↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家畜人社会  作者: 彼岸花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/8

晩餐

 カラカラと、台車の滑車部分の回る音が聞こえる。

 すぐ近くで鳴っている筈なのに、なんだか遠いような気もする。じゅくじゅくとした痛みはあるけど、なんだか他人事のような、いまいち実感がなくてあんまり気にならない。それでいて意識がぼんやりしていて、まどろみの中にいるような、心地良い気分だ。

 このまま寝たい気もするが……いや、寝てはダメだ。少なくとも今はまだ。

 どうにか頑張って意識を保っていると、台車が止まる。そして私の乗(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)ものが運ばれ、テーブルの上に置かれた。


「おお……素晴らしい。まだ生きていますか、フロル」


 目が霞んでいて、よく見えない。だけどその声はちゃんと覚えている。

 ご主人様の声だ。


「はい……生きて、ます」


「素晴らしい。最新の技術で『調理』した甲斐がありましたね」


 ご主人様の喜びの声を聞いて、私は微笑む。

 ……ちゃんと微笑む事が出来ただろうか? それにさっきの声も、ちゃんと出せていたのだろうか。もう、身体は殆ど動かないから、自信がない。

 動かないと言うより、ないという方が正しいかも知れないが。

 ――――私は、『料理』となった。

 目が霞んでよく見えないけど、事前に聞いた話では大きな葉菜の上に、細かく切り分けられた私の肉が並べられているらしい。胴体はシンプルだけど食べ応えのある焼き肉、細い腕は生でも美味しいので刺し身、筋肉が多い足は煮物で柔らかく。腹から取り出した内臓は野菜や香草と一緒に焼き、芳醇な香りを漂わせる一品となっている筈だ。

 火山噴火を食い止め、お腹を空かせたご主人様のための豪華な夕食。普通なら養畜施設で見たように、電気ショックで気絶して解体するのが普通だけど……私のためにご主人様は特別な料理法を用いてくれた。

 私は今、頭だけで生きているのだ。

 首を切断し、その断面に様々な管に繋げる。そしてこの管から酸素と栄養を送り続ける事で、脳だけでも生命機能を維持出来るようになるのだ。あくまでも時間稼ぎが限度で、そのうち死んでしまうけど。

 だけどこのやり方なら、調理された後でも味の感想を聞く事が出来る。

 家畜人達は食べられる事に抵抗なんてないし、名誉だと思っている。私も、ご主人様に食べてもらえる料理となった事を心から嬉しく思い、ここで死んでも十分過ぎるほど満足している。だけど、やはり自分の肉がどれだけ美味しかったかは聞いてみたい。

 その夢を叶えるのがこの処置という訳だ。勿論これには高度な技術に加え、専用の機械や栄養剤も必要。使用するには相当のコストが掛かる。一般的な家畜人には使ってもらえない。

 私のように、特別に育てられたものの特権だ。


「では、早速頂きましょう」


 ご主人様は私の肉に、その手を伸ばしてくれている事だろう。


「まずは胴体から」


 サタン達の食事は基本的に手掴み。ご主人様もきっと、その手で私の胴体を掴んだ筈だ。

 胴体は食べやすいよう、片手に収まるサイズに切っている。簡単に持ち上げ、口まで運べるだろう。

 ボリ、クチャ。

 骨と肉の潰れる音が微かに聞こえた。ご主人様が、私の肉を食べている音だ。ようやく、私の身体をご主人様に捧げる事が出来た。私の命が、社会を守るために力を振るったご主人様の糧となる。

 なんという名誉なのだろう。

 だけど、心配もある。ちゃんと私の身体は美味しくなっているのだろうか。勿論勉学を積み重ね、定期的に血による味見もしてきたので自信はある。だけど本当にこれで大丈夫なのか、確証には至らない。


