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孤独になれなかったグルメ

作者: *桜花*
掲載日:2025/12/17

──今日は金曜日。

明日は仕事が休みだから、好きなものを、好きなように食べる。


誰にも邪魔されない、俺だけの大切な時間。


今日は、前から行きたかった焼肉屋に、一人で向かう。

さぁて、何を食べようか。


足取り軽く店に入る。


「いらっしゃいませ、お客様は何名様ですか?」


「私一人ですが?」


「……おひとり様ですね、こちらへどうぞ」


店員は一瞬、表情が固くなったように見えたが、すぐに笑顔になった。



カウンターが空いていないため、テーブル席に案内される。


わかってるよ、俺一人でテーブルを占拠するのはコスパが悪いんだろう?

知ってますぅ〜!

でも、知りませ〜ん!

だって、俺、誰にも邪魔されたくないんだも〜ん!


もし、カウンターに移動せよと言われたら喜んで代わってやるが、今の俺は一刻も早くお肉ちゃんを食したい。

だから、遠慮なくテーブル席に座らせていただこう。



「お飲み物は何にされますか?」


「生を一つ、お願いします」


まずはやっぱりビールだ。

疲れた体に染み渡る苦味とのどごし。

生ビールを流し入れることで、俺の胃袋は、肉の受け入れ態勢が整うのだ。


そして、牛タンに、ロースに、カルビ。

ホルモンなんかもいっちゃって──。


俺の前に並ぶツヤツヤの肉たちが、今か今かと待っている。

俺の手によって、焼かれ、食われるのを。


心地よい音を立てて網の上で焼かれる肉を見守りながら、俺は上機嫌だった。


──あの二人組が俺の前に現れるまでは。



俺がウッキウキでカルビを焼いていた、その時。


隣のテーブルに、男女二人組が向かい合って座った。

男は、真面目そうなサラリーマン風。

女は、黒髪ロングで清楚な感じの美人だ。


そういえば、「焼肉に二人で行く男女は、そういう関係だかなんだか……」と、誰かが言ってたな。

そんな下衆の勘繰りをしながら、俺は目の前のカルビをタレ皿に置く。

さぁ、タレに浸かっていらっしゃいませ……と、口に運ぼうとした瞬間──


「今宵、あなたとは、致せません」


女の口から飛び出した言葉に、俺のカルビはタレ皿にリターンズ。


──おい、今、何て言った?

俺の聞き違いか?


いつの頃からか、巷では「そういうこと」をすることを「致す」と、表現するようになって久しいが。



「ナミコさん、なぜなんだい? 僕たちは、何度も致して来たじゃないか。なぜ、今日はダメなんだい?」


──おいおい、何言ってんだ?

表現をぼかしているようで、全然ぼかせてないぞ?

ていうか、公衆の面前で話す内容なのか、それ。



「……満月だからよ」


──わぁ! より生々しくなってしまったよ。

女性特有のあの現象だからって、言ってんのか?


「ナミコさん、つまり、女性特有の現象のせいだって言うのかい?」


──この男、デリカシーってもんがねぇのかよ!?

おっと、網の上に俺のハニーが待ってたぜ。


俺は、タレ皿にいたカルビと、ニューフェイスのカルビを口に運ぶ。

そして、新たなカルビを網に放つ。



「いいえ。その現象ではないわ」


「じゃあ、なぜ致せないって言うんだい?」


──致す致す、うるせぇな!

ぼかしてるつもりだろうが、そんな話をこんな場所でするなよ!



「私、満月の夜は、体の具合が悪くなるのよ」


──焼肉なんて食べられるのに?

「焼肉なんて食べられるのに?」


おぉっと、心の声が男とハモッてしまったぜ。

確かに、具合が悪いんなら、焼肉なんて食えないだろうに。



「私、肉食獣なので」


──肉食系女子の言い間違えか?


「だったら、僕のことも食べておくれよ」


──こいつも肉食系女子の言い間違いだと思っているな?

ていうか、こいつ気持ち悪いな!!



「いいえ。私は肉食獣だけど、食べられたい派なのよ」


──さっきから、何を言ってるんだよ、この女も。



「じゃあ、僕に食べさせておくれよ」


──お前は、もう黙れ!!


俺は、網の上から肉汁したたるカルビを取り、タレをつけてご飯にワンバウンドして、口に運ぶ。



「私、テルさんに、隠していることがあるの……」


──ん?

まさか、他に好きな人ができたとか?


「まさか、他に好きな人ができたとか?」


──テル、俺の心の声をリピートするんじゃねぇ!



「いいえ。テルさんのことは好きよ。他に好きな人もいないわ」


「だったら、なぜ致せないって言うんだい?」


──いちいち返答が、キモい!!



「……私、狼男の末裔なの」


──えぇ!? 意外な展開!!

俺は、網の上にホルモンを並べる。


「狼男って……そんな。ナミコさんは女でしょ?」


──テル! 狼男の家系でも、女は生まれるだろうよ!

俺は、ホルモンをどんどん網に乗せる。


「先祖が狼男というだけで、女も生まれるのよ、テルさん」



「ナミコさん。君は満月になると、狼女になってしまうのかい?」


──えっ!? 見たい!!


「いいえ。産毛が太く長くなるくらいよ。風にそよぐくらい」


──風にそよぐ産毛!! なにそれ、見たぁい!

