4.なすりつける手、かばう声
教室の空気には、まだ微かに魔力が揺れていた。演習を終え、生徒たちが自分の机の上に散らばった素材や魔石片をまとめている。
セロは静かに組み立てで使った魔導具の部品の残骸を回収して、慎重に布に包んでいた。その横で、ユージンが腰に手を当てながら言う。
「ったく、ただでさえ一回生には難しい課題を、魔石一基で起動させる術式変更して三十分で終わらせるなんて。セロ、お前マジで何者?」
「えっ、普通に組んだだけだけど……回路の接点が最初から示されてたから、そこを起点に逆から組んでいけば楽だったよ?」
きょとんとした顔で答えるセロにユージンは苦笑する。
「あの構成で「楽だった」はもうちょっと罪深いと思えよ……」
そんなやりとりに、ふとセロの隣席から声が飛ぶ。
「へぇ。さすがは「特別推薦」だね。僕らみたいに入試を受けて入った身とは、見てる基準が違うらしい」
「ディラン……」
声の主は今日隣で共に実技授業を受けたディランという生徒だった。薄紫の髪を流し、手元の整理をするふりをしながら、ちらりとセロを見る。
「黒狼将軍の右腕からの推薦、だったっけ? 実力もあるんだろうけどさ……周りが妙に甘いのも、そういう「特別」だからかな」
「ディラン、お前っ」
ユージンがムッとしてディランの顔を見る。
周囲の空気がぴたりと止まる。冗談にしては刺がある。
だが、当のセロは首を傾げて、まるで悪意の意味が分からない様子だった。
「……? ノアさんにはとても感謝してるよ。推薦してもらえなかったら、僕、まだ今も施設にいだろうし……。あ、でも入学に必要な課題はちゃんとやったよ。提出の期限も守ったし……あ、足りなかったのかな? 先生に聞いてみるね」
「っ! ……別に、いい」
ディランは視線を逸らした。カバンに荷物を詰め終えたディランは、少々乱暴に椅子を戻して教室を後にする。
ユージンが思いきりため息をつく。
「セロ、それマジで天然なのか、それとも最強のカウンターなのか、わかんねぇわ……」
「うん?」と首を傾げるセロに、今度は何人かの生徒が小さく笑った。
数日後、
午後の実技授業の時間になった。各生徒には、準備室で割り振られた魔石と構成素材が配られていた。
セロはいつものように黙々と組み立てを進めていたが、ふと、隣の席の女子生徒が手間取っているのに気がついた。
「あれ。苦戦してるね」
「そうなんだよー。セロくん、魔石まだ使ってない? こっち、ちょっと形が悪くてうまく嵌らなくて……。取り替えてもらってもいい?」
「うん、いいよ。その箱に入ってるはずだから交換しておいて」
「ありがとう!」
両手が塞がっていたセロはそう言って、視線で箱を示す。女子生徒はセロの割り振られた箱から魔石を取り替えた。
授業が進み、構築が完了した頃。
女子生徒の魔導具が異常な振動を始めた。
「えっ……!? 暴走反応!? 結界式が歪んでる!」
「……っ! 下がって!」
鋭い声を発し、真っ先に飛び込んだのはセロだった。暴走を始めた魔導具に向かって、迷いなく手を伸ばして押さえつける。
「……ッ!」
熱い。内部で暴走反応を起こしている。
「ユージンくん! 魔力遮断筒持ってきて!」
「お、おう!」
それでもセロは手を離すことなく、魔道具と魔石が繋がっていた回路を物理的に切断した。
それでも内部にはまだエネルギーが残っている。
「セロ! 持ってきたぞ!」
「被せて!」
セロが配線を外した魔道具に向かい、魔力遮断筒を即座に被せた。
同時に魔導具が爆ぜる。筒を持ち上げるほどの爆発で、隙間から火花が散った。
──しん、と静まり返る教室。
「……セロ! お前、怪我してるじゃねぇか!」
駆け寄るユージンが叫ぶ。セロの手のひらには火傷の痕が残り、制服の袖は焦げていた。
「だ、大丈夫。おかげでちゃんと止められたから……」
火傷をした左手を庇いながら、魔力遮断筒の中の魔道具をセロは調べる。焦げが一番ひどい部分に、セロと交換した魔石が埋まっていた。
「……これ、劣化して『沈魔性』が出始めてる。通常の術式に組み込むと偏圧が出るから、これのせいで暴走したんだと思う」
冷静にセロが口を開く。
「な、なんで……? 学校で使う魔石は品質管理されてるはずでしょ……?」
女子生徒の動揺に、一人の生徒が呟く。
「……ねえ、あの魔石、準備室から出されたやつだよね? 今日、ディランが授業前に準備室に入ってるの見たんだけど……」
「それって、つまり……?」
ディランに視線が集まる。舌打ちをして、ディランが目を逸らした。
「……お前……!」
一歩踏み出してユージンがディランに詰め寄ろうとした瞬間だった。
「ちがうよ」
声を上げたのは、セロだった。
腕をおさえながら、彼は少し困ったような顔で言った。
「ディランくんは、先生に頼まれて、準備の荷物を置きに行っただけだったよ。僕、授業の前にそのやりとり見てたから」
ざわつきが止まる。
怪我をしたセロが本人が言うなら……という空気が、教室を包んだ。
ディランは、ぽかんとした表情を浮かべる。
次の瞬間、みるみる真っ赤な顔になり、ディランは教室を出て行った。同時に授業終了を知らせるベルが鳴る。
「何だよ……あいつ。……セロ、とりあえず治癒室に行こう。荷物持つから」
「……あ、うん。ありがとう……」
セロはディランが去った方向をそっと見つめていた。




