⬛︎ディランの助け舟
昼下がりの中庭。木漏れ日が揺れる中、セロは校舎の近くのベンチに掛けて本を読んでいた。
しかし、その時だった。
「うわ! 危ないって!」
突然上がった声に、本からふと顔を上げた瞬間だった。頭のてっぺんから突然水が降り注いできた。
「っぶ!」
水音がバシャンと一度。突然の出来事に何が起きたか分からず、セロはその場で茫然とする。
「うわ! 下に人が! す、すみません! 水生成の課題で出力を誤ってしまって! 今行きます!」
校舎から顔を出している学生がずぶ濡れになっているセロを見つけ、謝罪を叫ぶ。
「おいおい、セロ、大丈夫かよ!」
近くにいた同級生も、この騒ぎにセロを心配してやってくる。
「大丈夫……! びっくりしただけで……」
程なくして、大判の布を持った学生がセロの元にやってきた。
「ほ、本当にすみません……! まさか下に人がいるとは……!」
水は髪から滴るほどで、セロは布を受け取って頭を拭いた。
「ただの水だし、大丈夫。すぐ乾くよ」
「風邪ひいたらいけないので、身体も拭いてください……これ、良かったら着替えです。制服も洗って返すので……」
「あ、ありがとう……」
セロは何も考えずにシャツを脱いだ。胸に埋め込まれた終齢石が陽の光を反射させる。
「あれ……、なんですか? それ……」
近くで話していた同級生も、学生の言葉に目を細めてセロの胸元を見た。
「……それ、何か埋まってない?」
ザワ、と空気が波打った。数人の生徒が足を止め、セロの方に視線を向ける。
──まずい、と今になって気づいた。
セロにとっては、胸元の終齢石はもう人生の半分以上当たり前にあったものだ。だが、周囲の学生たちにとっては見慣れない物だろう。
「石? え、何で体に……?」
「ずっと病気だったって……それが原因なんじゃ……」
恐怖と不安、好奇心の混ざった視線。セロは一歩下がった。視線が胸元に集まる。石の名残は、淡く光を帯びていた。
「あ、その……これは……」
──何か言わなくちゃ。ちゃんと説明しないと。でも、どうやって?
咄嗟には口が開かない。言葉が、出てこない。どこから話せばいいのかもわからない。終齢石なんて、他人に言っていい事ではない。何といえばいい。
セロの頭の中がぐるぐると混乱する。
──その時だった。
「それは、生まれつき魔力が高い者にだけ、まれに現れる魔力結晶だよ」
きっぱりとした、涼やかな声が、不思議とその場に響き渡った。
一斉に皆が振り向く。そこに立っていた彼は制服の襟を少しゆるめ、手には分厚い本を抱えていた。
「ディラン……君……」
セロの口から、彼の名前がこぼれ出た。
「ディランが言うなら、間違いないな」
同級生が返答を返した。
「……ああ、俺も文献でしか見たことがないけど。実際に現れるのはかなり珍しい。でも、別に害があるものじゃない」
彼はそう言って、少しだけ肩をすくめた。
「むしろ魔力が高い証拠だ。嫉妬するくらいには、すごい才能の印ってこと」
フン、と鼻を鳴らし、冗談めかしたその言い方に、生徒たちの間に小さな笑いが漏れた。
「じゃあ、病気とか、呪いじゃないのか……」
「へえ、そんなものがあるんだ……すごいんだね」
空気が和らいだ。重く淀んでいた視線が、少しずつ逸れていく。
セロは目を見開いたまま、立ち尽くしていた。自分すら説明に詰まっていたのに、ディランは何の迷いもなく庇ってくれた。
まるで、何年も前からの友達みたいに──当然のように。
ディランはセロの隣を通り過ぎ、ぼそりと呟いた。
「……借りは返したぞ」
「……ありがとう」
セロは静かに笑った。
ディランは少し照れ臭そうに目を逸らしながらも、確かに、ほんのわずかに口元を緩めていた。




