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夜明け知らずの黒狼ー幼き将と終齢の子ー  作者: 紺
四章 カルディア国立高等学術院
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3.セロを追う目

 石造りの黒板に、白い粉筆を使って幾つもの術式図が描かれていた。講義室の最前に立つのは、白髪の中年教師ヒルデ准教授。

 今日の講義は「中位魔導器における術式核の安定化処理」について。魔導器工学部の必修科目の一つだ。

「……では、この術式構成において、補助陣が二重反転している理由が分かる者は?」


 教室に沈黙が落ちるなか、前列の席でセロがすっと手を上げた。

 ヒルデ准教授が少し眉を上げる。

「フィーネ君、頼もうか」

「はい。主陣に含まれる『流導環』が正相干渉を起こすため、補助陣側で陰転干渉を行い、術式全体の魔力流を均衡状態に保っているのだと思います。結果的に、核の霊位定着が安定するので」

 ヒルデ准教授が一瞬黙る。

 そして軽く咳払いをして、黒板に別の術式図を描き足す。

「では、もう一つ踏み込んだ質問だ。今の例において、仮に補助陣を双輪構成に置き換えた場合、術式核はどう変化するか?」

 教室がざわめく。

 双輪構成——それは高度な術式工学の応用例で、通常は三回生以上の課題に出されるものだ。

 一瞬の間をおいて、セロがまた手を上げた。今度はヒルデ准教授も、口元に僅かな笑みを浮かべる。

「答えてみたまえ」

「双輪構成に置き換えた場合、外輪が魔力収束、内輪が流動制御を担います。結果として術式核には一次共鳴が発生し、霊位定着はさらに強化されます。ただし、核の過加熱によって霊格漂移が起きるリスクがあるため、出力の上限は下げざるを得ません」

 ヒルデガルトの手が止まり、静かに黒板の粉筆を置いた。

 ざわ……と、教室の後方がどよめく。


「……正確だ。しかも、よくぞ霊格漂移にまで言及したな。そこまで読めた一回生は、今までいなかった」

 驚きと感嘆の入り混じった視線が、一斉にセロへと注がれる。

 しかしセロはそれに気づいていないかのように、静かにノートへと筆を走らせていた。

 そこに一つ、憎悪のこもった目が注がれていることも。





 午後の実技授業は「初等魔導具の起動試作」

 内容は、配布された術式図に基づき、魔石を回路に嵌め込み、灯火用の小型魔道具を構築・起動すること。


 各生徒の机には、必要な数の魔石が配られているはずだった。

 セロの机を除いて。


「……あれ?」

 セロは首をかしげた。自分の前に並んでいる魔石は一つだけ。設計図には明らかに「魔力供給核」として二基の魔石が指定されている。


 ふと視線を上げると、隣席の生徒が無言で目を逸らした。

 演習中の教員は気づいていない。

「……まあ、何とかなるかな」

 セロは、特に困った様子も見せず、用意された術式図を静かに見つめた。


 数分後。

 他の学生が苦戦している中、セロは術式図の一部を変更しはじめる。副回路を簡略化し、魔力流の負担を分散すべき導線を、逆に主回路へ吸収させていく。


 そして、手元の一つしかない魔石に、細く繊細な転写筆で回路を描き加えた。


 見回りをしていた助教が足を止める。

 それは本来、上級課程で習う魔力制御技術。複数魔石を一基で代替する際に用いられる、高度な応用理論だった。

「できた」

 セロがそう言って、魔導具を起動させると、ランタン状の外装の奥で、温かい光がふわりと灯った。

 しかも、通常の魔石二基仕様より、魔力の消費が圧倒的に少ない。


 周囲が静まり返る。

「フィーネ、まさか……術式を単基圧縮構成に書き換えたのか?」

 教員の問いに、セロは平然とした様子で返答する。

「はい、指定の魔石が足りなかったのでそういう課題なのかと……ちょっと回路の干渉が難しかったけど、なんとかなりました」

 本人は悪びれもせず、むしろ「少し苦戦した」くらいの調子で答えた。

 教室の空気が凍りつく中、隣席の生徒の顔が青ざめていく。

「……セロ君。あとで教員室に来てくれないか。今の魔道具、検証させてほしい」

「はい」

 セロは素直に頷いた。

 妬みも悪意も気づかないままに。





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