表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
四章 カルディア国立高等学術院
55/56

7.発表の後に

 重く閉ざされた扉の向こうから、遠慮がちにノックの音が響いた。だが、ディランは顔を上げない。机の上に放り投げた資料は、乱れたままだ。

 魔道具設計の図面、検証記録、発表原稿……どれも数ヶ月、いや、それ以上をかけて準備したものだ。今やその価値はゼロに等しい。


「ディランくん……入っても、いい?」

 聞き慣れた、どこか間の抜けた、けれど不思議と芯のある声が続いた。聞こえないふりをしようかとも思ったが、ドアノブがゆっくりと回る音に、それをする間もなかった。

「……」

 セロが入ってきた。いつもの淡い灰黒の髪が、実験室のランプに照らされてやわらかく揺れる。


「……笑いに来たのか?」

 低く呟いたディランに、セロは首を横に振った。

「ううん。笑わないよ。君の案、僕は素晴らしいと思ってた」

 机の向こうから顔を上げたディランは、怒りに滲んだ声で噛みついた。

「お前の助け舟のおかげで、だろうが!!」

 セロは驚いたように目を丸くして、それから少し困ったように微笑んだ。


「……あの場で、ただ見てるだけなんて、僕にはできなかった。……ごめんね」

 静かに、けれどまっすぐにそう言うセロの声に、ディランは目を伏せる。喉の奥に何かがつかえたような感覚がした。


 少しの沈黙のあと、口を開いたのはディランのほうだった。

「……お前にわかるかよ。ずっと、努力してきた。魔道具が、研究が、全部だった。俺の家は……両親は、どっちも学識員だ。俺が成績を残さなきゃ、俺を“見る”ことすらしてくれない」

 セロは静かに聞いていた。

「やっと学年一位になれた。俺の名前が学内で知られるようになった。……それなのに、お前が来てから、全部持っていかれた。推薦枠? ノア副官の? ……ふざけるなよ。パッと出のお前に、なんで……!」


 怒鳴り声に似た言葉が、天井へと消えていった。しばらく、ただ機械の唸るような静けさが、二人を包んだ。


 そして──


「……勉強、嫌い?」

 唐突に投げかけられたセロの問いに、ディランはわずかに目を見開いた。

「え?」

「僕もね、ちょっと似てるんだ。ずっと、閉じ込められて外に出られなかった。小さい頃から……ずっと、出ることを許されない檻の中。本ばかり読んで、世界を見る窓はそれしかなかった」

 セロは、ディランの机にある図面をそっと撫でた。丁寧な線。工夫された魔力循環。ディランが、何百時間もかけて作った世界。


「だから今、勉強できることが楽しくてしかたない。こんな場所にいられることが、嬉しくて仕方ないんだ。……それが、君の鼻についたなら、本当にごめん」

 セロの言葉は、静かだった。だが、その目だけは逃げていなかった。

「でもね、ディランくん。今日の発表……君の案は、本当にすごかったよ。あの発想は、ただ教科書を読むだけじゃ思いつかない。勉強だけしてる人には、出せないよ」

 ディランの口から、思わず息が漏れた。


 ──知られてる。


 そう思った。自分の発表が、どれだけの考察を経て生まれたものか。その意図も、弱点も、セロはすべて理解していたのだ。……ならば、あのとき挙手したのは、「助け」ではなく「理解」だったのか。


 セロは、図面から顔を上げてディランをまっすぐに見つめた。

「君の研究、もっと聞きたい」

 ディランは答えなかった。答えられなかった。代わりに、小さく、唇を噛んで、俯いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