孤独になれなかったグルメ
──今日は金曜日。
明日は仕事が休みだから、好きなものを、好きなように食べる。
誰にも邪魔されない、俺だけの大切な時間。
今日は、前から行きたかった焼肉屋に、一人で向かう。
さぁて、何を食べようか。
足取り軽く店に入る。
「いらっしゃいませ、お客様は何名様ですか?」
「私一人ですが?」
「……おひとり様ですね、こちらへどうぞ」
店員は一瞬、表情が固くなったように見えたが、すぐに笑顔になった。
カウンターが空いていないため、テーブル席に案内される。
わかってるよ、俺一人でテーブルを占拠するのはコスパが悪いんだろう?
知ってますぅ〜!
でも、知りませ〜ん!
だって、俺、誰にも邪魔されたくないんだも〜ん!
もし、カウンターに移動せよと言われたら喜んで代わってやるが、今の俺は一刻も早くお肉ちゃんを食したい。
だから、遠慮なくテーブル席に座らせていただこう。
「お飲み物は何にされますか?」
「生を一つ、お願いします」
まずはやっぱりビールだ。
疲れた体に染み渡る苦味とのどごし。
生ビールを流し入れることで、俺の胃袋は、肉の受け入れ態勢が整うのだ。
そして、牛タンに、ロースに、カルビ。
ホルモンなんかもいっちゃって──。
俺の前に並ぶツヤツヤの肉たちが、今か今かと待っている。
俺の手によって、焼かれ、食われるのを。
心地よい音を立てて網の上で焼かれる肉を見守りながら、俺は上機嫌だった。
──あの二人組が俺の前に現れるまでは。
俺がウッキウキでカルビを焼いていた、その時。
隣のテーブルに、男女二人組が向かい合って座った。
男は、真面目そうなサラリーマン風。
女は、黒髪ロングで清楚な感じの美人だ。
そういえば、「焼肉に二人で行く男女は、そういう関係だかなんだか……」と、誰かが言ってたな。
そんな下衆の勘繰りをしながら、俺は目の前のカルビをタレ皿に置く。
さぁ、タレに浸かっていらっしゃいませ……と、口に運ぼうとした瞬間──
「今宵、あなたとは、致せません」
女の口から飛び出した言葉に、俺のカルビはタレ皿にリターンズ。
──おい、今、何て言った?
俺の聞き違いか?
いつの頃からか、巷では「そういうこと」をすることを「致す」と、表現するようになって久しいが。
「ナミコさん、なぜなんだい? 僕たちは、何度も致して来たじゃないか。なぜ、今日はダメなんだい?」
──おいおい、何言ってんだ?
表現をぼかしているようで、全然ぼかせてないぞ?
ていうか、公衆の面前で話す内容なのか、それ。
「……満月だからよ」
──わぁ! より生々しくなってしまったよ。
女性特有のあの現象だからって、言ってんのか?
「ナミコさん、つまり、女性特有の現象のせいだって言うのかい?」
──この男、デリカシーってもんがねぇのかよ!?
おっと、網の上に俺のハニーが待ってたぜ。
俺は、タレ皿にいたカルビと、ニューフェイスのカルビを口に運ぶ。
そして、新たなカルビを網に放つ。
「いいえ。その現象ではないわ」
「じゃあ、なぜ致せないって言うんだい?」
──致す致す、うるせぇな!
ぼかしてるつもりだろうが、そんな話をこんな場所でするなよ!
「私、満月の夜は、体の具合が悪くなるのよ」
──焼肉なんて食べられるのに?
「焼肉なんて食べられるのに?」
おぉっと、心の声が男とハモッてしまったぜ。
確かに、具合が悪いんなら、焼肉なんて食えないだろうに。
「私、肉食獣なので」
──肉食系女子の言い間違えか?
「だったら、僕のことも食べておくれよ」
──こいつも肉食系女子の言い間違いだと思っているな?
ていうか、こいつ気持ち悪いな!!
「いいえ。私は肉食獣だけど、食べられたい派なのよ」
──さっきから、何を言ってるんだよ、この女も。
「じゃあ、僕に食べさせておくれよ」
──お前は、もう黙れ!!
俺は、網の上から肉汁したたるカルビを取り、タレをつけてご飯にワンバウンドして、口に運ぶ。
「私、テルさんに、隠していることがあるの……」
──ん?
まさか、他に好きな人ができたとか?
「まさか、他に好きな人ができたとか?」
──テル、俺の心の声をリピートするんじゃねぇ!
「いいえ。テルさんのことは好きよ。他に好きな人もいないわ」
「だったら、なぜ致せないって言うんだい?」
──いちいち返答が、キモい!!
「……私、狼男の末裔なの」
──えぇ!? 意外な展開!!
俺は、網の上にホルモンを並べる。
「狼男って……そんな。ナミコさんは女でしょ?」
──テル! 狼男の家系でも、女は生まれるだろうよ!
俺は、ホルモンをどんどん網に乗せる。
「先祖が狼男というだけで、女も生まれるのよ、テルさん」
「ナミコさん。君は満月になると、狼女になってしまうのかい?」
──えっ!? 見たい!!
「いいえ。産毛が太く長くなるくらいよ。風にそよぐくらい」
──風にそよぐ産毛!! なにそれ、見たぁい!
