2.隻腕の教授
「へぇー……病気でしばらく休んでたのか」
「う……うん。それで独学で……」
セロの経歴は人に話しても信じてもらえるものでもない。ノアと相談して長期の療養中に独学で入学要項を満たし、知り合いのノアに推薦をしてもらった、という理由を考えた。
──独学で、は間違いない、もんね……
本当の理由は言えないとはいえ、嘘を付いているようでセロは落ち着かない。ちょっとした罪悪感に似たようなものが胸に残る。
目の前の男子学生はユージンといった。茶色の短い髪を後ろに流し切れ長の目が目の前に座っているセロを見つめている。髪の色を褒めてくれたのがきっかけで今は食堂でご飯を食べている。
「……苦労したんだな」
「そ、そんなことないよ」
つい、いつもの癖で否定してしまう。でもユージンはそれ以上聞いてこない。ただ一度だけ、優しい目でセロを見てから、ふっと笑った。
「俺、ここのチキンパイ好きなんだよね。セロは好き嫌いあるか?」
「あ……うん、甘いものが好き。苦いものとか辛いものが苦手かも」
「そっか。じゃあ、ほとんどの物は大丈夫だな。今度はパンの日にも来ようぜ。あとシチューもすげぇうまいんだ」
話題は食べ物にすぐ移り変わっていく。セロの胸の中の重たいものも、少しだけ軽くなったような気がした。
食堂を後にする。
「ここは購買、あとあっちは更衣室、ここから外に出ると騎士候補生団の修練棟と、学術研究団の学術棟に繋がってる。そこを通っていくと、書庫がある。かなり広いからビビるかもな。ここの学生ならいつでも利用出来る。卒業後もな」
「……わぁ……すごい」
広い校内を、ユージンの案内で進む。
「……もう迷いそう」
セロの言葉にくすりと笑う。
「学院は広いからなー。少しずつ慣れていくといい」
セロはユージンの言葉に頷く。
ばさ、と何かが落ちる音が聞こえた。セロは咄嗟にそちらを振り返る。
老齢の男性が、本を落としてしまっている。おそらくこの学院の教諭だろう。右腕の袖が風に揺れているのを見ると、隻腕のようだった。
「大丈夫ですか」
セロはすぐさま駆け寄って、落とした本を数冊拾って埃を払い男性へと渡す。
「ああ、すまなかった。……確か、君は……」
右目にも眼帯をしている。左目がセロを映し出す。
「フィーネです。セロ・フィーネ。今日、編入してきたばかりです」
「ああ……あの“暴れん坊”の推薦の子か。……まあ、あいつが推すなら、少なくとも筋は通ってるんだろうな。言っとくが、うちの学部は覚えが早いだけの奴には冷たいぞ。考えることを面倒がらない奴だけが残る。……貴重な時間を有効に使うことだ」
「わ、わかりました……」
静かな言葉だった。セロはこくりと頷いた。そして視線はセロの横にいるユージンへと移る。
「それから、ユージン・クレイ。実験結果の報告書の提出期限は明日までだぞ。1秒でも遅れたら受けとらんからな」
ユージンの返事は待たずに言い残し、片手でコートをひるがえして、隻眼の教授は去っていった。
「……うちの学部のグラート・ベルシュタイン教授だよ。偏屈で有名でさ、怖ぇーんだ。気をつけろよ」
ユージンが声を顰めてセロに囁く。
「あの人が……」
聞き覚えがあった。終齢石を停止する魔道具構築中に聞いた、ノアの恩師。ノアをセロの施設に向かわせてくれた人だ。
「そんなに怖そうに見えなかったけどな……」
セロは教授の後ろ姿を見送った。