ナミコの腕を見ようとするが、長袖のため見えない。


「僕は、産毛の長さで君を嫌いになんてならないよ」


──そうだな。見た目は変わっていないしな。

俺は、焼けかけのホルモンを端の方に寄せ、ロースを網の上に置いた。



「見える部分は産毛くらいだけれど、服の下はモジャモジャなのよ」


「いかほどに、モジャモジャなんだい?」


──いかほどにって!

テル、言葉のチョイスに癖がありすぎィ!!



「地肌が見えない程度には、剛毛よ」


──そりゃあ、すんごい!!

気付いた時には、網の上がホルモンの山になっていた。


「剛毛というのは、いかほどに硬いのかな?」


──ツッコむとこ、そこじゃねぇだろ。


おっと、いけない。

ジャストタイミングで食さなければならないのに。

俺は、そそくさとホルモンを口に運ぶ。

噛み切りにくい!!



「ジャーマンシェパードの毛よりは、硬いわ」


──わっかりにくいぜぇ!?

俺は、ホルモンの硬さと格闘しながら、ジャーマンシェパードの毛の硬さに思いを馳せた。


「じゃあ、大丈夫だね」


──テルゥ〜? 何が大丈夫なんだよ。

どんだけ致したいんだよ!?



「テルさんが良いと言っても、私が嫌なのよ」


──そうだよな、女心だよな。

ジャーマンシェパード並に硬い剛毛だもんな。

俺は、頷きながらホルモンを噛みしだく。



「テルさんは、私のことなど、何も考えてくれないのね……」


表情の乏しいナミコだが、どことなく悲しそうに見える。


──そうだよな。

嫌だと言ってる女心がわからんのだな、テルの奴は。


ホルモン山脈の解体が終わりそうなので、新たなロースを網に置く。



「僕は、いつだってナミコさんのことを考えているさ」


「……嘘よ」


「嘘じゃないさ。今だって、狼男の末裔だって知っても驚かなかった。本当のことが知れて、良かったと思っているよ」


──なんだ、良い男じゃねぇか、テル。

俺だったら、満月の度にジャーマンシェパードの毛並みになる女は、ちょっと遠慮してしまうだろうな。



「毛を隠せるドレスを着ればいいじゃないか」


──テル! おい、テル!!

ダメだ、こいつ致すことしか考えてねぇ。



「無理よ。繊細な生地のドレスでは、ゴワゴワしてしまうわ。それに、硬い毛がツンツンと飛び出してしまうじゃないの」


──やる気なのか!?

わざわざドレスまで着て致すつもりなのか!?



「いいじゃないか、僕がツンツンに耐えれば。他の人からは見えないよ」


──まさかの、オーディエンス付き!?

集団で致す系のパーティー!?


気が付くと、俺の網はロースの平原になっていた。



「ナミコさん、君の情熱的な腰の動きは実に魅力的だ。引き締まった身体の躍動感も。みんな、君の(なまめ)かしい姿が見たいと、待っているんだよ」


えぇーーっ!?

いやらしいーーっ!!

行きたい、そこぉ!!


俺の茶碗は、いつの間にか、山盛りロース焼肉丼となっていた。



「でも……恥ずかしいわ」


「僕も精魂尽きるまで、頑張るから。僕の全てを出し尽くすから」


──ど、どこに行ったら参加できるの、それ!?



その時。


「申し訳ございません、お客様。グループのお客様が来られまして、あちらのカウンター席へのご移動をお願いできませんでしょうか?」


──いいところだったのに。

そう言われたら、移動するしかない。

卑猥な集団の一員らしいカップルからは、遠く離れた席に移った。



カウンター席に案内されたため、振り向かなければ、あのカップルは見えない。

振り向いたところで、会話の内容を聞き取れる距離でもない。

俺は諦めて、目の前のお肉ちゃんたちとの関係を深めることにした。


さっき、カルビちゃんと山盛りホルモンズを食した。

今は、ロースちゃんと戯れている。

そろそろ、ワカメスープでもいっときますか。


俺はワカメスープを追加注文し、スープをお迎えする前に、お手洗いを済ますことにした。



店の隅に、こぢんまりとしたトイレがあった。

入って、便座に座って用を足す。


ふと顔を上げると、目の前のドアに、見たことのあるカップルのポスターが貼ってあった。


──社交ダンスの大会


──あ、さっきの二人組、社交ダンスの選手だったのか。

ていうか、ポスターに載るほど有名だったんだな。


それで、さっきの会話に合点がいった。

観客──ダンス大会の観客のことだったのか。

観客のために、今夜、練習しようってことだったんだな。


なんだ、「二人で焼肉に行く男女は……」の話に、引っ張られていたんだな。

我ながら、とんだ勘違いをしたもんだ。


彼らの中では、致す=社交ダンスのことだった。

それに気付いて、トイレの中で一人、笑った。



──さてと。

ワカメスープちゃんが待っている。

早く食べてあげないと。


おひとりさまグルメに戻ることにした俺は、元いたカウンター席に座った。



カウンター席は、レジまでの通り道になっている。

俺の座る席の後ろを、さっきのカップルが通る。


「今日は、スイートルームを取ってあるんだよ」

「テルさん……だって私、ジャーマンシェパードよ?」

「いいからいいから」



──どっち!?


結局どっちなんだい!?

今から、どこで何をするんだい!?


俺は、頭が混乱したまま、ワカメスープをズズッとすすった。



お会計を済ませ、ほろ酔い気分で家路につく。

夜空には、まん丸お月さんが、ぽっかりと浮かんでいた。

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