ナミコの腕を見ようとするが、長袖のため見えない。
「僕は、産毛の長さで君を嫌いになんてならないよ」
──そうだな。見た目は変わっていないしな。
俺は、焼けかけのホルモンを端の方に寄せ、ロースを網の上に置いた。
「見える部分は産毛くらいだけれど、服の下はモジャモジャなのよ」
「いかほどに、モジャモジャなんだい?」
──いかほどにって!
テル、言葉のチョイスに癖がありすぎィ!!
「地肌が見えない程度には、剛毛よ」
──そりゃあ、すんごい!!
気付いた時には、網の上がホルモンの山になっていた。
「剛毛というのは、いかほどに硬いのかな?」
──ツッコむとこ、そこじゃねぇだろ。
おっと、いけない。
ジャストタイミングで食さなければならないのに。
俺は、そそくさとホルモンを口に運ぶ。
噛み切りにくい!!
「ジャーマンシェパードの毛よりは、硬いわ」
──わっかりにくいぜぇ!?
俺は、ホルモンの硬さと格闘しながら、ジャーマンシェパードの毛の硬さに思いを馳せた。
「じゃあ、大丈夫だね」
──テルゥ〜? 何が大丈夫なんだよ。
どんだけ致したいんだよ!?
「テルさんが良いと言っても、私が嫌なのよ」
──そうだよな、女心だよな。
ジャーマンシェパード並に硬い剛毛だもんな。
俺は、頷きながらホルモンを噛みしだく。
「テルさんは、私のことなど、何も考えてくれないのね……」
表情の乏しいナミコだが、どことなく悲しそうに見える。
──そうだよな。
嫌だと言ってる女心がわからんのだな、テルの奴は。
ホルモン山脈の解体が終わりそうなので、新たなロースを網に置く。
「僕は、いつだってナミコさんのことを考えているさ」
「……嘘よ」
「嘘じゃないさ。今だって、狼男の末裔だって知っても驚かなかった。本当のことが知れて、良かったと思っているよ」
──なんだ、良い男じゃねぇか、テル。
俺だったら、満月の度にジャーマンシェパードの毛並みになる女は、ちょっと遠慮してしまうだろうな。
「毛を隠せるドレスを着ればいいじゃないか」
──テル! おい、テル!!
ダメだ、こいつ致すことしか考えてねぇ。
「無理よ。繊細な生地のドレスでは、ゴワゴワしてしまうわ。それに、硬い毛がツンツンと飛び出してしまうじゃないの」
──やる気なのか!?
わざわざドレスまで着て致すつもりなのか!?
「いいじゃないか、僕がツンツンに耐えれば。他の人からは見えないよ」
──まさかの、オーディエンス付き!?
集団で致す系のパーティー!?
気が付くと、俺の網はロースの平原になっていた。
「ナミコさん、君の情熱的な腰の動きは実に魅力的だ。引き締まった身体の躍動感も。みんな、君の艶かしい姿が見たいと、待っているんだよ」
えぇーーっ!?
いやらしいーーっ!!
行きたい、そこぉ!!
俺の茶碗は、いつの間にか、山盛りロース焼肉丼となっていた。
「でも……恥ずかしいわ」
「僕も精魂尽きるまで、頑張るから。僕の全てを出し尽くすから」
──ど、どこに行ったら参加できるの、それ!?
その時。
「申し訳ございません、お客様。グループのお客様が来られまして、あちらのカウンター席へのご移動をお願いできませんでしょうか?」
──いいところだったのに。
そう言われたら、移動するしかない。
卑猥な集団の一員らしいカップルからは、遠く離れた席に移った。
カウンター席に案内されたため、振り向かなければ、あのカップルは見えない。
振り向いたところで、会話の内容を聞き取れる距離でもない。
俺は諦めて、目の前のお肉ちゃんたちとの関係を深めることにした。
さっき、カルビちゃんと山盛りホルモンズを食した。
今は、ロースちゃんと戯れている。
そろそろ、ワカメスープでもいっときますか。
俺はワカメスープを追加注文し、スープをお迎えする前に、お手洗いを済ますことにした。
店の隅に、こぢんまりとしたトイレがあった。
入って、便座に座って用を足す。
ふと顔を上げると、目の前のドアに、見たことのあるカップルのポスターが貼ってあった。
──社交ダンスの大会
──あ、さっきの二人組、社交ダンスの選手だったのか。
ていうか、ポスターに載るほど有名だったんだな。
それで、さっきの会話に合点がいった。
観客──ダンス大会の観客のことだったのか。
観客のために、今夜、練習しようってことだったんだな。
なんだ、「二人で焼肉に行く男女は……」の話に、引っ張られていたんだな。
我ながら、とんだ勘違いをしたもんだ。
彼らの中では、致す=社交ダンスのことだった。
それに気付いて、トイレの中で一人、笑った。
──さてと。
ワカメスープちゃんが待っている。
早く食べてあげないと。
おひとりさまグルメに戻ることにした俺は、元いたカウンター席に座った。
カウンター席は、レジまでの通り道になっている。
俺の座る席の後ろを、さっきのカップルが通る。
「今日は、スイートルームを取ってあるんだよ」
「テルさん……だって私、ジャーマンシェパードよ?」
「いいからいいから」
──どっち!?
結局どっちなんだい!?
今から、どこで何をするんだい!?
俺は、頭が混乱したまま、ワカメスープをズズッとすすった。
お会計を済ませ、ほろ酔い気分で家路につく。
夜空には、まん丸お月さんが、ぽっかりと浮かんでいた。