「おおおお……なんと、素晴らしい」


 そんな不安は、ご主人様の声一つで吹き飛んだ。


「おい、しい、ですか」


「ええ、これは、素晴らしい。今まで味わった事がない、とても芳醇な肉の香りが、何時までも口の中に広がります。噛めば適度な脂が溢れ、飲み込むのが惜しくなるほどです」


 ご主人様の口からは、つらつらとお褒めの言葉が出てくる。それだけ自然に出てくるのだから、これらの言葉は私への気遣いではなく、本心なのだろう。


「次は、腕を頂きましょう……ん、んん……! 生だというのにまるで臭みがありません。舌触りも滑らかで、いくらでも食べられそうです」


 次に食べた腕も、褒めながら食べてくれる。私の腕は細いので、あまり多く食べてもらえないのが残念なぐらいだ。


「おおお……じっくりと煮られたのに崩れず、まだ歯応えがある。最後まで運動を怠らず、鍛えていた成果ですね。お陰で食感と味わいを、思う存分味わえる。内臓の料理も、ああ、これは堪らない。癖はありますが、むしろそれが食欲を掻き立てる。油断すると、一気に頬張ってしまいそうです」


 煮られた腕も、内臓も、満足してもらえている。今までの努力は決して無駄ではなく、この瞬間報われていると実感した。

 ご主人様は次々と私の身体を食べていく。美味いと何度も口ずさみ、味を楽しむように何度も噛んでいる。私を、思う存分堪能してくれている。

 ああ。私は、このために生きてきた。

 この方の血肉として消費され、この方の命を支えられた。

 私の生には、至上の意味があった。

 ……心が満たされる中、いよいよ意識が薄れてきた。生命維持措置の効力もそろそろ終わる頃なのだろう。

 こんなにも嬉しい言葉をもらえたから、もう何も心残りはない。

 ……いや、一つ、あと一つだけ、叶えたい夢がある。


「ご、しゅじ、さま」


「はい。どうしましたか、フロル」


「わた、し、そろ、そ、いし、き、が」


「……ああ、限界なのですね。ありがとうございます。本当に、あなたはとても美味しかった……最後にしてほしい事は、ありますか?」


 私の死が迫っていると察し、ご主人様は尋ねてくる。

 私は出来るだけ笑みを作りながら答えた。


「いきて、る、うちに、わたしを、たべ、て、く、ださ、い」


 まだ私は生きている。

 生きたまま、ご主人様に食べてもらいたい。知覚出来ない肉を咀嚼されるのではなく、その歯で私を噛み、潰し、消化されてご主人様の身体の一部となるのを感じたい。

 勿論それは無理な話だ。噛み砕かれた瞬間、私の脳機能は停止して、意識も何もなくなるだろう。

 そう思うけど、やってほしい。『ワガママ』というのはそういうものだ。


「ええ、いいですよ。私もあなたの頭を、脳の味を早く知りたい」


 私のお願いに、ご主人様はすぐに応えてくれた。

 頭しか残っていない私を、ご主人様の大きな手が掴む。落とさないように後頭部をしっかりと握りながら、首に刺さっている管を一気に全部引き抜いた。

 供給されていた酸素と栄養が途切れ、息を止めている時のような不快さが込み上がる。

 だけどそれは短い間の事。この状態の私が長く持たないのはご主人様も知っている。だからすぐに私を持ち上げ、ご主人様は大きく口を開く。


「フロル。あなたは私が食べた中で、最高の食材でした」


 そして最後に、最高の栄誉を教えてくれて。

 すぐに、私を手放した。

 私が、ご主人様の口の中に入る。鋭い歯が私に食い込み、私を押し潰していく。

 ちゃんと、食べてもらえた。

 それを実感すれば、頭と脳が潰れていく感覚さえも幸福に変わる。何も考えられないほどの幸せの中で、私は最期の瞬間を待ち望み――――

 くちゃっと、私は、私が飛び散るのを感じた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とりあえず、フロル的にはハッピーエンド…………だと思うんですけど、やっぱりなんか抵抗感がありますね(;^ω^) というか、人肉料理を食べながらグルメマンガみたいに感想を言うのは………………うまく言語化…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。