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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
四章 カルディア国立高等学術院
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5.知らない悪意

 夕刻。

 授業が終わり、生徒たちが談笑しながら帰っていく。誰もいなくなった教室には、窓から差し込む西日が斜めに伸びていた。

 セロは一人、焦げた制服の袖を見つめていた。

 授業を終えた生徒は教室から出るように言われている。それでも今すぐに帰る気にはなれなかった。


 ふと、足音が近づく。

 顔を上げると、そこにいたのはディランだった。


「……事故を防いだ英雄様は、いい気分だったかい?」

 教室に響いたその声は、静かで、でも刺すように冷たかった。

「ディランくん……?」

 セロは戸惑いながら立ち上がる。セロはただ、目の前で起きた出来事に咄嗟に対処しただけだし、疑いをかけられそうなディランを咄嗟に庇っただけだ。

「僕……何か悪いことしたのかな……?」


「そうだよ」

 即答だった。

「お前の魔石を隠したのも、劣化した魔石をお前の実習道具に混ぜたのも俺だよ」

「……っ」

 セロは言葉を失う。

「見逃してやったとか、思ってるんだろ。聖人ぶって。あんなの、余計なお世話なんだよ。……あんな場でああ言われて、どうすればよかったんだよ」


「なん、で……?」

 ディランの顔には、いつもの皮肉げな余裕はない。剥き出しの怒りと羞恥が入り混じったような表情。

 それはまるで、塞いでいた蓋を開けてしまったように。

「お前は、何でも知ってて、何でもできて、しかも周りのやつらは、あっさりお前のこと信じて……っ!」

 吐き捨てるようにディランが言った。


「……お前なんか、大っ嫌いだよ」


 音もなく、セロの心に何かが落ちた。

「……!」

 何かが、というのに、それが何なのか分からない。ただ、胸の奥のどこかが鈍く、じんじんと痛い。

 息がしにくくなった。言葉が出ない。どうして、そんなふうに思われているのか、分からなかった。

「……ごめん、なさい……」

 ようやく出たのは、その一言だった。


 ディランは、それを聞いた瞬間、はっとした顔をした。

 だが次の瞬間には、目を逸らし、無言のまま踵を返して教室を出ていった。


 静かになった教室。

 窓の外では茜色の空が、次第に夜に沈もうとしていた。


 セロは、その場に立ち尽くしていた。

 袖の火傷も、まだ少し痛んだ。でも、それよりも──胸の中の痛みのほうが、ずっと深くて、ずっと、分からない痛みだった。




 正門が閉まる予告の鐘が鳴る。

 早く教室を出ないといけない。寮の門限もある。だが、体が動かない。


── 俺の名前で推薦したんだから、ちゃんと勉強しなきゃただじゃおかねーぞ


「ノアさん……」

 言えるわけがない。自分の為を思って、この学院に送り出してくれたのだから。

「泣くんじゃない……! 泣くんじゃ……ない……!」

 もう自分は七歳の姿の子供じゃない。それでも、視界は歪んでいく。焦げた襟袖で涙を拭い、セロは静かに教室を去った。



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