6.学院論究会
「学院論究会?」
「ああ、セロは編入してきたばかりだから知らないか」
そういえば確かに学内がザワザワとしている。制服を着ていない外部の人間も多い。
学院論究会は、年に一度開催される学内最大の研究発表会だ。
生徒たちが自らの研究成果を発表する場であり、魔術や理論、魔導具の設計など、その内容は多岐にわたる。普段は上級生が中心だが、実力が認められれば一回生でも登壇の機会が与えられる。
この日のために、多くの生徒が何ヶ月も前から準備を重ねる。発表がきっかけで、卒業後の進路が決まることも珍しくない。
当日は学院の外からも有識者や魔術機関の関係者が訪れ、発表者たちはその注目の中で、自分の知識と技術を披露する。
学院におけるひとつの「登竜門」として、多くの生徒が憧れと緊張の入り混じった思いを抱く行事である。
「大講堂で行われるんだ。セロも見に行くか?」
「行く!」
だろうな、とユージンは笑う。
「そうそう、うちの学部からディランも登壇するはずだぜ。一回生なのにすごいよな。確か、両親二人とも学識院の偉い人だろ?」
「……そうなんだ」
あの日から、セロとディランは一言も言葉を交わしていない。お互いに目を合わせていない。と言う方が正解かもしれない。
学院論究会の話をしていたユージンが、ふとセロの表情を横目に見る。
「……なあ、セロ。最近、ディランとなんかあった?」
「……え?」
セロは小さく瞬きをしたあと、慌ててかぶりを振った。
「な、なんにもないよ。普通に……一緒に授業受けてるだけだし」
目を泳がせるその様子に、ユージンは眉をひそめる。
「……あいつ、前もお前に嫌味ったらしかったし、何かしたんじゃないだろうな」
「ちがうよ、ほんとに! ただ……ちょっと、うまく話せないだけで」
思わず声を上げてしまったセロに、ユージンは一拍置いてため息をついた。納得はしていない。そう言う顔だ。
「……そっか。ま、なんかあったら言えよ。俺、そういうの見て見ぬふりはできねぇから」
「……うん。ありがとう」
そんな話をしていると大講堂に到着した。既に中にはたくさんの人が席について、既に始まっている発表に耳を傾けている。
「セロ、あそこ空いてる」
ユージンが先導して、後列に座ることができた。
発表のあとには、生徒や来賓による質疑応答の時間も設けられているらしい。セロとユージンはいくつかの発表に聞き入った。
「あ、次。ディランだぜ」
壇上に表示された議題に見覚えがあったのだろう。ユージンが呟く。
「……」
セロは複雑な気持ちで壇上に上がったディランを見つめた。
発表の内容は「収束型増幅器における魔力共鳴伝導率の最適化設計」——簡単に言えば、魔力をより効率よく伝えて強化するための装置を、どう設計すれば一番よく働くか、という研究だ。
「すげぇ……あんな研究、普通は卒業論文で出すようなやつだぜ……」
セロの耳にはユージンの言葉が入ってこない。先日の放課後の出来事がセロの心を支配していた。
ディランの発表は、自信に満ち溢れていた。整然とした解説、ハキハキと人を惹きつける話術、非の打ち所がなかった。だが。
「……あ、れ……?」
透映灯で映写幕に表示された複雑な回路の図面。セロの視線はある一点に注がれていた。
ディランの発表が終わる。堂々たる発表に、拍手が会場に溢れた。
「以上です。ご清聴ありがとうございました。質疑の応答に移らせていただきます」
だが、そこに一人の上級生の手が上がる。その顔は、鋭く眉間に皺が寄っていた。ディランの顔に動揺が広がる。
「……君のその設計、確かに増幅効率は高い。しかし、「収束域」の下に逆流防止帯が入っていないよな?
高密度魔力を通した場合、共鳴が逆方向に波及して、回路全体が暴走する可能性がある。
それでは、魔道具の安全基準を満たさない。つまり──その案は、使い物にならない」
そう、セロがディランの表示した展開図を見て気がついた。目を凝らさなければわからない、僅かな。だが、致命的なミス。
ディランの表情が青ざめる。
二人、幻滅したような表情を浮かべ、立ち去ろうとする男女。それを見たディランに絶望の表情が現れる。
もしかしたらあの二人は、ディランの──
壇上には静寂が降りていた。
先輩の厳しい指摘によって、ディランの発表内容に致命的な欠陥があると知れ渡った今、空気は一変していた。
発表を終えて喝采を浴びるはずだった青年の肩が、細かく震えている。
後列の席で、セロは迷っていた。
──僕も……わかってた。あの回路じゃ、抑制が効かなくて暴走するって。
だが、あれだけ敵意をぶつけてきた相手を、この場で助ける意味はあるのだろうか。
何よりも、あれは本当に、彼自身のミスだったのだ。
「……」
でも、とセロは思う。
あんなにも複雑な構造を組んだということは──あの人は、正しく修正すれば、画期的な発明になりうる仕組みをつくっていた。たった一点、たった一点の過ちだけ。
たとえ今は間違っていても、そこで笑われて潰れてしまうのは、きっと……よくない。
セロは、席を立った。
「……!? セロ……!?」
隣のユージンが慌てている。
「……あのっ!」
視線が一斉に彼に向く。誰もが「あの一年坊主が何を言う気だ?」という顔をしていた。
「それ、……それはディランさんの狙いだったんですよね?」
静まり返った空気のなか、セロは続けた。
「えっと……たぶん、さっきの先輩の指摘って、「収束域」に「逆流防止帯」がないっていう話だと思うんですけど。ディランさんは、あえてその構造で発表して、こういう設計が危険だってことを、強調したかったんですよね?」
「この後に出す予定だった『双極型制御層』の図、僕、見せてもらってました。あれなら逆流の可能性も防げるし、反応波形も落ち着くから……きっと、最初の回路の危険性と、後の解決案の対比で、印象に残そうとしたんじゃないかと……」
ざわ、と会場が揺れた。ディランが目を見開く。
セロは笑って肩をすくめた。
「ほんとは……ディランさんなら頼まれてて、このタイミングで、僕が指摘する流れだったんですよ。『よく気づいてくれた!』って言って、そこからディランさんが次の解決法を見せる、って……」
周囲の学生たちが「なるほど」とざわつき始める。
「でも、先輩、流石ですよね! 僕、出番、取られちゃいました」
少しおどけたように笑って見せると、数名の生徒がクスリと笑った。
場が和らぎ、ディランの硬直した表情にも、ようやく呼吸が戻ってくる。
教授陣も頷き、会場には拍手が起こった。ディランの設計思想が評価されたと認識されたのだ。
壇上で、ディランはうっすらと笑みを作り、礼をして壇を降りた。
だが、誰にも気づかれぬように握りしめた拳は、震えていた。
拍手の中で、ただ一人、ディランだけが俯いていた。




