血染の雪をみたとき
金曜日の夜、街は慌ただしい。
パラパラとした雪が降り、人々の肩に落ちる。
僕は一人、カフェの入り口で、トマトジュースを飲む。
これから始まるゲームのために、ビタミンを補充する。
彼女は夜、動き出す。
日が落ちる時間帯が嫌いだから、夜に動き出す。
僕はその感情を理解できた。
人間の感情が最も多様化する時間帯、それが夕方だと感じるから。
でも彼女が果たして、僕と同じ理由なのか否か、知らない。
しかしながら、ゲームを夜に行うという点は、僕も彼女も大いに賛成した。
■ゲーム■ ルールは簡単だ
1:時間内に彼女が僕をナイフで殺せたなら、彼女の勝利
2:時間内に僕が彼女から逃げ切れたなら、僕の勝利
3:ゲームの終了時刻は彼女が飽きたとき
4:行動範囲は大曲町全域
5:行動手段は自身の足のみ
つまり彼女の勝利は僕の敗北、僕の勝利は彼女の敗北だ。
なお、このゲームは僕が敗北するまで、あるいは、彼女が飽きるまで毎週行われる。
今日は3回目のゲームだった。
つまり、僕は既に2回勝利している。
当然だろう、いくら彼女の思考力や判断力が優れていたとしても、
健康体の成人男性が病弱な少女に足や体力で負けるはずがない。
ましてや武器はナイフだ。
至近距離で迫られない限り、僕は逃げきることができるだろう。
ナイフを投げる、という攻撃方法も考えられるが、
絶えず人々が流れつづけるこの町で、そのような蛮行には至らないだろう。
万が一、僕を殺さず警察に捕まってしまえば、その地点で勝利は確定する。
でも僕はそんな形で手に入れた”勝利”などいらない。
彼女には、正々堂々とゲームに挑んでもらいたい。
そして、彼女にとってこのゲームが”生きがい”になることを心から望んでいる。
だから僕は命を賭けて逃げつづける、ゲームを継続させるために。
TLLLLLLLLL…
彼女から電話がきた。
「おはよう…準備…いいかな」
「ああ」
「じゃあ…スタート…」
「スタート」
合図とともに、僕は一先ず繁華街を抜けようとしていた。
人が多い場所は危険だ。
大曲町のなかでも、比較的人の少ない場所に逃げなければならない。
とはいっても全くの無人では、先に危惧した通り、ナイフを投げられる恐れがある。
それらを考慮した結果、僕は中央公園へ向かうことにした。
あの場所なら、人は疎らだし、障害物もいくつか配置されている。
繁華街を走る。
スーツの上に黒いコートを着た大人が、颯爽と走る。
なんて滑稽な姿だろう。
でも僕はいまこの瞬間を純粋に楽しんでいるのだ。
それは彼女だって同じだろう。
ある理由から、人を恨み、心を閉ざし、社会を恨み、口を閉ざし、何事にも関わらなくなった少女。
一日中、真っ白い無機質な部屋で延々と空を視つめていた少女。
そんな彼女が、僕とゲームを既に3回も行っている。
楽しくないはずがないだろう。
僕は嬉々としながら、走りつづけた。
中央公園に着くと、そこには老夫婦と一人の少年、そして 一人の若い女性 がいた。
その女性は死んだ妻に瓜二つで、心臓がバクバクと高鳴り出した。
僕は一目散に逃げた。
脇腹が加速度的に痛む、手がビリビリしびれだす、足が思うように動かない。
息を切らしながら、僕は公園の脇にあるトイレへと逃げ込んだ。
何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が
何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が何故彼女が
亡霊をみた。
僕が殺した人間の亡霊をみた。
僕は嘔吐した。
トマトジュースの臭いがして、我に帰った。
気が動転しているのだ。
命を賭けたゲームをしているのだから、当たり前のことだ。
だから落ち着け、そして一刻も早くトイレから出るんだ。
公園の男性用トイレなんて、狙い撃ちするにはもって来いじゃないか。
僕は周囲を警戒し外に出た。
「おはよう、私の勝ちね」
俺は刺されていた。
降り積もった雪が赤色に染まっていた。
「この三本は、トモユキとおじいちゃんとおばあちゃんの分」
すでにナイフが脇腹と腕と足に刺さっていた。
「そしてこれがお母さんの分」
ナイフが胸に刺さる。
「あたし、若い頃のお母さんに似てるでしょ」
「…ああ…綺麗だ…」
「この雪とどっちが綺麗かしら」
「…そりゃ…お前…だろうよ…」
「じゃあもっと赤く赤く赤く染めなきゃね」
そう言うと彼女は、俺の胸に刺さったナイフを抜いて、自らの心臓を貫いた。
「これで…ドローってことに…してあげる…最後の最後に…はじめて遊んでくれた…おかげ…」
血染の雪をみたとき、ゲームは最悪で最高の結末を迎えた。
END
当初、互いに殺し合うルールにして、もっとエキサイトな作品にしようと考えていました。
しかし、寝不足でどうしてもエキサイトな気分になれなかったので、以上のようになりました。