証拠はないのですか?
「ペトロネラ・ニーラント、僕は君との婚約を破棄する! 君は、僕の寵愛がロラにあることに嫉妬し、学園内で陰湿な虐め、また果ては彼女を害そうとしたな! この場で君の悪行の数々、詳らかにしてくれる!!」
学園の卒業パーティでの、マルティン・ヴィンクヴィスト王太子の言葉に、ペトロネラは心底驚いた。
この馬鹿、”詳らか”なんて言葉、知ってたのね!と。
成績は王族なのに、下から数えて方が早いくらい、執務は丸投げ、語彙力も幼児並だと思っていたのに。
ある種の感動を覚えるほどに、驚いていた。
そのために、反論が遅れたと言っていい。
「さあ、ロラ。怖がらなくていいから」
王太子の隣からおずおずと出てきたのは、ロラ・テラン男爵令嬢。確かに、庇護欲をそそる可愛らしい女性であることは認めよう。
見かけだけは、と付け加えておく。
「わ、わたし…ニーラント公爵令嬢に、」
テラン嬢の言葉に、ペトロネラは目を瞠る。
おお、やればできるではないか!
いつもいつも、許可もされてないのに、名前で呼ぶのをやめろと言っても聞かなかったのに!!
わたくしを家名で呼べたことに、内心拍手喝采だ。表は微笑みを湛えているだけであるが。
「ドレスをワインで汚されたり…」
あなた、自分で転んでひっかけてたわよね、わざわざわたくしの目の前で。
「形見のネックレスを盗られたり…」
…わたくしから見たら価値などない安物だったけれど、基本、装飾品の類は持ち込み禁止よ? 校則よ?
何故かと言えば、こういう風に、盗った盗ってないなどという不要な揉め事をなくすため。
「せ、先日は、階段から突き落とされそうに…!!」
……わたくし、野次馬の中でしたけれど。観客席にいたので、舞台には上がっていませんわよ。
騒ぎを聞いて見に行きました。それだけ。
「どうだ! 罪を認める気になったか!!」
ふんぞり返って主張する王太子に、一瞬何言ってたんだっけ?と本気で思ったペトロネラ。
突っ込みが忙しくて、自分が何を問われていたのか分からなかったのだ。
ああ、そうだ、思い出した。
「わたくしの悪行を詳らかに、でしたわね?」
「そうだ!」
「取り敢えず、証拠はありますの?」
「ロラの証言が証拠だ!!!」
……やっぱり馬鹿だった。さっきの感動を返してほしい。
「つまり証拠はないということですね。それでは、わたくしも、王太子殿下に倣って、殿下の悪行を詳らかにいたしますわ、この場で」
ちなみに、映像記録がある。
そろそろ婚約破棄してもいいんじゃないかなーと思って、集めていた。
「皆さま、こちらをご覧ください」
陰で待機している侍従に見えるよう、合図を送る。
大広間に映し出される、鮮明な映像は婚約者になってからすぐに王太子執務室に呼び出されたときのものだ。
『ペトロネラ、これを片付けておけ』
『こちらは殿下の執務であって、わたくしには権限がございません』
『君は僕の婚約者だろう! 代わりにやって何の問題があるのだ?!』
『いえ、ですから、』
『いいからやっておけ! 明日までだぞ!!』
「婚約者になってからずっと、王太子殿下の執務はわたくしがしておりました。まず、政務の放棄」
次の映像。
『今度の夜会、エスコートはできないからそのつもりでいろ』
『…殿下。これでもう5度目です。ドレスも贈られていませんし』
『君は公爵令嬢なんだから、ドレスくらい腐るほどあるだろう?! なんてがめつい女だ!!』
「一度たりとも、殿下よりドレスや装飾品が贈られたことはありません。エスコートも両陛下が揃った夜会のみ。婚約者の義務の放棄」
次の映像。
『ああ、ロラ。君のような可愛らしい女性と結婚したかった。あの女は気位ばかり高いし、小言しか言わない。婚約者が君だったらどんなに…』
『わ、わたしも、殿下が好きです…! なのに、結ばれないなんて…!!』
『ロラ!!』
『殿下…!!』
殿下とロラが抱き合い、顔を近づけたところで。
おっと。こちらの映像はここまでにしておかないと、いろいろと問題が。
「見たままですが、わたくしという婚約者がありながら、殿下は不貞をしています」
蛇足だが、こちらが流す映像を2人は黙って見ていたわけではない。
何とか止めさせようと、わたくしの侍従を探そうと躍起になっているが無駄なことだ。探し出せるものなら探し出してみるといい。
主であるペトロネラでさえ、ときどき見失ってしまうのだから。
「そして、これが最も殿下の悪行と言えるものですが」
複製していた紙を、他の侍従がばらまく。
「殿下の割り当てられた婚約者予算、わたくしには使われておりませんが、使いきっています。…さて、このリストのドレス、宝石、装飾品。どなたに贈られたのでしょうね?」
そう言って、テラン嬢に視線を投げると、周囲の貴族たちの視線も一斉に集中した。
出鱈目だ!捏造だ!と喚く馬鹿に、思わず。
「まあ、”捏造”というお言葉も使えるようになったのですね!!」
感動のあまり、声が出てしまった。
意味が分からないという顔をする馬鹿に、意味が分かっている周囲の貴族たち。生温かい目をしているわ。
「──そこまでだ」
そんな不敬な発言の後、いつの間にか入場していた国王陛下、王妃陛下がこちらを見ていた。
絶対権力者の登場に、即座に場が収まったかと言えばそうでもなく。
喚く馬鹿が散々抵抗するものだから、強制退場させるにも一苦労。
後日、わたくしは王城に呼ばれて、事の経緯を語ることになる。
馬鹿がどうなったか、テラン嬢がどうなったか。
想像にお任せする。
その想像はきっと間違っていない。
了




