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小さな妄想を、ショートショートに

エサ釣り

作者: 酢ランプ
掲載日:2026/09/30

 

 夏休みに入り、大学生である生田は暇を持て余していた。


 中学高校と違って、課題が出されることもなければ受験のような大きな目的もない夏休みというのは、生田にとっては些か長すぎた。


 そうして、今日もだらだらとSNSを巡回するという、自分のことながら何の生産性もない活動に勤しんでいたその時、友達から連絡が届いた。



 釣りでもどう?と








 「よお久しぶりだな牧!全然既読もつかねえから心配だったんだぜ?それにしても船乗って釣りとはすげえ楽しそうだな!」



 ここに来て欲しいと呼び出され、行ってみれば、そこにいたのはまさかの船に乗っている牧であった。

 何やらデッキで釣竿のようなものを弄っていた牧は、声に気づいたのか顔をこちらに向け、軽く手を上げた。



 「やあ。ここしばらくは釣りにハマっていてね。連絡を返すのを忘れていたよ。活人は釣りは初めて?」


 「ああ。一回もやったことねえけど、素人でもできるもんなのか?」


 「それは大丈夫。体力と忍耐力さえあれば誰でもできるよ」


 「……忍耐力はちょっと怪しいが、体力と筋力は大丈夫だ。まああれだな。とりあえずやってみようぜ!」



 そうして、船を海に進めた牧から釣竿を受け取り、手取り足取り教えてもらいながら初めての釣りをする生田であったが――

 



 「意外と簡単だなこれ」



 思っていたよりも簡単に釣れてしまう現状に、拍子抜けしてしまっていた。



 「順調だね活人」


 「ああ、でもなんかこう、釣りってのは長い間心を無にして……みたいな感じじゃねえのか?無どころか……よっ……話しながらでも釣れちゃうのはなんか、なあ……」



 バケツを用意してくれたときは、二個もいらないかと思っていたのに、今では既に三個目に突入している。これでは釣りというより、もはや作業だ。楽しくないわけではないが、このままでは醍醐味というやつを味わえそうにない。


 生田の言葉を聞き、しばらく何かを考え込んでいた牧が顔を上げた。



 「……なら、もっと奥までいってみるかい?」


 「奥?」


 「うん。奥までいけば、ここ以上に大きいものもいる。その分、今よりも時間はかかるけどちょうどいい。活人も競りは知っているよね?自分で食べずとも、もし競りに出せるくらい大きなものであれば……」


 「そいつを売って大金持ちってわけか。……いいじゃねえか、面白くなってきたぜ。行くぞ牧!奥へ!」


 「了解」



 モーター音が辺りに鳴り響いたかと思えば、船がどんどんと直進していき、ちらほらと見えていた他の船も全く見えなくなった。

 


 「この辺りでいいかな」


 「よし、くそでかい魚を釣って、億万長者になってやるぜ!」


 「あ、待って活人。この深さなら、こっちの釣竿の方がいいよ」


 「おうサンキュー。じゃ、始めっか」



 先ほどと同じように横並びとなって、釣り糸を垂らす。しかし移動した甲斐があったのか、今度は全く釣れる気配がなかった。

 ……そう、おそらくこれこそが釣りの醍醐味である。


 獲物が掛かるその時を楽しみに、生田はだらだらと待ち続けた。





 それからおよそ二時間後。

 生田はもう限界だった。

 代り映えしない景色に、変わらない体勢。ちょくちょく身じろぎをするも、どこかからやってくる痛みは変わらず、おまけにバケツには一匹も入ってないときた。一攫千金どころか、金を払ってでも帰りたいくらいである。



 「……なあ牧。もういいんじゃねえか?」


 「……」


 「……牧?」


 「…………そろそろか」


 「?」



 牧がそう呟くやいなや、釣り糸の下の水面から大きな影のようなものが見えた。どれだけ小さく見積もっても、三メートルはくだらないだろう。

 まさか……マジでチャンスなのか?



 「おい牧!やべえぞこれ尋常じゃないデカさだ!ここは二人で協力して…………牧?」



 顔を上げれば、横にいたはずの牧の姿はなかった。船はそこまで大きくもないので、どこにいようとデッキから見えるはずなのだが…………トイレだろうか?


 それに、前しか見てなかったので気付かなかったが、どうやらここは海のど真ん中であるらしい。辺りには船どころか陸地すら見えず、見渡す限り海が広がっていて、雲一つない上空からは先ほどから太陽がずっと顔を出している。


 しかし、この千載一遇のチャンスを逃す手はないだろう。先ほどからずっと何かに見られているようで薄気味悪いが、さっさとこいつを釣ってしまえば問題ない。



 「おい牧いいのか!?俺一人で釣っちまったら、金は全部独り占めしちまうぜ!だから早く出て来いよ!」



 どれだけ待っても、牧から返事がくることも帰ってくることもなく、ただ水面で影が大きく動きまわるのみだった。



 「………………ッ!くそ!」



 いい加減出て来いとトイレに行こうとした矢先、竿がぐにゃっと勢いよく曲がり、途轍もない力で海に引っ張られる。

 なんとか足を溝に引っかけて耐えているものの、引き上げるなんてことは到底考えられない。むしろ、このままではこっちが海に落とされそうだ。

 仕方ない、と生田は釣竿を手放そうとして――







 「!?」



 手が、離れなかった。まるで手と釣竿が一体化してしまったみたいに、離すどころか指を開くことさえできなかった。



 「……じゃあ釣りあげて搔っ捌いてやるよクソ魚があ!!」



 生田が持てる力の全てを使い、竿を引き上げようとしたその時。

 後ろから足音が聞こえた。



 「牧か!?はやく手伝ってくれ一緒にこのクソ魚を――」



 生田の呼びかけに応じた牧が、生田の腰に腕を回し密着する。



 そして。



 牧は生田に抱き着いたまま、海に身を投げた。



 「――!?」



 生田が最後に見たのは、落ちながらも口角を上げたままにたにたと笑う、牧の姿だった。



 




 大学の夏休みも終わり、久しぶりに会った部員たちが話で盛り上がっていた頃。一人の男が悩みを口にした。



 「俺夏休みなんもしてなくて就活で話せるネタないんすよねー。なんか今からでもどうにかならないっすか?」



 三年生としてはありきたりな悩みに、ある男が答える。



 「俺が最近ハマってるのがあるがやってみるか?」


 「え、なんすか生田先輩教えてくださいよー」







 「釣りでもどうだ?」



 








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