第五話『逆流』
ダニエロは凄いやつだ。
ダニエロが家に来てから2年経ち、俺は3歳、ダニエロは4歳になった。ダニエロは本当に凄い、それをこの2年で痛感した。
既に村で一番計算が得意で、運動も得意。身長は俺より頭2つ大きく、性格もいい。
あの目をしたのもあれっきりで、俺にも優しく、義兄として完璧と言って申し分ない。
そのお陰か4歳のクセしてモテモテらしく、年齢を問わず村の女性と取っ替え引っ替えキスしているのを見かける。最初は羨ましく不純に感じて嫉妬していたが、キスをするのはいつもダニエロではなく相手からで、能力的にも勝ち目が無いと分かった今となってはもう何も感じない。
この前は鳥を狩ってきた。それだけでなく、その鳥を捌いて家族に振る舞うところまで完璧にこなしていた。
それに対して俺は、まだ何もできていない。
頭では分かっている。だが身体が追いついていないのだ。
どうしてか、物の名前の記憶はできているのに言葉にしようとすると上手くいかない。
頭に思い浮かんだ文を綴ろうとすると、途中で思考が途切れ、やっとの思いで書き終わったと思えばそこに残っているのは稚拙な単語の羅列だけ。
だのに、俺と同じ年でダニエロはスラスラと作文をこなし、文法上の誤りや語彙力のかげりも一切ないというのだ。
同じく転生してきたとしてもこの差は説明できない。
何故。
何故だ。
何故ダニエロにはできて俺にはできない。
思考に影が落ちる。
思考だけでなくこの村にも影が落ちた。
日食か。
この世界ではあまり珍しいものではない。なにせ月が3つもあるのだから。大体月1回あるか無いか、その位だ。
空は深く青く沈むのに、辺りはあの夜を照らす赤い星と太陽の反射光で真っ赤だ。いつもは黄金に輝いている粟畑(小麦ではなく粟だったらしい)が緋色に照らされザワザワと激しく騒ぐ。
噂をすればダニエロが。夕暮れ時やこのように日食が起こるとダニエロはどこかに消え、何事も無かったかのように戻ってくる。はじめはみんな心配していたが、今となっては周知の事実。だが、その消える前の瞬間に立ち会ったのは初めてだ。
ダニエロは急ぎ足で、ざわめき朱色に変色したレモン色の森に歩みを進めていく。
(そうだ、普通に考えておかしいだろ。ダニエロがあんなにできるのには何かカラクリがある、そうに違いない。それについて何か分かるかもしれない。)
一歩、二歩。俺は躊躇無くダニエロの後を付けた。
* * *
ダニエロの歩幅は大きく、俺なんかすぐに置いていった。お陰で俺は森の中にポツンと一人。日食は既に終わり
(勝手に詮索したバチが当たったな…)
帰り道を帰ろうにも森の中はどこも同じ景色。記憶を辿っても帰れそうにはない。
どうしたものか…まさか、遭難した?
不安がどっと押し寄せる。帰れない、だとしたらどうやって生きる?食料は?ダニエロのように狩りでもするか?いいやできない。
とどのつまり、村へ帰らなければ死ぬということだ。
(どうしよう…)
無闇に歩くのは余計に遭難することになるだろう。何か目印は…太陽がある。
そうか、村からは水平線の下から太陽が昇るのが見えていた。つまり太陽が沈む方向と反対方向に進めば村へと着く。
ダニエロの件は次回でいい、諦めよう。
俺は足早に太陽を背に帰路へつく。
一歩、二歩。
三歩目で足が止まる。落ち葉を踏む音、俺のじゃない。誰かに付けられてる。
振り返るとすぐ後ろにダニエロが居た。
「おい、お前。」
(いつものいい子ちゃんぶった口調じゃない。やっぱり何か隠してたんだ。)
「口は利けるんだろ?喋れないフリは辞めろ、クソ野郎。」
(コイツ…!やはり俺と同じ…)
「分かった、お前が黙秘を貫くと言うなら洗いざらい全部吐かせてやる。」
ダニエロは俺を木陰まで追い詰めると、問いを投げかけた。
「お前は魔女か?悪魔憑きか?答えろ。」
(魔女?悪魔憑き?何言ってんだ?コイツ。)
凄い形相で凄まれて怖かったのでとりあえず首を横に振った。
「…ふざけやがって…」
どうやら地雷を踏んだようだ。ダニエロの眉間には数多のシワができている。
「お前、付けてたよな?」
どうしよう、事実だ。言い逃れのしようがない。
「…あ…あぁ…」
何とか喉を絞って声を出す。少し掠れたが、これなら十分喋れる。ダニエロの眼力が強過ぎて目は合わせられなかったが。
「なるほど、悪魔憑きの類か。」
(ダメだ、このままじゃ誤解が大きくなるばかり、なにか弁明しなければ。)
「違う…そんなんじゃ」
「信用に足らないな、そういうなら証拠を見せてみろ。」
証拠…?意味の分からないでっち上げに証拠?そんなの答えられるワケがない。よくよく考えたらイライラしてきた、なんでこんな理由の分からない事を吹かすヤツが俺よりモテて、勉強も運動もできて…。
「魔女?悪魔憑き?よくわからないが、その年で算術から狩りまでできて、理由の分からない事をペラペラと喋る。そういうお前がそうなんじゃないか?」
(しまった、身に染み付いたレスバ癖で口が滑った…)
だが、ダニエロの反応は意外だった。目を見開いたと思えば俯いて首元を押さえた。
「そんな…いや…そんなハズは…」
理由はよくわからないが、とりあえず今はガラ空きだ。今なら逃げられるだろう。あの形相とこの体格差、俺はコイツに殺されるかもしれないんだ。考えるのは後でいい。いい土産物もあったしな。
そう思考を整理すると、俺は全力で村の方へと走り出した────。




