プロローグ:四月の理(しがつのことわり)
その世界において、天を見上げることは「生」を数えることと同義だった。
空には太陽も、無数の星々もない。ただ、絶対的な四つの巨体が、不変の軌道を描きながら地上を睥睨している。人々はそれを**四月の理**と呼び、畏れ、崇め、そして利用することで文明を繋いできた。
まず東の地平より昇るは、黄金月。 自ら熱と光を放つその巨体は、地上の万物に偽りの昼をもたらし、人々に終わりのない労働を強いる。黄金月の光を浴びぬ地は極寒の死地へと変わり、光が止まらぬ地は焦熱の地獄へと変貌する。
次に空を渡るは、翡翠月。 この世のあらゆる「水」の源流。この月が天頂を過る時、銀色の水蒸気が尾を引き、天水となって大地に降り注ぐ。この月を追うことが、乾きから逃れる唯一の手段であり、すべての種族がこの「雨の軌道」を奪い合うことで歴史を綴ってきた。
夜の深淵に潜むは、漆黒月。 光を飲み込み、星空に開いた虚無の穴。この月が近づく周期、生きとし生けるものの闘争本能は加速し、本能という名の狂気が目を覚ます。古来より、この月が最も近づく夜に、数多の国が灰に帰したという。
そして、空の法則を揺るがすは、紫水晶月。 透き通るような紫の輝きは重力を操り、地上の岩石を浮かせ、潮汐を狂わせる。人族はこの月の力を鋼鉄に宿し、空を飛ぶ翼を手に入れた。
陸が七割、水が三割。 海なきこの惑星において、一滴の潤いは一滴の血よりも重い。
今、文明の歯車が急速に回転を上げている。 人族は蒸気と重力技術で空を埋め尽くし、獣人は誇りを守るために牙を研ぎ、そして未知なる蟲人が深き闇の中から蠢き始めている。
四つの衛星が特定の配列に並ぶ「大合」が刻一刻と近づくなか、均衡は脆くも崩れ去ろうとしていた。 これは、恵みの雨を奪い合う三つの種族と、その戦火の中に放り出された者たちの物語である。
――天を見上げよ。 そこには、運命という名の月が輝いている。




