7.発表の後に
重く閉ざされた扉の向こうから、遠慮がちにノックの音が響いた。だが、ディランは顔を上げない。机の上に放り投げた資料は、乱れたままだ。
魔道具設計の図面、検証記録、発表原稿……どれも数ヶ月、いや、それ以上をかけて準備したものだ。今やその価値はゼロに等しい。
「ディランくん……入っても、いい?」
聞き慣れた、どこか間の抜けた、けれど不思議と芯のある声が続いた。聞こえないふりをしようかとも思ったが、ドアノブがゆっくりと回る音に、それをする間もなかった。
「……」
セロが入ってきた。いつもの淡い灰黒の髪が、実験室のランプに照らされてやわらかく揺れる。
「……笑いに来たのか?」
低く呟いたディランに、セロは首を横に振った。
「ううん。笑わないよ。君の案、僕は素晴らしいと思ってた」
机の向こうから顔を上げたディランは、怒りに滲んだ声で噛みついた。
「お前の助け舟のおかげで、だろうが!!」
セロは驚いたように目を丸くして、それから少し困ったように微笑んだ。
「……あの場で、ただ見てるだけなんて、僕にはできなかった。……ごめんね」
静かに、けれどまっすぐにそう言うセロの声に、ディランは目を伏せる。喉の奥に何かがつかえたような感覚がした。
少しの沈黙のあと、口を開いたのはディランのほうだった。
「……お前にわかるかよ。ずっと、努力してきた。魔道具が、研究が、全部だった。俺の家は……両親は、どっちも学識員だ。俺が成績を残さなきゃ、俺を“見る”ことすらしてくれない」
セロは静かに聞いていた。
「やっと学年一位になれた。俺の名前が学内で知られるようになった。……それなのに、お前が来てから、全部持っていかれた。推薦枠? ノア副官の? ……ふざけるなよ。パッと出のお前に、なんで……!」
怒鳴り声に似た言葉が、天井へと消えていった。しばらく、ただ機械の唸るような静けさが、二人を包んだ。
そして──
「……勉強、嫌い?」
唐突に投げかけられたセロの問いに、ディランはわずかに目を見開いた。
「え?」
「僕もね、ちょっと似てるんだ。ずっと、閉じ込められて外に出られなかった。小さい頃から……ずっと、出ることを許されない檻の中。本ばかり読んで、世界を見る窓はそれしかなかった」
セロは、ディランの机にある図面をそっと撫でた。丁寧な線。工夫された魔力循環。ディランが、何百時間もかけて作った世界。
「だから今、勉強できることが楽しくてしかたない。こんな場所にいられることが、嬉しくて仕方ないんだ。……それが、君の鼻についたなら、本当にごめん」
セロの言葉は、静かだった。だが、その目だけは逃げていなかった。
「でもね、ディランくん。今日の発表……君の案は、本当にすごかったよ。あの発想は、ただ教科書を読むだけじゃ思いつかない。勉強だけしてる人には、出せないよ」
ディランの口から、思わず息が漏れた。
──知られてる。
そう思った。自分の発表が、どれだけの考察を経て生まれたものか。その意図も、弱点も、セロはすべて理解していたのだ。……ならば、あのとき挙手したのは、「助け」ではなく「理解」だったのか。
セロは、図面から顔を上げてディランをまっすぐに見つめた。
「君の研究、もっと聞きたい」
ディランは答えなかった。答えられなかった。代わりに、小さく、唇を噛んで、俯いた。




