぐらとゆれている。ある意味特技だろう。これでもこの女店長の里原は、商品の入ったダンボールを四つ積んで運べるから不思議だ。ちなみに、それ以上は自動ドアに引っかかるため、試していない。


がしゃん


 大きな音と共にジェンガが崩れ落ちた。その光景を見て、夢羽はため息をついた。


「仕事してくださいよ」

「わー、アルバイト君が怖いよーお客さーん」

「えっ…」


 話をふられたレジ待ちのお客さんは戸惑っている。当たり前である。


「里原店長仕事してください!」

「夏美君は真面目だねー」

「当たり前ですよ。っと、夢羽君ごめんな…あんな店長で。あがっていいよ」

「ありがとうございます。」


 同じくアルバイトの夏美(男)に言われ、今度こそ帰るために奥に行く。店長の横を通り過ぎようとすると呼び止められた。白い封筒を持っている。


「はい、給料。」

「わっありがとうございます!」

「よーし。仕事するか。」


 そう言って大きく背伸びすると、ジェンガをそのままにして夏美の元へ歩いていった。


「…」


 夢羽は制服を脱ぎ、ハンガーにかけて、自分の真っ黒なコートを羽織った。


「それじゃあ、おつかれさまでーす」

「ん、おつかれー」

「まだ風邪気味なら、ゆっくり休めよ!」

「ははは。」


 軽く礼をして自動ドアを通り過ぎ、夕方の道を一人で歩く。

 その表情は先ほどまでとは全く違った無表情で、笑みなどない。瞳は前を見ているようで見ていない、光などないような闇の色。その空より深い漆黒の長髪は風に揺れて夕日に照らされ艶やかに、妖しげに光る。薄く色ずく唇は硬く閉ざされて、真っ黒なコートは夕焼けに照らされて赤くなっていた。


「もうそろそろ出てきたらどうだ。」


 しばらく歩いた堤防沿いで夢羽は言った。人の気配が途切れた場所だった。

 夢羽の声に反応して、誰も居ないその場所が熱を帯びて『誰か』の形に変わってゆく。


「あらあら、見つかるとはねぇー」

「何をしているんだ。『紅い月の夢羽』」

「仕事はもう終わったわよ『闇の夢羽』」


 現れたのは、腰ほどまでの夕日に溶けてしまいそうな赤髪と、何処までも深い血の沼のような赤黒い瞳を持つパンツスーツ姿の二十歳前半ほどの女性だった。


「大体、私はちゃんと『明日香』っていう名前を持ってるんだからそっちで呼びなさいよ。」

「名前といっても『偽名』だろう。」

「気分よ、き・ぶ・ん。」


 明日香は堤防の土手に座り、夢羽を見て隣を手で叩く。座りなさいよと、笑みを浮かべて言う。夢羽は軽く溜息をつきながらも大人しく隣に座った。


「で、本題は」

「…ばれちゃった」

「当たり前だ。そうでなければ合う必要がない。」

「大当たりね。」


 明日香は川の方を向いている。夕日が反射し、オレンジ色に眩しく、まるで限りの在る輝きを誤魔化すかのようなその川を見ている。しかしその瞳を川を移してはいない。もっと遠く、はるか彼方の世界の定めを見下ろしていた。


「『夢渡りの夢羽』がうろついている。」

「『夢渡りの夢羽』が、何故。」

「分からない。ターゲット探しとは少し違うようだし。」

「当たり前だ。この世界の担当は『紅い月の夢羽』と『闇の夢羽』のはず。」

「もしかしたら、」


 明日香が口を閉ざす。それは恐るべき事態だった。阻止する事は許されない。たとえそれが、夢羽と言うモノ達にとって許されない行為であったとしても。命令ならば。


「直接命令が出たのかもしれない。」

「…」


 直接命令。それは夢羽たちの仕事は基本自分で殺さなければならないという項目に当てはまった者を見つけ出し、終焉を迎えさせる事だ。しかし、直接命令は違う。項目に当てはまらない、特定の人物に終幕を迎えさせる。


項目は、三つ。

一つ、余命一年以上。

二つ、生き物である事。

三つ、世界にとって不必要な物。


「私達にも回ってくる可能性がある。サインを逃さないように」

「分かった。」


 要件を告げた明日香は立ち上がった。数歩だけ川に近寄って夢羽の方を向く。酷く印象に残る赤黒い瞳で夢羽を捕らえる。その瞬間、空気が揺らいで、現れた時と同じように明日香は唐突に消えた。

 それを見て、夢羽は何も思わない。彼らにとって別れなど大した意味を持たなかった。


「あの、」


 夢羽は声の方に振り向いた。何ですかと、夢羽は言う。声を掛けてきたのは少年だった。日本人らしくない茶色の髪が揺れている。


「これ、落ちてましたけど…」


 その手には黒いチョーカー。


「鞄につけてあったのが落ちたみたいですよ。」


 チョーカーを受け取ってみてみると金属の金具がよく切れる刃物で切られていた。間違えようのない、明日香がしたものだった。


「ありがとう。」

「それでは気をつけてくださいね。」


 少年が笑った。

 その笑顔は太陽の陽だまりのように柔らかくて優しい笑顔だった。人間らしく輝いて見える笑顔は夢羽達が亡くしたモノだ。消し去って視えなくしてしまった破片(カケラ)だ。


だから夢羽は


夕日に染まったその頬に惹きつけられていた。


(うらやましいとは思ってはいけなかったのに)

(自分に無いモノのを美しいと感じるのは人間だけのはずだろう)

茶髪の少年は亜樹と言う名前で、これからも出てくる予定です。

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