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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
四章 カルディア国立高等学術院
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6.学院論究会

「学院論究会?」

「ああ、セロは編入してきたばかりだから知らないか」

 そういえば確かに学内がザワザワとしている。制服を着ていない外部の人間も多い。


 学院論究会は、年に一度開催される学内最大の研究発表会だ。

 生徒たちが自らの研究成果を発表する場であり、魔術や理論、魔導具の設計など、その内容は多岐にわたる。普段は上級生が中心だが、実力が認められれば一回生でも登壇の機会が与えられる。

 この日のために、多くの生徒が何ヶ月も前から準備を重ねる。発表がきっかけで、卒業後の進路が決まることも珍しくない。

 当日は学院の外からも有識者や魔術機関の関係者が訪れ、発表者たちはその注目の中で、自分の知識と技術を披露する。

 学院におけるひとつの「登竜門」として、多くの生徒が憧れと緊張の入り混じった思いを抱く行事である。


「大講堂で行われるんだ。セロも見に行くか?」

「行く!」

 だろうな、とユージンは笑う。

「そうそう、うちの学部からディランも登壇するはずだぜ。一回生なのにすごいよな。確か、両親二人とも学識院の偉い人だろ?」

「……そうなんだ」


 あの日から、セロとディランは一言も言葉を交わしていない。お互いに目を合わせていない。と言う方が正解かもしれない。


 学院論究会の話をしていたユージンが、ふとセロの表情を横目に見る。

「……なあ、セロ。最近、ディランとなんかあった?」

「……え?」

 セロは小さく瞬きをしたあと、慌ててかぶりを振った。

「な、なんにもないよ。普通に……一緒に授業受けてるだけだし」

 目を泳がせるその様子に、ユージンは眉をひそめる。

「……あいつ、前もお前に嫌味ったらしかったし、何かしたんじゃないだろうな」

「ちがうよ、ほんとに! ただ……ちょっと、うまく話せないだけで」

 思わず声を上げてしまったセロに、ユージンは一拍置いてため息をついた。納得はしていない。そう言う顔だ。

「……そっか。ま、なんかあったら言えよ。俺、そういうの見て見ぬふりはできねぇから」

「……うん。ありがとう」



 そんな話をしていると大講堂に到着した。既に中にはたくさんの人が席について、既に始まっている発表に耳を傾けている。

「セロ、あそこ空いてる」

 ユージンが先導して、後列に座ることができた。

 発表のあとには、生徒や来賓による質疑応答の時間も設けられているらしい。セロとユージンはいくつかの発表に聞き入った。

「あ、次。ディランだぜ」

 壇上に表示された議題に見覚えがあったのだろう。ユージンが呟く。

「……」

 セロは複雑な気持ちで壇上に上がったディランを見つめた。

 発表の内容は「収束型増幅器における魔力共鳴伝導率の最適化設計」——簡単に言えば、魔力をより効率よく伝えて強化するための装置を、どう設計すれば一番よく働くか、という研究だ。

「すげぇ……あんな研究、普通は卒業論文で出すようなやつだぜ……」

 セロの耳にはユージンの言葉が入ってこない。先日の放課後の出来事がセロの心を支配していた。


 ディランの発表は、自信に満ち溢れていた。整然とした解説、ハキハキと人を惹きつける話術、非の打ち所がなかった。だが。

「……あ、れ……?」

 透映灯で映写幕に表示された複雑な回路の図面。セロの視線はある一点に注がれていた。



 ディランの発表が終わる。堂々たる発表に、拍手が会場に溢れた。

「以上です。ご清聴ありがとうございました。質疑の応答に移らせていただきます」

 だが、そこに一人の上級生の手が上がる。その顔は、鋭く眉間に皺が寄っていた。ディランの顔に動揺が広がる。

「……君のその設計、確かに増幅効率は高い。しかし、「収束域」の下に逆流防止帯が入っていないよな?

高密度魔力を通した場合、共鳴が逆方向に波及して、回路全体が暴走する可能性がある。

それでは、魔道具の安全基準を満たさない。つまり──その案は、使い物にならない」


 そう、セロがディランの表示した展開図を見て気がついた。目を凝らさなければわからない、僅かな。だが、致命的なミス。

 ディランの表情が青ざめる。

 二人、幻滅したような表情を浮かべ、立ち去ろうとする男女。それを見たディランに絶望の表情が現れる。

 もしかしたらあの二人は、ディランの──


 壇上には静寂が降りていた。

 先輩の厳しい指摘によって、ディランの発表内容に致命的な欠陥があると知れ渡った今、空気は一変していた。

 発表を終えて喝采を浴びるはずだった青年の肩が、細かく震えている。


 後列の席で、セロは迷っていた。

──僕も……わかってた。あの回路じゃ、抑制が効かなくて暴走するって。


 だが、あれだけ敵意をぶつけてきた相手を、この場で助ける意味はあるのだろうか。

 何よりも、あれは本当に、彼自身のミスだったのだ。

「……」

 でも、とセロは思う。

 あんなにも複雑な構造を組んだということは──あの人は、正しく修正すれば、画期的な発明になりうる仕組みをつくっていた。たった一点、たった一点の過ちだけ。

 たとえ今は間違っていても、そこで笑われて潰れてしまうのは、きっと……よくない。


 セロは、席を立った。

「……!? セロ……!?」

 隣のユージンが慌てている。


「……あのっ!」

 視線が一斉に彼に向く。誰もが「あの一年坊主が何を言う気だ?」という顔をしていた。


「それ、……それはディランさんの狙いだったんですよね?」

 静まり返った空気のなか、セロは続けた。

「えっと……たぶん、さっきの先輩の指摘って、「収束域」に「逆流防止帯」がないっていう話だと思うんですけど。ディランさんは、あえてその構造で発表して、こういう設計が危険だってことを、強調したかったんですよね?」


「この後に出す予定だった『双極型制御層』の図、僕、見せてもらってました。あれなら逆流の可能性も防げるし、反応波形も落ち着くから……きっと、最初の回路の危険性と、後の解決案の対比で、印象に残そうとしたんじゃないかと……」


 ざわ、と会場が揺れた。ディランが目を見開く。

 セロは笑って肩をすくめた。

「ほんとは……ディランさんなら頼まれてて、このタイミングで、僕が指摘する流れだったんですよ。『よく気づいてくれた!』って言って、そこからディランさんが次の解決法を見せる、って……」


 周囲の学生たちが「なるほど」とざわつき始める。

「でも、先輩、流石ですよね! 僕、出番、取られちゃいました」

 少しおどけたように笑って見せると、数名の生徒がクスリと笑った。

 場が和らぎ、ディランの硬直した表情にも、ようやく呼吸が戻ってくる。


 教授陣も頷き、会場には拍手が起こった。ディランの設計思想が評価されたと認識されたのだ。

 壇上で、ディランはうっすらと笑みを作り、礼をして壇を降りた。


 だが、誰にも気づかれぬように握りしめた拳は、震えていた。

 拍手の中で、ただ一人、ディランだけが俯いていた。




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